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第八話

 過剰な妖力が渦となって吹き荒れる中を、彼は一歩ずつ進んでいく。巻き上げられた砂や石が皮膚を切り裂くのも気にせず、一歩一歩。


「なぁ、一つ聞いてもいいか?」


 額から流れる血を袖で拭うと、晴人は渦の中心、頭を抱えてうずくまる八雲の前に立った。


「八雲の――みかの姉さんがいたら、ここで簡単に諦める奴なのか?」


「ち、違います……!」


 突然の問いかけに、八雲は――みかは、顔を上げ首をブンブンと横に振る。


「姉は、お姉ちゃんはここで諦めたりなんかしない! なんでもそつなくこなして、不敵に笑っているような人です!」


 でも、とみかは絞り出すように言う。


「でも、私はお姉ちゃんじゃない。私は、お姉ちゃんにはなれない……っ!」


 涙さえ浮かべ、苦しむみかに晴人は。



「当たり前だろ! そんなの!」



 ――叫んだ。


「⁉︎」


 安易な言葉はかけない。自分の気持ちを吐き出すのが一番だと、晴人はそう確信していた。

 ――だって、オレと君は多分似てるから。


「どれだけ頑張ったって、その人になろうとしたって、届かないのはオレが一番わかってるんだよ!」


 どれだけ姉の行動をなぞって真似をしてみたって、それでも彼女には届かない。それどころか、彼女を知るごとに遠ざかっていく気すらして。


「でも、それでも、憧れるのは仕方ないことだろ!」


 それでも彼が、姉をなぞるのをやめないのは、どうしようもなく憧れてしまったから。

 光に惹かれたちっぽけな虫みたいに、太陽を目指したイカロスみたいに、その眩しさを目指してしまったから。

 故に、だからこそ。


「少しでも手を伸ばそうとしたんなら! そのまま伸ばし続けろよ‼︎」


 ――今まで、そうしてきたんだろ? だから――


「オレと……契約しろ‼︎」


 舞い上がった破片が頬を切り裂く。それでも怯まず、晴人はみかへと手を伸ばす。伸ばして、笑う。


「‼︎」


 縛りつける為じゃない、助ける為に。


「二人なら、届くかもしれないじゃんか」


 助けて、そして、手を取り合って進む為に。


「――はい。そう、ですね」


 みかは微笑んで、晴人の手を取った。

 震えていた彼女の手。だが、握り返すその瞬間。手には、確かに力が籠っていた。それは覚悟を決めた意思の表れ。憧れに届くための覚悟。繋いだ手が離れないように。だって、どうしようもなく遠くにある光でも、きっと二人なら。

 彼女の覚悟をその感触から感じ取った晴人は、それを胸に刻むように目を閉じ、それからもう一度大きく笑った。


「ありがとう。それじゃ、始めるか! 封式――『混』‼︎」


 片手で印を結び術式を開放すると、リュックから青と黄色の巻物が飛び出し、繋いだ手を起点に広がり、二人の周りを螺旋状に取り囲んだ。


 それは、もしかしたらと思って晴人が用意していた()()()の術式。彼が姉ならこうすると、そう信じて書き加えたもの。

 術式によって弱体化させたことにより、みかの乱れた妖力の糸口を見つけ出す。今の彼女の妖力は、全体が絡まったみたいに乱れに乱れている。


「でも、オレなら、妖使いならこれを制御できる……っ‼︎」


 少しでも気を抜いたらほつれてしまうような、不安定な細い妖力の経路を、経を唱えながらゆっくりと手繰り寄せる。


「せっかく同じ価値観を共有できる人が現れたんだ。手を取り合って、共に進める奴と出会えたんだ」


 誰にも理解されなかった自分の生き方が、初めて肯定された。気味悪がられて、遠巻きにされていた自分の手を取ってくれた。それがどれだけ彼を救ったか。


「こんなところで祓ってたまるか! オレは諦めが悪いんだよ‼︎」


 印を結び、叫ぶ。みかに、そして自身に向けて言葉を紡ぐ。


「――憧れるのを、諦めるなよ。『オン・ア・ビ・ラ・ウン・ケン・ソワカ』‼︎」


 ――音が消える。風が凪ぐ。世界を一時停止したような静寂があって、

 

 シャン、と鈴の鳴るような音がした。


 妖気が、爆発した。

 しかしそれは先ほどのものとは大きく異なる、温かささえ感じるものだった。


「もう大丈夫……です。ありがとう、戸隠くん」


「晴人でいいよ、オレもさっきからみかって呼んでるし」


 それに、と晴人は笑って言葉を続けた。


「今のオレたちは一心同体みたいなものだからな」


 吹き荒れていた妖力と、展開していた巻物が、まるで巻き戻しをかけたように、中心へと集まっていく。

 その中心にいるのは、手を繋いだ晴人とみか。

 いつの間にかみかの髪は、どころか耳も尻尾も。その全てが純白になっていて、白衣と相まっていっそ神々しさすら感じる姿になっていた。


「そうだ。せっかくだし、アイツ祓ってみるか。いけるか?」


「はい! なんだか今は体がすっごく軽いです!」


 ――今なら、二人ならなんだって出来る気がした。

 お互い、そう感じていた。それは、繋がった妖力のパスからも笑ってしまうくらいに伝わっていて。

 ヘアピンを付け直し、晴人はニィッと笑う。


「んじゃ、やろうか‼︎」


「――なに二人だけで盛り上がってるのよ。アタシもいることを忘れないで欲しいわね」


「わかってるって!」


 みかが咲耶の横に立つと、咲耶は横目でみかを見て、つまらなそうに呟いた。


「わざわざシロウトに合わせたりなんかしないわよ。そっちが精一杯合わせなさい」


「は、はい!」


「……そっか、手を引いて元に戻すんじゃなくて、手を取って一緒に進むのがよかったのね」


「え? 黒姫さん、今何か――」


 小声で何を言った咲耶は、みかの言葉も聞かず一足先に飛び出し、再び妖の刃と打ち合う。相変わらず凄まじい妖力だが、妖の禍津風が若草色の妖気を打ち消すせいで決定打にはなっていないようだった。


「じゃあオレたちも応戦するぞ。行けるか?」


「はい! お姉ちゃんに手を伸ばすつもりで頑張ります!」


 その時、みかの体の周りから、螺旋状に朱色の炎が立ち昇った。

 ――狐火。妖狐の纏う火炎。

 妖狐の中でも限られた高い格を持つ狐でないと纏えないはずのそれが、彼女の両手へと収束し煌々と輝いていた。


「え? わわわ、なんですかこれ⁉︎ 熱、熱、熱く……ない?」


 その様子に晴人は目を見開いて、それから笑う。これほどまでにみかに流れる血が濃いとは知らなかったが、それも嬉しい誤算だと。今は、勢いに任せればなんだってうまくいきそうな気がしているのだ。


「落ち着け! それはみかの、みか自身の力だ!」


 人間は、信仰によって妖に影響を与え、

 妖は、人間によって性質を変えられる。


「だから、イメージしろ! その炎はみかの手足、あの妖を討ち払うための武器だ!」


 半妖は、その両方をいいとこ取りできる。つまり、自分で自分の性質を変えることが出来るということ。


「い、イメージ、イメージ……」


 炎が大きく揺れたと思えば、みかの腕へと同化していく。

 やがて炎は腕となって輝きだした。炎は更に温度を増し、朱色から青色を帯びるまでになっている。


「――ほう、面白い」


 その様子を咲耶と打ち合いながら見ていた禍津風は、興味深そうに呟いた。


「行け、みか! あんなうるさいだけの()()なんて、お前の炎で消毒しちまえ‼︎」


 叫びながら、晴人は手を叩き術式を開放する。青と黄色の巻物がみかの背中へと集まり、巨大な翼へと形を変えた。


「妖式――『翼』‼︎」


 それは封式とは異なる、()()()()()()()()()()。本来晴人が最も得意とする、妖使いとしての術式だった。


「はい! 行きます!」


 みかが地を蹴ると、翼が大きく空気を打ちそのまま上空へと舞い上がった。

 腕に青色を帯びる炎を纏った純白の少女が宙を舞う姿はとても神秘的な光景で。過去の人が見ればそれだけで彼女が神として崇められるだろう。それだけの美しさがそこにはあった。


「みか、やっちまえ!」


 興奮した晴人が拳を上へと突き上げる。見下ろすみかは、クスリと笑ってまた翼を打った。向かうは禍津風。友達に、仲間に仇なす不浄を打ち倒すために。

 一打ちで、咲耶と同じ速度まで加速したみかは、その勢いを拳へと乗せて振り抜く。


「きつねパーンチ‼︎」


 その微妙な掛け声とは裏腹に、空気が灼けるほどの火力で放たれた炎の腕は一直線に妖へと進む。


「ハハ! ハハハ! 面白い――‼︎」


 禍津風は黒い風を自分の周囲へと圧縮し迎え撃つ。

 ――しかし、炎の腕は、黒い風にかき消されることなく、それどころかより大きく燃え上がって妖の身体を包み込んだ。


「そうか! 風は強すぎる炎と相性が悪いか! もちろん邪気も炎には弱いときた!」


 みるみるうちに風が弱まっていくのがわかる。聖火や護摩といったように、火には不浄を清める性質を持つものもあるが、それがみかの炎にもあるようだった。


「惜しいが、この妖はここで切り捨てるとしようか。中々使い勝手のいい奴だったんだがな!」


 その一言に晴人はハッと気がつく。


「そうか。――お前も、()使()()か!」


 思えば最初からおかしかったのだ。言葉が段々とチューニングされて、流暢になっていくのも、禍津風なんて不浄が明確な意思を持って個人を狙うのも。だが、背後に妖使いがいると分かれば全て合点がいく。


「ああそうとも! 半妖だけでなく、貴様にも興味が湧いた。またどこかで会おうじゃないか。若き妖使い‼︎」


「待て!」


 晴人は慌てて封印の術式を開放するが、すでに妖のとリンクは切られてしまっていた。主人のいなくなった黒い妖はもう動くことなく、正八面体の中へと封印された。


「禍津風を操れる妖使い……」


 あんな上位の妖を操れる使い手はそうそういない。これから先に訪れるであろう苦難に晴人は眉を顰めた。

 ――ところで、そんな彼は気がついていないようだが、封印に使う巻物は青と黄色の巻物。

 そして、みかの翼を形作っていたのもまた、青と黄色だ。巻物が封印のために背を離れ、今まで彼女を空に浮かせていたものがなくなったということは――


「あれ? え、えぇーーーー⁉︎」


 炎を纏い宙を舞う、美しき純白の半妖は――派手に地面に落下した。

 

「ま、何とかなったわね」


「そうだな、一時はどうなることかと思ったけど」


 それに、みかのこれからや、妖使いの正体など、課題はまだまだたくさんあるけれど。


「とりあえずは一件落着――


「そんなわけないじゃないですか‼︎ さすがの私も怒りますよ‼︎」


 半妖は頑丈なので、特に怪我はないようだった。

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