6 Month Later (3)
「生誕祭にはレンカやセリシアと一緒に行くことになったの」数日前、俺はリタに生誕祭について説明していなかった事を思い出した。流石に公私共に世話になっているあの人の実家主催の夜会に呼んでもらった上に欠席なんて訳にはいかない。だからリタも連れて行こうと思って誘うと意外な返事が返ってきた。
いつの間にそんな話になっていたんだろう。別にそれでも会場で合流すればいいだけだから問題はないけど。それから仕事と生誕祭の準備に追われていると、あの人経由で姉妹から手紙が届いた。毎年恒例のプレゼントのリクエストだ。今年は簡単に用意できるものであって欲しい、と思って開くと中身は随分とロマンティックな要求でいっぱいだった。そして最後には「リタはこういうのがいいって」とレンカの筆跡。「女の子ならこういうのに憧れるのよ?リタさんに逃げられないようにね」とセリシアの筆跡。
どうやら要約するとリタの夜会に対する憧れらしい。このくらいの事はリタならされたことがあるだろうが、だからこそ俺でも出来ることでもあった。
「……ん?もう一枚ある」
やはりあの人の娘たちだ。ちゃんと2枚目の便箋には自分たちの生誕祭のプレゼントのおねだりで『エマさんお勧めの化粧品』と書かれていた。高級娼婦である彼女は貴族の女性の流行の発信者でもある。正直エマに会うとリタの事でからかわれるから気が進まないのだが、仕方ない。リタの事でこれから世話になるだろうし叶えてやろう。
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「『レディ、どうぞお手を。今夜は私に美しいあなたのエスコートをさせて頂けますか?』」
待ちに待った生誕祭の夜。私は姉妹の計画通りにシェイドとは別に、クヴァント様の馬車に乗ってクヴァント公爵家に到着した。夫妻や姉妹に続いて馬車を降りようとすると、見慣れた大きな手がすっと差し出されて降りるのを助けてくれた。久しぶりに聞くシェイドの私を「『レディ』」と呼ぶ言葉に自然と笑みがこぼれた。
「『ええ、ありがとうございます。お願い致しますわ』」
エスコートをされて馬車を降りると、レンカとセリシアがシェイドに向かって両手を出していた。その手には可愛いらしくラッピングされた手作りのお菓子が乗っている。
「はい、シェイドさん。今年はマカロンに挑戦したのよ」
「私はね、マドレーヌなの。夜会でご令嬢に囲まれる前に渡しておくわね」
「はいはい、ありがとう。ほら、今年はお嬢様方のご要望を叶えさせて頂きました」
シェイドはその小さな包みを優しく微笑んで受け取ると、代わりにレンカの手にはコンパクトを、セリシアの手にはルージュを乗せた。生誕祭のプレゼントはその場でなにかわかるように中が見えるように包装するのが礼儀らしく、やはりシェイドが姉妹に送った二つも透明なフィルムでラッピングされていた。ちなみに私とクヴァント家族は既に馬車の中でプレゼントを交換した。
「わぁ!!ありがとう!!みんなに自慢しちゃうわ!!」
「ありがとう!!エマさんにもお礼を言って頂戴。じゃあ、お二人とも夜会を楽しんでね」
二人は迎えに来た婚約者だろうか、男性にエスコートをされて離れて行った。華やかな彼女たちには自然と目線が集まるが、慣れているのだろう堂々と正面の大階段の中央を登っていく。会話に出てきたエマという人物が気になるが、私のほうも考え事をしている余裕はなさそうだ。隣にいるシェイドのせいだろうか注目されているようなのだ……私も慣れてはいるけど。
「そういう格好もいいな…他の男に見せるのがもったいないくらい。さて、俺たちも行くぞ」
編み上げずに残した部分の髪を撫でたシェイドの指が悪戯に首筋をかすめて思わず声が漏れそうになった。それに気が付いたのかシェイドは満足そうにほほ笑むと左の腕を差し出してきた。本当に心臓に悪い。そう思いながら私はその腕に手を添えて歩き出した。そう言えば、王女という身分を持たずに夜会に出るのは初めてだ。私はリズダイクのマナーを思い出しながら、こんな状態できちんと渡せるのかを不安に思うのであった。
――そして、その不安は的中した。
「ロ、ロセット様!!あの……受け取ってください!!お願いします!!」
聞こえてきた声の方に視線を向けると、私と同じ位の年の女の子が顔を真っ赤にして可愛らしいガーターリングをシェイドに差し出している。「ロセット様、今年こそ受け取ってくださいます?」から始まって何人目だろうか。会場に入るなり近づいてきた艶やかな女性がそう言ってやはりガーターリングを差し出してきた時、シェイドは小さく「そう言えばこれがあったか…」と面倒そうに呟いた。
――ああ、そうか。私以外の人から告白されることもあるんだ。
シェイドの身分や容姿、中身を考えれば当然のことなのに、思いつきもしなかったのはシェイドの気持ちがどこにあるかを知っているからだろうか。隣でエスコートされている身として、どうすればいいのか困ってしまって私はその女性から視線を逸らすことしかできなかった。
それもそれが片手の指で足りなくなった時、私はシェイドに切り出した。ダンスが始まるまでは別行動にしようと。いくらシェイドがガーターリングを受け取ることがないとわかっていても、断るのを見ているのは気分がいいものではないし、私が横にいては言いだせない人だっているだろう。告白する機会まで奪うことはしたくない。そう思って私はシェイドから離れた。
すると私の方にも様々な女性や男性が集まってきた。クヴァント様と一緒に来て、シェイドにエスコートされるフェグリット人に興味を持つなと言う方が無理だろう。様々な思惑が絡んだ会話をしていると王女であった頃を思い出して、エスターやフェグリットの友人に会いたくなってきた。でも、「これからよろしくね」とプレゼント交換をするのはすごく楽しい。こちらでも良い友人ができそうだ。
「ちょっとリタ!!こんなところで何しているの?」
「レンカ。何って…別に何もしていませんわ」
ちょうど人が途切れた所にレンカがやってきた。さっきまでの王女の口調を引きずってしまったが、レンカは別の事で頭がいっぱいらしく詰め寄ってくる。その片耳には先ほどの男性が身に着けていたピアスが揺れている。どうやらレンカは既にガーターリングを渡したらしい。
「もうっ、何してるのよ。他の女の子にシェイドを譲ってないで早く渡しちゃいなさい、お馬鹿さん!!シェイドだって好きでもない女の子の相手なんてしたい訳がないじゃないの」
「え!?ちょ、ちょっと引っ張らないで、レンカ!!私はいいから」
「…もしかして、渡すの止めようなんて考えてないでしょうね?」
「…………」
レンカに図星をつかれて私は黙り込んだ。多分シェイドは女の子からガーターリングを受け取ることはないだろう。でも、だからと言って私のを受け取ってくれるわけでもないという事にも私は気付いていた。シェイドは決定的な言葉を言わない。そんな状況でシェイドがガーターリングを受け取ってくれるとは思えなかった。シェイドはあれで意外と誠実だから。
「そんなのは駄目だからね!!一緒に渡そうって頑張って作ったじゃない、ね?ほら、シェイドもリタを迎えに来たわよ。渡しちゃいなさい!!」
とん、と背中をレンカに押されて一歩たたらを踏む。目線を移せばシェイドの方も落ち着いたのか、私たちのほうに向かって来ていた。
「悪い、待たせた。ダンスもすぐ始まるな。リタと踊ってみたいって思ってたんだ……ってリタ?」
「あ、うん…私も、シェイドと踊りたい、かな…」
困った。渡す気はなかったのに背後にいるレンカと、シェイドの後ろで「頑張れ」と口を動かしているセリシアの期待に満ちた視線に耐えられずに、私はみんなと一緒に作ったガーターリングを取りだした。純白の布地に私の髪の色に合わせたレースとリボンのそれは少し大人びたもの。
「…ロセット様。もしよろしければ、受け取ってくださいませ」
恥ずかしくて、照れ隠しになぜか口調が昔に戻ってしまった。会場の人達がこちらに注目しているのがわかって、シェイドの顔は見れずに俯いたまま私は両手でガーターリングを包むようにして差し出した。
「…シェイド?」
「…っ!!喜んで、と言いたいところですが…」
「……え?っきゃ!!」
しばらくしても何も言わないし、動かないシェイドにおそるおそる顔を上げるとシェイドはすごく驚いているようだった。小さく名前を呼ぶと我に返ったようにいつもの微笑みを浮かべて、あろうことか私の体を抱きあげたと思うと、おでこにキスをされた。会場からは悲鳴なのか歓声なのかわからない声が上がる。こんなの羞恥プレイもいいところだ。
「やっ!!なに?降ろして!!」
「是非二人きりの場所で、もう一度その言葉を聞かせてください」
「ちょっと、シェイドっ!!」
シェイドは外野の反応や私の抵抗を気にもせず、私を抱いたまま会場から出て行ってしまった。一体なにがしたいんだろう。そのまま待っていた馬車に乗せられてしまった。
「シェイドったら!!私、クヴァント様においとまの挨拶もしてないし、ダンスを踊りたいって言ってたじゃない!!」
「あの人と公爵様には後日謝っておく。まさか、リタがそれを用意していたなんて思わなかった」
がたがたと動き出した馬車とシェイドの甘い声色に、仕方なく怒るのは止める。どうせあの会場に戻る勇気は全くないし。
「……この間の週末に夫人とレンカとセリシアと作ったの。シェイドのために…ぅんっ!!」
「やばい、嬉しすぎて我慢できなくなりそうだ…」
あの夜以来の唇に落ちるキスに私の身体が甘く疼く。それはシェイドも同じなのか、再びのキスでシェイドは甘えるように私の唇をぺろりと舐めた。思わず開いた狭間からシェイドの舌が滑りこんできた。
「んふっ…ぁ、ん…シェイド…」
「ごめん、リタ」
この時、シェイドの口から出た謝罪は何に対してのものだったのか。馬車がシェイドの家に着くまで甘い時間は続いたけれど。
シェイドがガーターリングを受け取ることはなかった。




