7 Month Later (1)
「シェイド様ぁ!!探しましたわ!!」
まだまだ衰えない残暑のなか、俺は重大事項である今年の麦の取れ高や他国の状況の報告書をまとめる作業に嫌気がさし、せめてもと噴水がある中庭の木陰を陣取っていた。煙草も吸い放題で最高のロケーションだと思ったのに。
「げほっ、ごほっ………失礼ですが、どなたいしょうか」
後ろから急に誰かに抱きつかれて、煙が変な方向に入ったせいで盛大にせき込んでしまった。煙草は吸うもの、飲み込むのは何とも言えない。
俺を呼んだ声にも、俺の身体に回された腕にも覚えはない。だがここに入ってこれるということはそれなりの身分の人間だろう。失礼にならないように腕を外して振り向くとウェーブのかかった見事な金髪にうすい茶色の瞳の女性がにこにこと俺を見ていた。年はリタと同じくらいだろうか。
「ふふっ、こうして会うのはお久しぶりですものね。シェイド様の未来の妻のローリー・ディラックですわ!!」
「…ローリー?あの、ディラック男爵家の?」
「はい!!婚約者になったっていうのにお忙しくてこちらに来られないとおっしゃるので、会いたくて首都まで来てしまいました。ずうっと憧れていたシェイド様と結婚できるなんて今でも信じられませんわ!!私、伯爵夫人として頑張ります!!」
――俺だって、信じられない。まさか親父が彼女を婚約者にあてがったとは。
10年ぶりに顔を合わせた彼女はあの時のまま奔放で想像力が豊かすぎるままのようだ。言いたいことをぺらぺら話すと、今度は前から抱きついてきた。ここが俺の職場で人目があることをわかっているのにこういうことをするのは牽制だろう。
「お話は理解しましたので離れてください、ディラック様」
「もうっ!!昔みたいにローリーって呼んでくださいな、シェイド様」
人目を気にした拒絶は彼女には届かない。わざとらしく胸を押しつけ、上目づかいをして甘えた声をされてもともと彼女にいい印象はなかったが、苛々してきた。多少手荒になるが仕方なく俺は彼女の肩を掴んだ、その時だった。
「お取り込み中失礼いたします。書類を受け取りに参りました」
耳に心地よい声にはっと顔を上げると、いかにも申し訳なさそうな表情を顔に張り付けたリタが立っていた。
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いつものように宰相補佐室を抜け出して仕事をしているシェイドに用ができ、私は中庭に足を向けた。今の時期、雨が降っていなければそこにいることが多い。案の定、シェイドは煙草を片手に書類をめくっていたのだが、私が声をかけるより早く一人の美少女がシェイドに飛びついた。その彼女は今私の前に座っている。
「ふふ、はじめまして。わたくし、シェイド様の婚約者でローリー・ディラックと申しますの」
「はじめましてディラック様。私はロセット補佐官の同僚でリタ……クヴァントです」
語尾に「あなたは一体シェイドとどういう関係?」と含ませる彼女に、私は困ってクヴァントと名乗った。この間の生誕祭の馬車の中でロセットを名乗りにくい時は使っていいと言われていたのだ。彼女はシェイドの婚約者。ロセットを名乗ればシェイドとの関係を追及されるに違いない。
「あら、ではクヴァント公爵家の身内の方ですの?」
「いえ、このような容姿ですのでクヴァント宰相がお気にかけて下さって名乗らせていただいております」
「そうなの。わたくしはね……」
私がもしクヴァント公爵家の人間だったらどうするつもりだったのだろう。中庭で出会ってからの彼女の行動は奔放で、相手によっては重要な亀裂を生む可能性もあった。彼女は私を見ているのかいないのか、一方的に自分の話を始める。
ローリー・ディラック。男爵家の娘である彼女は私より一つ上の17歳。その容姿はさっき美少女と私が思ったように、太陽の輝きのような金髪に優しい茶色の瞳。背は小柄な私と同じくらい小さいが、その身体つきは出るとこ出ていて引っこんでいるところは引っこんでいる。いつの間にか婚約破棄をされていた(しかも複数回目)シェイドの次の婚約者に最近選ばれたらしい。
「もう10年ほどになるかしら…?シェイド様が成人なさってご実家を出るまでは交流があって、可愛がっていただいてたのよ。あの頃も幼い私をレディとして優しく扱って下さっていたけど、ますます格好よくなられて。それに宰相補佐官としてお仕事を一生懸命なさっているあんな方の妻になれるなんて私本当に幸せですの!!」
ディラック様からシェイドの話を聞くのはなんだかすごく変な感じがする。彼女は今のシェイドを知らないし、私は昔のシェイドを知らない。そして、彼女の言葉で私は気付いたことがある。シェイドはおかしい。
ロセット伯爵家と言えばリズダイクではかなりの名門で爵位はクヴァント公爵家より下になるけど、その歴史、資産が変わらないためにライバルとされている。その三男であるシェイドがいくら王宮から近いとはいえスタジオに住んでいるのは不自然だ。たしか首都の郊外にはロセッタ伯爵家の屋敷があり、御父上である伯爵と長男が住んでいたと記憶している。
私が今のシェイドを自然と受けれてしまったのは、フェグリットの王城を出てからの生活が原因だ。私が変だと思っても、大概の事は世間では一般的では普通だったからなんでも受け入れることが当たり前になってしまったのだ。
「それで、いい妻になるためにも最近のシェイド様の事を教えて欲しいの。前の婚約者様とはうまくいっていなかったみたいだけど、女性の影はあるのかしら?」
「ええと、プライベートについてお答えすることは…」
そう言えば、どうしてだろう。シェイドの婚約者がいると知って、その婚約者が目の前にいるというのに気持ちが動かない。現実感がないから?シェイドを信じているから?それとも、私には怒る権利もないから?
「失礼。ディラック様、お待たせしました。リタ、仕事中に悪いな」
ディラック様にどう対応しようか悩みつつ、自分の心に問いかけている間にシェイドが応接室に戻ってきた。その手には鞄。
「そんなに堅くならずにローリーって呼んで?リタさんだってお名前じゃない」
「リタは部下ですし、同姓でわかりにくいので皆そうですよ。仕事はどうにかしてきたので父を交えて話をしましょう。リタはクヴァント様からこれを預かってきたので目を通してください、では」
渡されたのは封筒。何気なく補佐室の机に戻って開けて、後悔した。
『今日はクヴァント宰相と一緒にあの人の屋敷に戻ってくれ』
ただそれだけだった。




