8 Month Later (1)
「正式にフェグリットに行くのは2年ぶりだな…」
リズダイクも首都から離れるに従って道は未舗装になる。がたがたとゆれる馬車の中、舌を噛まないように煙草を口に挟んで俺は呟いた。この煙草に馬車から降りて火をつける瞬間を思うと何とも言えない。
「…せいしきに?」
目の前に座ったリタは煙草の葉の代わりにハーブを巻いた物を取り出して俺と同じ要領でしゃべるのだが、慣れないせいで舌足らずなのがつぼだ。
「仕事柄諜報で今の国王になってからも何度か行ってる。最初はどうなるのかわからなかったが、今度即位されるクロー陛下は若いが良くやっているな」
俺達は今、フェグリット王国の新王即位式に列席するためにフェグリットの王城に向かっていた。フェグリットの王城が土石流で流されてからすぐに王権はエスターシュヴァン・クローに移ったが、彼は一年間は喪に服しておりやっとここで即位式を行うのだ。今回は特に重要な会議もないため、今回リズダイクは宰相代理を立てている。リタはその俺の付き添いだが、実際はどうなるかはわからない。
お互いの気持ちを言葉にできた日の次の日。俺たちゆっくりとベッドの上でこれからの話をした。
『あのね、私の名前はリタ。シェイドと会うちょっと前まではずっとフェグリットにいた生粋のフェグリット人の16歳。秋生まれだからもう少しで17歳になるの。シェイドと会うまでの事は言えないけど…これからはリズダイクでリタとして生きていきたい。その、出来たら……シェイドと一緒に』
照れて顔を枕に埋めたリタが可愛すぎて食指が動いたのは言うまでもないが、でも、というリタの言葉に理性を総動員させて髪に触れるだけにとどめた。
『でも、私はリタだけではいられない。大切な人がフェグリットにいるから……その人から手紙が来て、大切な話があるって。会いに来てくれって。だから』
『そっか、じゃあ一緒にフェグリットに行くか。リタはいつまでにフェグリットのどこに行きたいんだ?』
『王城のある都市に来月の即位式までに。だけど、一緒にって?私は強いし、一人で大丈夫だよ』
『リタが一人で大丈夫なのはわかってる。けど、俺が大丈夫じゃない。来月の即位式にはもちろんリズダイクの王族も招待されているが、実際に行くのは宰相か俺だ。あの人に言って一緒に行こう』
そうしてリズダイクの首都を出発したのが1週間前。明日にはフェグリットの国境に着いて、それから王城まではさらに2日かかる。フェグリットは小さな国だが道が悪いのだ。
「新しいおうさまになってからのフェグリットはどうだった?」
「そうだな…国内で反発が無かったことが幸いしたんだろう。地方まで新しい税制が行き届いていたし、国民も前の王の死を悲しむというよりか、新しい王の誕生に喜んでいたな」
そこまで言ってしまってから俺は失言に気が付いた。いくら国を傾けた王族でもリタにとっては家族だ。こんな風に言っては傷つけるだろう。そう思ってリタを見ると、リタは安心したように笑っていた。
「そう、よかった。じゃあ、きっと友達も、みんなも前よりしあわせになっているわね」
「その友達について聞いてもいいか?」
「…幼馴染ね。とっても優しくてあたまがよくて…わたしが彼に全部おしつけて、フェグリットを出ることもゆるしてくれたの。そんな彼が用事があるってことは本当にたいせつな話だと思う。…シェイドといっしょにリズダイクに戻る……それまでのおわかれね」
リタの言う別れが永遠の別れではないと思いたいが、その言葉に不安は募る。リタの言う友人とはたぶんクロー国王だろう。国王からの大切な話ともなれば、リタはそのままプールビア王女に戻ってリタであった時の事は無かったことにされてしまうかもしれない。俺の地位を使えばなんとかなるだろうが、それをリタが望まなかったら?
新王とプールビア王女は従兄同士であり非公式にだが婚約関係にあった。リタの手紙や口調から、どんな種類かわからないが愛情を感じていることに間違いはないだろう。
リタの気持ちを疑うことはないが、リタは頭はいいが情に厚すぎる。俺は前に座るリタに手を伸ばすと、その身体を俺の膝の上に移動させて抱きしめた。
「…リズダイクの身分証はちゃんと持ってろよ。それがあれば俺の部屋に来られるようにしておくから。無茶するなよ」
「だいじょうぶだって。もう何回もきいた」
心配でたまらない俺にリタはそっと頬を寄せてくれるけど。王城に着くまでの残りの3日間。俺はこの言葉を繰り返すだろう。




