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猫と、雨  作者: 周防駆琉
19/31

雨の名を持つ王女


 リタに言われて思い出した。いつもは感じないけど、リタはあの『プールビア・カウツァ=ディ・フェグリット』。


 目を閉じれば、2年前の彼女の姿は鮮やかに甦った――




*****************************************************************************



 プールビア・カルツァ=ディ・フェグリット。古き言葉で雨の名を持つ王女。 


 戦場に立つ彼女は、まだ14歳の少女であった。



「左翼は展開、砦の弓矢部隊も外に出していい。中央に配置させて一気に攻める」



 2年前の夏の終わり、俺はフェグリット王国の北西の国境に来ていた。今ここはフェグリットの西の国が攻め込んで来て戦場となっている。リズダイクとの国境にも近く、俺は諜報活動で秘密裏に戦場を監視していた。


 双眼鏡越しに見る彼女はその小さな身体に重厚な鎧をまとい、片手剣を腰に下げて軍隊を指揮していた。将軍の地位を持つ王族は砦の執務室で守られて指揮をしているのが普通だが、目の前の少女は執務室どころか砦の中でもない、戦場にいた。いつ敵に命を狙われてもおかしくない状況だが、その幼い顔には恐怖の色どころか何の表情もない。ただ、凛と声を上げて的確な指示を出し、兵士達を鼓舞している。その態度はあまりにも立派で、奇妙にさえ見える。



「……っ!!」



 彼女を守っていた騎士の隙をついて敵国の兵士が彼女に迫った。助けてやりたい、そう思ったがあまりに遠い。惨劇を予測してつい目を逸らしてしまう。だが、意を決して視線を戻すと王女はそこに立っていた。王女本人も剣を抜いているようだが、騎士が間に合ったのだろう。


 それにしても、こんな幼い王女に将軍職を任せて戦場に送るなんて、フェグリット国王やその身内は何を考えているのか。噂以上にフェグリット王国の終わりは近いだろう。その時には、この王女も無事では済まない。他国の王女ながらかわいそうに。



「末恐ろしいほど頭がいい王女だが……目が死んでるな」



 隣にいた外交官が呟いて、双眼鏡を覗きながら王女を指差した。改めて良く見ようと俺もそれに倣うと、彼女は兵士の血を浴びたのだろうか、頬についた血をその丸い手の甲で拭った所だった。相変わらずその顔に表情はなく、子供から大人に変わる時のアンバランスな顔立ちと相まって彼女は夢のように儚く、哀れだった。



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 次に彼女に会った時、俺は目を疑った。本当に目の前で優雅に微笑む彼女が先日の戦で指揮をしていた彼女なのか。



「本日は遠方より我が国の建国100周年記念式典にご足労下さり、誠にありがとうございます。第6王女のプールビア・カルツァ=ディ・フェグリットです」



 フェグリットの宰相に紹介された王女が話す言葉は全く訛りのない流暢なリズダイク語。上司だけでなく、俺まできちんと目を合わせて挨拶をしてくれる。近くで見たその顔は間違いなく戦場でみた顔。同じ造りに浮かぶのは、王女らしい可愛らしい微笑み。


 そして、無骨な鎧に隠されていたその身体は、若い娘らしく色味の薄いレモンイエローのドレスに包まれて女性らしい丸みをあらわにしていた。もう5年もすれば絶世の美女となるだろう。



「王女は王国軍の将軍も務めてらっしゃり、先日の戦でも見事勝利を上げたとか」


「ありがとうございます。もう…皆様にその話を求められて、すらすらと説明できるようになってしまいました。お聞きになってくださいます?」



 ほんの世間話のようおどけて彼女は先日俺が諜報していた戦について話し出した。話す様子は我儘な王女様だが、その内容は何とも外交的だ。よくよく聞けばかなり際どい話をしているのに、彼女も上司もにこにこと片手にグラスを持った姿で談笑しているようにしか見えない。


 彼女の隣にいたはずの宰相はいつの間にか立ち去っており、誰がここで政治的な駆け引きが行われていると思うだろう。気付けば上司と彼女の間でいくつかの密約が行われようとしている。こんなオープンな場所で大丈夫か、と思うがあの人が気にしないということは大丈夫なのだろう。



「あら、この曲好きなんです。もしよかったら一曲踊っていただけませんか?」



 話を見守っていると唐突に彼女はあの人を誘ってフロアの中心に行き、こちらに帰ってきたのはあの人だけだった。どうやらダンスの間に二人きりで決めてしまったらしい。戻ってきたあの人の「残念ですね」という呟いた。それほど、彼女は利発でフェグリットと共に失うにはもったいない存在だった。




****************************************************************************


 今まで頭で理解していたリタ=王女が、剣を持つ姿やソファーの上で俺を見つめた瞳から、かちりとはまった気がする。


 いつかリタに出会った時の話ができる日は来るのだろうか……





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