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猫と、雨  作者: 周防駆琉
24/31

7 Month Later (2)


「あなたに非はありませんが、私は今回の婚約を了承しておりませんので、結婚する気はありません」


 馬車に乗り込んですぐに俺は切り出した。王宮からロセットの屋敷までの間でディラック様ときちんと話を終わらせてしまいたい。彼女の感じから理解してもらうのには難航するだろう。



「どうしてです?」


「既に一番上の兄には息子がいて後継者問題はありませんし、俺はロセットの家とは縁を切っており向こうが一方的に連絡をしてくるだけなのです。父にも家を出てから息子としては会っていません」


「あら、そうですの。でもそれがなにか結婚の障害になって?」


「そもそも婚約が成立していません。未成年者ならともかく、いい年した大人が親の決めた相手と結婚する方が異常です」


「でも、私はシェイド様が好きですし伯爵夫人になりたい訳でもありませんから」



 やはり思った通り彼女は思いこみが激しくまわりを見ることはしない。彼女が幼い時には、男爵家の彼女と俺は関係がないし、成長するとともにどうにかするだろうと思って相手にしていなかったが男爵は放置したらしい。



「では、単刀直入にいいます。私、シェイド・ロセットはローリー・ディラック様と結婚する気はありません。自分の気持ちを込めるとあなたは遠慮したい女性であり結婚したくありません。」


「大丈夫です、すぐに私を好きになってくださいます」



 どれだけ無茶苦茶なんだ。今まで10年間、出来ればこの手は使いたくなくて使わなかったが夢見る彼女を退けるには、リタと一緒にいるためには恥も外聞も捨ててやろう。



「無駄な努力です。私には……」



*************************************************************************



 シェイドが行ってしまってからの私はいつも通りに仕事をこなした……訳がなく、失敗はしなかったけれど何度も同僚に具合が悪いのかと心配されてしまった。それを気遣ってだろうか、クヴァント様はいつもより少し早く仕事を終えて帰ってきた。



「平気なのか、平気じゃないのか…私はシェイドの事、どう思ってたんだろう」



 私を部屋に帰さなかったと言うことは、今あの部屋に二人はいるのだろうか。それに私はどういう感情を持てばいいんだろう。シェイドの婚約者に嫉妬すべき?叶わぬ恋だったと悲しむべき?婚約者の存在を教えてくれなかったシェイドを怒るべき?


 どれも、しっくりこない。



「リタ、体調はどう?」


「心配させちゃってごめんなさい。別に具合は悪くないんです」


「ならいいけれど…ラースがリタを呼んでるの。書斎にいるんだけれど大丈夫かしら?」



 屋敷を訪れた私があまりにも元気が無かったのか、出迎えてくれた夫人には心配をかけてしまった。それにしても、職場でも食事の時間でもなく、わざわざ書斎に呼ぶということはシェイドの話だろうか。



「お疲れのところ呼び出して申し訳ありません。少しリタさんに話がありまして。どちらの話からしましょうか……早く済む話からにしましょうね。ディラック様とシェイドですが、シェイドの意思ではなく伯爵の独断です。まあ、今夜リタさんを迎えに来られるかは彼次第ですが、あまり落ち込まないでください」


「あの…別にシェイドと私はそういう関係では」



 クヴァント様の言葉にいっそう訳が分からなくなった。今回の婚約がシェイドの意思ではなく、私を迎えに来ると言うのならどうして私をクヴァント様に預けたのだろう?戸惑いつつ誤解を解こうと口を開いたのに、珍しくクヴァント様はそれを遮った。



「シェイドが明日自分とリタさんの休暇をとっていますから、詳しくは彼から聞いてください。本題はこちら……グランディエルバ・レミオールという人物を知っていますか?」


「え……?」



 シェイドの話はクヴァント様にとっては本当に『早く済む話』だったらしい。さらっと流されて、次に出た言葉は私の戸惑いを払拭させるに十分な効力を持っていた。


 グランディエルバ・レミオール。それはフェグリットで私が兄のように慕っていた人あり、今はエスターの近衛騎士をしている人である。彼はクヴァント様と面識はないはずだし、貴族でもないのにどうして彼の名前を知っているのだろう。



「どうやらフェグリット人のようですが、ご知り合いでは?」


「……友人ですが、グランがなにか?」


「では彼の筆跡はわかりますか?」



 そう言って差し出されたのはグランが好んで使っていた封筒だった。表面には宛先はなく、裏を返すと見慣れたグランのサインがあった。



「グランの物で間違いありません。これは一体…?」


「今日の帰りに守衛に渡されたのです。夕方にグランディエルバ・レミオールの使いだと言う人物が訪れて、濃い青の髪に黒い瞳を持った小柄なフェグリット人女性に心当たりはないかと言われて受け取ったそうです。あなた宛で間違いないですね?」


「はい…その、友人には王宮で働き始めたとしか知らせていないので」



 こんな不審な手紙を受け取っては、身元の知れない私はスパイだと疑われるはずなのにクヴァント様は全く別の事を言い出した。



「それなら良いのです、手紙を受け取れてよかったですね。あなたに変な虫が付いたのかと心配だったんです。さて、明日もお休みですしどうぞゆっくり休んでください。と言っても、私はシェイドが遅くならないうちに迎えに来ると思いますよ」




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