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聖女ではありませんでしたが、聖騎士様に溺愛されそうです  作者: 一番星キラリ@商業ノベル&漫画化進行中


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99/142

98:フルーツパイ

 扉の向こうで、中を伺っている人物は……。


 珍しい黒髪に、髪と同じブラックパールの瞳。

 高い鼻に血色のいい唇。

 肌は雪のような白さで、真っ白なシャツにワイン色のタイ、オフホワイトの上衣にズボン、シルクサテンのベストは落ち着きのあるボルドー色。ダークグレイのマントを留めているのは……ガラス玉! このお店で売っている、青空を思わせるガラス玉を、マントの留め具に使っている。


 間違いなく、このお店の顧客だ。

 しかも着ている衣装はとても上質。

 年齢としては、ランスやロキと同じぐらい見えるが、きっと貴族のご子息だろう。


 このまま返していいのかしら?


 店を見る限り。

 とても繁盛しているとは、言い難い。

 店内にいるのは私だけだが、なぜ私が店内にいて、自分が入れないか不明。

 これで貴重な貴族のお客さんが不快な気持ちになり、二度とこのお店に来なくなったら……。申し訳ない。ひとまず店に来た理由を聞き、内容によっては、ファブジェ氏を呼びに行こう。


 そう思い、扉に向かい、鍵を開ける。


「良かった! 扉が壊れたのかと思いましたよ。このお店、見ての通り、今にもつぶれそうでしょう?」


 落ち着いた見た目と反し、ハキハキした声と話し方だった。ペンダントについて深刻に考えていた気持ちが、上向く気がした。


「すみません。鍵をかけていたのです。ファブジェ氏と私の連れが地下の工房で探し物をしていまして。店内で女性一人になるのは危険だからと、鍵をかけていたのですが……。今日はお買い物ですか?」


「ああ、そうだったのですね。それは失礼しました。あなたのような貴族の女性が、こんな奥まったお店で一人では、確かに心配ですよね。僕はブラック・バーナードと申します。実業家であちこちを旅して回っていて、この街には二週間ほど、滞在予定です。先日、こちらのお店を偶然見つけまして。まあ、手前の飲食店で、飲んで気分がよくなって辿り着いたら……。素敵でしょう、これ」


 ブラックは、自身のマントのガラス玉を示す。


「ええ、とても素敵です。留め具に使うというアイデアも、素晴らしいと思います」


「気に入ったので、土産でいくつか手に入れたいと思い、足を運んだのですが……取り込み中なら仕方ない。ここに近いホテルに泊まっていますから、また来ます」


 快活に言うと、ブラックは私にお辞儀をして、そのまま立ち去ろうとした。だがふと立ち止まり、振り返った。


「そうだ。これをね、店主への差し入れで持ってきたのですよ。この季節で定番のフルーツパイ。刻んだフルーツがたっぷり入っていて、美味しいんですよ。“王都で一番のフルーツパイ”と謳っているお店を見つけたので、買ってみました。一口サイズで食べやすい。店主に渡すだけでは勿体ない。お一つどうですか?」


 ブラックは手にしていた紙袋を胸の前に持ってくると、つけていた手袋はずし、まずは自分で一つ頬張り、私にも一つ差し出した。


「あ、ありがとうございます」


 シナモンの香りがふわっと漂い、サクッとしているが、中にはしっとりしたリンゴと干しブドウ。確かに美味しかった。


 私が笑顔になると、ブラックも笑顔になり、私の手に紙袋をのせた。


「ではこれ、店主に渡してください。『また来ます』と伝えてもらえれば」


 そう言って立ち去るブラックは、実に気持ちのいい好青年。

 最後まで店の中に入ることなく、紳士的に対応してくれた。


 何もせずに追い返すことをしなくてよかった。

 彼ならきっと、おみやげ用にたくさんのガラス玉を、購入してくれることだろう。


 扉を閉め、鍵をかけ、カウンターに向かった。

 まだ底が温かい紙袋をカウンターへ置く。


 思いがけずフルーツパイを食べたことで、お腹がすいて来ていた。


 それにチラリと外を見ると、とっくに日は落ちている。

 カウンターの壁時計を見ると、もうすぐ17時だ。


 そろそろ帰らないと、ランスが心配していそうだわ。


 そう思ったまさにその時、ロキとファブジェ氏の声が聞こえてきた。


「! シナモンの実に美味しそうな香りがするぞ。アリー嬢、魔法でおやつでも用意してくれたのかな?」


「いえ、違います。実は……」ということで、早速、ブラックについて話す。するとファブジェ氏はすぐに「ああ、あの紳士ですね!」と顔がほころぶ。


 どうやら特徴を聞いただけで、すぐに誰か分かったようだ。


「あちこちを旅する実業家の方だそうですが、とても気持ちのいい方で。つい話し込んで楽しい時間を過ごさせてもらったのですが……。そうですか。これを差し入れで。優しい方です。あ、よかったらお二人もどうぞ」


 ロキは喜んで受け取り、私は実はさっきいただいたと答え、ファブジェ氏は「そうでしたか」と答え、自身もフルーツパイを頬張る。


 このフルーツパイを食べたことで、なんだか三人とも和んだ気がした。


「今日はご協力いただき、ありがとうございます。せっかくなので自分と友のために。こちらのガラス玉を、買って帰ります」


 ご機嫌のロキは自身と私とランスのために、ガラス玉を購入し、店を出た。

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