97:考える
「当時の聖騎士にご無礼がありましたら、それは心からお詫び申し上げます。大変申し訳ございませんでした」
自身の右手を左胸に添え、ロキが深々と頭を下げた。
これにはファブジェ氏は驚き「いえ、あなたは何も悪くないのですから、頭を上げてください」と声をかけた。それでもしばし、ロキは頭を下げ続け、ファブジェ氏を困惑しつつも、彼に対する見方が変わったようだ。
「本当に。工房には何も残されていないに等しい状態でした。それでも押収品の一部は戻されました。多くはこの狭い店舗に移った時に処分しましたが、残っている物もあります。それは狭いこの店の地下にありますから、ご覧になりますか? ただ、本当に狭く、埃っぽい。そちらのお嬢さんは、ここでお待ちいただけますか?」
一坪しかない店舗の地下。狭いという言葉に嘘はないだろう。それについて行ったところで、私はぼーっと眺めることしかできない。だが残滓を感知することができるロキが行けば、何か発見があるかもしれない。
「私はここで待たせていただきます。何かあれば、盛大に悲鳴をあげますから」
ロキはファブジェ氏に店の入口は一箇所だけか、裏口はないかと確認した。入口は一箇所で、鍵をかけられると分かったので、鍵をかけてもらい、自身はファブジェ氏と共に地下へ向かった。
残された私は、棚に置かれたガラス玉を眺めることにした。
すべて一点ものと言っていたが、確かに同じサイズだが、中を眺めると模様というか、青空の世界がすべて違っている。どれ一つとして同じものがないのに、一点ものとするために破棄してしまうなんて、勿体ないことをしたのね。
そんなことを思いながら、自分の首にあるペンダントについて考える。
ロキのあの様子だと、聖女に献上された「ナイト・スカイ」の模造品が、私のペンダントの正体だと考えているのではないか。馬車の中で、ペンダントの正体を知った時。聖女に献上されたそのペンダントを私が持っている……とロキは考えていた。
だからこそ「もしやアリー嬢は、本当は聖女で、そのペンダントで聖なる力を抑えられていたのか!?」と突拍子のないことも口にしていた。
だが冷静に考えると、それはあり得ないことと気づいた。
魔力が込められたペンダントと毒が塗られたピアスは、王立ローゼル聖騎士団が押収したのだ。調査を経て、危険物として燃やされた。そうすることが、今も変わらぬルールなのだから。
もし当時押収されたペンダントが残っていて、しかも証拠品を保管する倉庫ではなく、孤児院育ちの修道女が持っていたなんてことになれば、それは大問題だ。
そんなものを持ち出せるのは、聖騎士しかいない。つまり、裏切り者がいたことになる。そうなれば、王立ローゼル聖騎士団始まって以来の不祥事だ。
それを踏まえても、模造品である可能性をロキは考え、ファブジェ氏にいろいろ尋ねたのだろう。
思うに、一点ものと謳いつつ、模造品やレプリカが見つかることは、どこの国でもよくあることだった。ファブジェ氏自身は一点ものとして廃棄を命じても、従業員がそれを守らない可能性もある。
当時は聖女への献上品として作られた宝飾品だ。価値あるものと考え、模造品やレプリカが裏で流通した可能性はある。シャドウマンサー<魔を招く者>が、魔力や毒を込めたものだった……ということは、王都では大々的な事件として、ニュースペーパーをにぎわせただろうが、地方はどうだろう?
地方に暮らす平民、貧民街の人間は、読み書きなんてできない。ニュースペーパーなんて、読まない。知らなかった可能性もある。
もし宝飾品を扱う行商人が来て「これは聖女に献上されたペンダントやピアスと同じデザインのものです」と言われ、信じて購入してしまう平民、地方貴族は……ゼロではないと思う。
私の両親もそうやって騙され、価値あるものと考え、これを私に残してしまったのではないか。そこにシャドウマンサー<魔を招く者>で使われたペンダントと似ているとなり、かつマイの件も重なり、このペンダントに過剰な意味を見出そうとし過ぎているのでは……?
唯一の手掛かり、と考えてしまった。このペンダントをたどれば、私の両親が見つかると思ってしまったが……。
もう無理してこのペンダントを、追わなくてもいいのかもしれない。
Ignorance is bliss.(無知は幸福である)
つまり知らない方がいいこともある……。
そう、シアラー団長も言っていた。
ペンダントについて調べると言うことは、シャドウマンサー<魔を招く者>を刺激することにつながるかもしれない。それは寝ている犬を、起こすことになりかねないのだ。
現にランスだって襲われている。
ランスを襲った犯人について、検証する時間はなかった。だがシャドウマンサー<魔を招く者>に関する本に、毒針が仕込まれていたのだ。犯人はシャドウマンサー<魔を招く者>につながる者であることは、皆、口にしないが思っているはず。
既にシャドウマンサー<魔を招く者>は、潰えたと思われているのに。残党が動いているのだとしたら、迂闊に関わらない方がいい。
もうペンダントについて調べるのは止めようと、ランスとロキに話そう。
そう思った時。
店の扉の向こうで、中を伺う人影が見えた。






















































