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猫と、雨  作者: 周防駆琉
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8 Month Later (2)


 夕方、王城の近くで馬車を降りてシェイドと別れた。一年ぶりの城下町は前より活気がある気がする。騎士の中には私の顔を覚えているものもいるかもしれないため、あらかじめ用意していたフェグリットのドレスをまといヴェールで顔を隠しつつ、私は少しあたりを歩き回ってみた。そこで見た人々の顔は希望に満ちており、ひそひそと王家を批判する様子は見られない。それに安心して私は目的地へ歩き出した。



「いらっしゃい」


「こんにちは、グランディエルバ・レミオール様の連れです」


「おや、あんたは初めての顔だね。最上階だよ、べっぴんさん。付いておいで」


「ありがとう」



 私が入ったのは安くもないが、庶民には敷居が高い宿。手紙の通りお年を召した女性にグランの名前を出すとすんなり部屋へ通してくれた。どうやら娼婦だと思われているようだ。


 案内された部屋は続き部屋となっていて、私はとりあえずリビングルームのソファーに腰を下ろした。窓の外は徐々に暗くなってきている。そうは待たないうちに誰かが部屋に入ってきた。



「おかえりなさい、グラン。随分華やかな生活をしているのね」


「ルビア…っ!!無事でよかった、顔を見せてくれ」



 私の待ち人であり、この部屋で随分と悪さをしているらしい友人は立ち上がって出迎えた私を見るなりぎゅっと抱きしめた後、許可も取らずにヴェールを取って私の髪をわしゃわしゃとかき混ぜた。



「しばらく見ないうちに色気づいたか?綺麗になったがエスターにとっては複雑だろうなぁ」


「もうっ!!私だって17歳になるのよ?子供扱いしないでちょうだい。それで、大切な話っていうのはなにかしら?」


「せっかく会えたのに、と言いたいところだがルビアにはルビアの事情があるんだろうな…話はエスターを交えてだ。俺は一度王城に戻って手配をしてくるからここで待っていてくれ」



********************************************************************************


「ルビア!!会いた、かった……?」



 部屋に戻ってきたグランと私は馬車に乗って裏口から建設途中の王城に入った。グランの手配のおかげで誰にも会うことなくある部屋まで辿り着いた。そっと身体をその部屋に滑り込ませてヴェールを上げると、待ち焦がれていたのだろう。ソファーに座ることなく部屋を歩き回っていたエスターが振り向いて、止まった。私を見つめたまま固まっている。



「おーい、エスター?ルビアに見惚れるのはわかるけどしっかりしろ」


「あ、ああ…久しぶり、ルビア。あんまり綺麗になってたからちょっと驚いた」



 綺麗になったといいながらエスターの顔は苦々しい。それをグランが面白そうに眺めている。



「そうかしら?ありがとう。エスターの噂は聞いているわ。ありがとう……あなたのおかげでフェグリットは素晴らしい国になるわ」


「…正直、荷が重いとも思う。俺は王家としての教育は受けていないし、伝手も少ない、信頼できる人間もまだまだこれから作っていかなければ」


「それでも、エスターなら大丈夫よ。ね、グラン?」


 

 私の問いにグランは頷くと「そろそろ座ったらどうだ」と私とエスターを向かい合わせに座らせると自分はエスターの横に座った。グランはエスターの実家がある都市の有力者の子供で、幼いころから私たちの良い兄だった。今はエスターの近衛騎士として彼の身体を守っている。飄々とした性格で、国王になったエスターに対してもいい加減な態度をとっているが、その腕は私と同等だ。



「それで、大事な話って言うのは?」


「担当直入に言う。俺の王妃になってくれ」



 エスターの口から出た言葉が私が想定していた物の中で最も簡単に済む内容だった事に少し安堵した。これならシェイドと約束した通り一緒にリズダイクへ帰れるだろう。



「無理だわ。エスターが今信じられる人が欲しいこともわかるし、王族の血が必要な事も、軍事面の強化をしたいのもわかるけど…」


「そうじゃない。いや、それもそうなんだが…俺はルビアに側にいて欲しんだ」



 エスターの瞳が私の瞳を捉えて離さない。でも、私はその視線をまっすぐに受け止めて言葉を発した。



「ごめんなさい、エスター。私は将軍としてあなたの力にはなれるけど、妻にはなれないわ」


「へぇ、やっぱり男ができたか。ルビアもやるな」



 グランの的確かつあからさまな指摘に顔が熱くなる。そしてそれを見てエスターは複雑な顔をした。



「…誰だ、そいつは。俺が見極める」


「おいおい、エスター。今のルビアにはルビアの生活があるんだぞ」


「いいから、言ってみろ。お前の手紙から推察するに相手はリズダイクの官僚だろう。今回一緒に来ているのか?」



 不機嫌そうに私に詰め寄るエスターに少しくらいはエスターに話さなければ申し訳なくて私は口を開いた。



「……来てる。多分、エスターも知ってると思う。今回のリズダイクからの訪問団代表を務めるシェイド・ロセット宰相代理。でもねっ、彼は私がルビアだってことは知らないの!!だから…」


「わかった。そいつにはし明後日の即位式の夜会で会うことになっているから、それが終わるまではここに留まってくれ。王族の仕事でわからないこともある、手を貸してくれ。それに、今までどう過ごしていたのかも教えてくれ」


「うん、わかった」



 今日はもう遅いから、とエスターとグランはこの部屋を出て行こうとしたが、なぜかエスターがグランを外に押し出してドアを閉めてしまった。鍵まで掛けて戻ってくる。



「エスター?」


「…おかえり、ルビア。この1年間、お前の事を考えない日は無かった。手紙が来るたびに無事だとわかって安心したし、さっき目の前に現れた時にはあんまり綺麗で夢かと思った」



 近づいてきたエスターの手が私に伸びる。避けようと思えば十分避けられたその腕を私は甘んじて受け入れた。1年ぶりの抱擁、エスターの香りに懐かしさと安心感で胸がいっぱいになる。けれど、それは明らかにシェイドに抱き締められる時とは違っていた。



「ずっと、ルビアと一緒だと思ってたんだ。このままルビアと結婚してあの場所で子供を育てて、一緒に年をとっていくんだって。その気持ちは、今でも変わらないよ。愛してる、ルビア」



私の背と頭に触れていたエスターの手が意思を持って私の頬に触れる。



「ごめんね、エスター。確かに私はあなたを愛しているけど、それは家族に対する愛情だわ。シェイドと出会って、私はそれに気が付いてしまった。これでもしっかりとフェグリットの事は調べているのよ。大丈夫、私が居なくてもあなたは立派な国王になるわ」


「……おやすみ、ルビア」



 エスターのキスが落ちてきたのは額。そう言えば、昔はよく眠る前のおまじないにしてもらっていた。今度こそ部屋を出るエスターに「おやすみなさい」と声をかけた。



 

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