悟りに至る道
いや少なくとも男はたぶん何かわかった気持ちにはなると思うよ
裏切り者呼ばわりされている俺はナインスを連れ館の外に出た。
無論マーくんもいるし、シンタロウとアイラもいる。
ついでに…
「頼む!ヴォルガーを攫ってきたのは俺が勝手にやったことなんだ!お頭は関係ない!だから俺を連れて行ってくれ!!」
と喚くフリスクもいる。
どこに行くのかというとそれはコムラードのことだ。
食堂の騒ぎが終わり、一連の事情を把握した盗賊たちは武器を捨てて観念した。
館に集まってきた盗賊、総勢26名、この人数も今日はじめて知ったが、とにかく全員だ。
まあ何人かは<ヒーリング・ツリー>のそばから動けない状態ではあったけど。
怪我の詳しい状態を見る暇がなかったので若干気にはなるが、皆喋れる程度には元気らしいので木のそばでじっとしてれば勝手に治るだろう。
マーくんはどうやら意図的に手加減してくれたようである、なんでかは知らん。
それから日が落ちる前に森の外にいるであろうプラムの元にマーくんが戻らなければ、コムラードから応援を呼んで来る手はずになってるとか聞かされたので、急いで森の外まで行くことにした。
シンタロウとアイラもとりあえずここには置いていけないので一緒だ。
ナインスは…盗賊たちの頭なので致し方ない、彼女を人質に取らなければ盗賊たちの動きを制限できない。
ナインスがコムラードでどういう処罰を受けることになるのか不安はある。
この世界の法律的なものがよくわからんのだが処刑とかにもしなったら命はなんとか助かるように頼んでみよう…
「なあ頼むよ!悪いのは俺なんだ!殺すなら俺にしてくれ!」
「…うるさいやつだな、貴様も一緒に連れて行ってやるからわめくな」
「そ、そうか…しかしお頭が…いや、止むを得ん、それで頼む」
どうやらフリスクも同行することで話はまとまったようだ。
マーくんは盗賊たちに馬車を用意させると、それの御者をフリスクにやるように命じた。
自分はフリスクの隣に座って見張るつもりらしい。
「ヴォルガーたちは馬車の中に乗れ、子供とナインスとかいう女と一緒に…ああその女、武器は取り上げたが魔法で氷の剣が作り出せるから用心しろ」
「アタシのあれは一日一回しか使えねえ、言われても出せねえよ」
「それを我が信じる道理はない、まあヴォルガーがいる以上おかしなことはできんだろうがな」
氷の剣か…マーくんとの戦闘中に使ってたやつだな。
それなりに威力がありそうだし闇の剣みたく光属性付与をしても消えないだろう。
火属性付与をすれば消せるんだろうが<ファイア・エンチャント>は覚えてない。
ほわオンで火魔法はまったく習得しなかったからなー。
しかし一日一回とはナインスは魔力の最大値が低いということだろうか。
それともこの世界特有の特殊な条件が何かあるのか…
「おい、早く乗れ、いつまでぼさっとしてる」
おっと、マーくんに怒られた、魔法の考察は一旦中止だ。
まあ仮に氷の剣を馬車内で使われたとしても防御系の魔法で防げるだろう。
というかナインスが今更そんなことするとは考えにくい、彼女は今両手を後ろに縛られている状態だ。
「ああじゃあ皆乗ろうか、いやーコムラードに帰れるのかー随分長い間ここにいたような気もするけど一か月もたってなかったなー」
俺がいそいそと馬車に乗ると続いてシンタロウとアイラ、最後にナインスがマーくんに押されるようにして入ってきた。
片側にナインス一人だけ、向かいに俺と子供たちの三人が座る。
前に馬車乗った時もこんな状態だったな、俺の両隣りに子供。
今回は縛られてるのはナインスで俺は自由ではあるが。
「お前の呑気な態度が今日は最高に不愉快だ」
目の前のナインスに冷たい目を向けられながらそう言われた。
「よくこの状況でそんな気楽な台詞が出てきますね」
隣に座るアイラにも冷たい目を向けられた。
いや、ナインスはわからなくもないがアイラまでそんな目をしなくてもよくない?
助かる側ですよ?
「ぼくも街に入っていいのかな…」
シンタロウはシンタロウで別の心配をして暗い顔をしている。
獣人が人の街に入って平気だろうかという心配だ。
「まあ大丈夫だろ、一応ほらこうして頭と尻尾を隠すフード付のマントも身に着けてるし、何か言われたら俺の奴隷ということで通すから」
不本意ながら万が一のときはシンタロウは俺の所有物ということで押し通すことになっている。
できれば絶対にあってほしくない万が一だ。
「出発する、閉めるぞ」
マーくんが馬車の戸を閉めようとした。
「ヴォルガァァァァ!!お頭に何かあったら一生恨むからなぁぁぁぁ!だからお頭と一緒に戻ってきてくれええええ!そしてどうかまた飯を作ってくれぇ!お願いします!」
戸が閉まる直前に泣きながら叫ぶヘイルの姿が見えた。
他の盗賊たちに取り押さえられていたが…お願いしますと言われてもたぶん無理かな…
あとフリスクのことも少しは気にしてやれ。
いろいろ複雑な思いを抱えた人たちを乗せた馬車は、そうして館から出発した。
…………………
………
ゴトゴトと揺られる馬車に身を任せること…何分くらいかな。
俺の体感では何十時間も乗っているような辛さを感じる。
「………」
沈黙、今馬車内を支配しているのはそれだ。
出発してから皆無言なのである。
「い、いやああの館からコムラードのほうまで馬車で行ける道があったんだな」
俺が沈黙に耐えかねてそのようなことを言ってみたりもしたが無視された。
やべ、この状況思ったよりつらいぞ。
さっきから頭の中にはなぜか子牛が売られていく歌がずっと流れてるし。
「魔物とか出てこないんだろうかこの道」
「………」
あああ無視つれえええ。
アイラとシンタロウも何かちょっとよくわかんなくても話題に乗っかってくれてもいいのによお!
俺だけか?俺だけこの空気耐えられないのか?
「…この道沿いにはフィードの木を植えてあるから魔物は嫌がって来ねえよ」
ナインスが反応してくれた!
フィードの木って何か全然わからんがとにかく嬉しい。
「ま、魔物が来て、ここで皆殺しにされてもアタシは別に構わねえけどな」
一瞬で嬉しくはなくなった。
「なんでそんなネガティブなこと言うんだよ!」
「あぁ?ねがてぃぶ?」
「いや、えーと…辛くなるようなことだよ!」
「アタシはこれから街でどうせ縛り首とかになるんだぞ!それ以上辛いことがあるか!!」
「いやっ、そこはほら…まあー…とりあえず誠心誠意謝って反省した態度を見せればなんとか」
「なるわけねえだろ!!それで許されるならこの世は盗賊で溢れかえってるわクソがっ!」
はい、まあそうっすね、ごもっとも。
盗賊って言わば強盗、殺人のコンボみたいなことだよなぁ。
ごめんなさいじゃ許してくれねえかなぁ。
「そのように嘆くなら最初から盗賊などやらなければいいのです」
「あぁ?」
そんな風に俺とナインスの会話に口を挟んだのはアイラ。
「結局のところ、罪だとわかっていながらも自分勝手なことをして生きるのが楽しかったんでしょう?なら潔く結末を受け入れるべきです」
…なんだろう、盛大なブーメランかな?
アイシャのことを思い出してなぜかそんな感想を抱いてしまった。
彼女はアイラであってアイシャとは別人なのでこの感想はおかしいんだがいやでもだってねえ。
なんか似てるんだよなあああ。
「うるせぇ!ガキがわかったような口を聞くなっ!」
「今の貴女だってとても大人には見えませんけど?」
「おい、なんだこら、アタシがガキだって言いてえのか?」
アイラさんこれ以上はまずいかと思うんですが。
「悪ガキを集めてお山の大将を気取ってたんですから似たようなものでしょう」
「よーしよく言った!表に出ろ!二度となめた口聞けねえようにブチのめしてやる!」
…女の戦いが始まってしまった…どうしよう…
俺が止めるべきか?
なんとなくシンタロウの方を向いて顔色をうかがってみる。
シンタロウはフードをすっぽりかぶって手で押さえ、さらに目をぎゅっとつむっていた。
一人だけ防御態勢を取るんじゃない、ずるいぞ。
「馬鹿ですか?走ってる最中の馬車ですよ?どうしてもというなら一人で先に飛び降りて無様に転げまわったらどうです、私はそれを見て笑ってあげますから」
「クソガキいいいいいい!」
「うおーい!たんまたんま、どうどう、落ち着いて」
ナインスが体を起こしてアイラに向かってヘッドバッドを繰り出しそうだったので慌てて止めた。
「どけっ!」
「いやどかないよ暴れるなって揺れるんだから、アイラもあんま挑発…ぎゃああ!」
ナインスの頭を押さえつけている手に痛みを感じたので見てみると噛みつかれていた、ガブリと。
「うううう!」
「やめろ!離せ!なにしてんだよ!」
「あはは、まるで獣人族ですね、シンタロウに噛みつき方でも教わったらいいんじゃないですか」
「ぼ、ぼくはそんなことしないよ!!」
「もう煽るなってアイラ!!」
アイシャと似てるとか思ったがやっぱ違うかもしれない。
アイラのほうが暗黒面のオーラをより感じる。
そんなことを思いつつ必死にナインスの噛みつきから逃れると馬車が大きくゴトンと揺れた。
狭い馬車の中で中腰になって頑張っていた俺は当然、体勢を崩して倒れ掛かる。
座っているナインスのほうへ。
あーなんかこれも前にあったなーあの時は俺が座っていて倒れて来たのはミュセだけども…
ラブコメだったらこのまま行くとキス、もしくは胸に顔をうずめるコース。
どちらにしろやだーもう!エッチ!では済まされない気がする。
長い長い1秒の中でかつてないほど頭と体の秘められた力を使った俺はなんとか馬車が揺れて発生した慣性の法則に逆らって体を若干後ろに引くことができた。
「私の顔の前にお尻を突き出さないでください!」
ドン、とアイラにケツを押された。
なんてことだ、俺の身体が取るべき行動を取った結果、君の前にケツがあるというのに。
俺の最大限の努力はあえなく無に帰して、俺はナインスに向かって倒れた。
だがキスはまぬがれたし胸にも顔を埋めてはいない。
代わりに股間に顔を突っ込む形にはなってしまった。
ふう…ナインスはズボンだからまあきっとおそらくセーフだろう…
「きゃああああ!」
アウトだったもよう。
ナインスが可愛らしい悲鳴を上げて足を動かすんだがそれは俺の顔をふとももで挟むというどちらかと言えばご褒美プレイと呼べる動きになってきているので大人しくするんだ。
「着いたぞ、降り…何をしている」
どうやら目的地に着いたらしい。
マーくんが馬車の戸を開けてそう言うのが聞こえた。
俺は「わかった!」と返事をしたが、それに対して
「…そこに顔を埋めて一体何がわかったのかしら…」
とつぶやいた声は一体誰のものだかすぐにはわからなかった。




