改装工事後の温室
「うわぁ。すごい・・・」
私が実家に戻っていた一週間で、温室は別世界となっていました。
以前は、広い空間に鉢植えがただ置かれていて、何か物足りない印象がありました。
現在は、二種類の壁が出来ています。
庭園側の入口(こちらは北側)から見て左側の壁(つまり、温室の東側)は、ガラス張りの壁です。今まで置かれていた鉢植えは、この壁の向こう側です。
反対側(西側)は、白い漆喰の壁です。青い木製の扉が印象的です。この壁の向こう側は、苗を育てる場所です。
ここまでは、打ち合わせをしていた事です。
中央の一番広い場所は、打ち合わせでは、何も無いはずでした・・・。ですが、その中央には、白い東屋がありました。物語の挿絵にあった、東屋です。
「マリー様。どうですか?」
エミリーさんが嬉しそうに尋ねてきました。
「驚きました。この東屋、どうしたのですか?確か、今回の工事の予定では無かったですよね?」
今回は、仕切りの壁だけの予定のはずです。
「ええ。予定よりも工事が早く終わったのと、『東屋が物語で一番重要だろう』ってエドワード様がおっしゃったので、ついでに造ることになったんです」
「そうなんですね・・・・・」
エドワード様がこの物語を知っているとは思いませんでした。
「ここはまだ入口ですよ。中でじっくりご覧になって下さい」
「そうですね・・・」
想像以上の出来栄えに、入口で立ち尽くしていました。
まずは、ガラス張りの壁で仕切られた東側です。
壁の中央部分にある扉から、中に入って行きます。
中央には、高さのある植物の鉢が置かれています。壁沿いには、鉢を置くための台が作られていて、鉢が整然と並べられていました。
今、ここにある鉢植えは、夏の暑さに弱い植物です。
あと一月もすれば涼しくなるので、この植物たちを外に出し、冬の寒さに弱い植物を温室のこの場所に運び込むことになります。
「台が出来たことで、小さな鉢の手入れが楽になりますね」
この台も、ついでに作ってくれたそうです。
次に、漆喰の壁の向こう側です。
青色の扉は、漆喰の壁の中央ではなく、温室の庭園側とは反対の壁よりにあります。
中は、まだ何も置かれていません。後日、デニスさんが、わたし達の作業がし易いように、作業台や棚などを作って下さることになっています。
最後に中央の東屋です。
八角形の東屋は、温室の入口側、南北の二辺が出入り口となっていて、他の辺には腰高の斜め格子の柵と下がり壁、それとベンチが付いています。
エドワード様がおっしゃったとおり、この東屋が物語の中で一番重要な場所となります。
次に重要な場所となるのが温室です。ガラスの壁は、この温室の壁に見立てているのです。
漆喰の壁は塀です。
物語の中では石の塀ですが、工事日程、資材の調達先や費用、それと、将来壁を撤去する可能性を考えて、漆喰にしました。塀には蔦を絡ませる予定です。
「すごいですねぇ。これ、すべて建築を専攻されている学生さん達が造ったんですよね」
今回の工事は、学園都市にある建築の専門学校に依頼しました。
設計は、講師の方がしたそうですが、施工は学生さん達です。
今回の工事についてデニスさんに相談したところ、王宮では、造園の専門学校からの実習をよく受け入れているそうで、もしかしたら、建築の実習ということで出来るのではないかと教えていただきました。
エドワード様に尋ねると、学園都市の担当部署に交渉してもらえることになりました。まさか、その担当がロジャー兄様になるとは思いませんでしたが。
ロジャー兄様の交渉のおかげで、学生さん達の実習の一環として引き受けてもらえることになりました。
ガラスの壁に関しては、温室の建設自体珍しいため、『なかなか経験できないことなので有難い』と、感謝されました。
工事期間中は、使用人宿舎近くの実習生用の施設で生活してもらいました。
こちらの施設には、食事担当と洗濯担当の方がいらっしゃいます。居間には、本やボードゲーム、カードなどが置いてあるそうです。
学生さん達にとって、十分な額の給料も支払われるそうです。
それでも、同じ人数の職人さんに依頼するより、費用が安く抑えられるそうです。
「ほぼ毎日、エドワード様とサイラス様が工事の様子を見にいらっしゃいましたよ。時々、ロジャー様もいらっしゃって、責任者の方とお話されていました」
私が休暇の間、ロジャー兄様が仕事で王宮に行っていたことは知っていましたが、工事を見に行っていたことは聞いていません。
「私も、工事の様子、見たかったです・・・」
「仕方無いですよ。マリー様の休暇期間中しか、工事の学生さん達全員が泊まれる分の施設の部屋が空いてなかったんですから。人数が多かったですからねぇ。おかげで、短い期間で完成出来ましたから」
「そうですね・・・。工事の様子を見ていなかった分、出来上がりの素晴らしさに驚くことが出来たわけですし・・・。特に、東屋は全く知らなかった事なので・・・」
もしかしたら、お兄様は、この東屋のことを内緒にしたかったのでしょうか?
「エドワード様には、東屋のお礼を言わないといけないですね。サイラス様にも、工事を気にして頂いたことを・・・。それから、工事の責任者の方にお礼状を書いたほうが良いのかしら?」
「お礼状でしたら、エドワード様がお書きになるそうなので、マリー様は気にされなくて良いそうです」
今回の工事は、エドワード様のお名前で依頼されたそうなので、私が書いたお礼状よりも、依頼主でもある王太子殿下からのお礼状の方が、受け取る側からすれば喜ばしいことかもしれません。
「植物を植えるのが楽しみですね。東屋の下がり壁には黄色いつるバラですね。柵の部分は、ピンクのクレマチス。塀に蔦は印象的なので外せませんが、それ以外は何を植えましょうか?」
エミリーさんに意見を求めます。
「全体的に、やわらかい雰囲気の印象があるんですよね・・・。季節ごとの花もありましたけど、温室の中は年中同じ温度ですし・・・」
もう一度、本を読み返さないといけませんね。
「季節の花と言えば、来週から街の広場で『秋の花市』が開かれるんですよ。マリー様も一緒に行きませんか?」
秋の花市は、王国の北部の地域の花が集まるそうです。なので、冬の寒さに強い植物が多いそうです。
「庭園に植える花を探しに行くのに良いですね」
夏の花が盛りを過ぎ、少々寂しくなった花壇に植える花が欲しかったところでした。
空の色や雲の形も、真夏の頃とは変わってきています。
そろそろ、秋の準備を始めることにしました。




