95:ファブジェ・ジュエリー商会
ファブジェ・ジュエリー商会。
王都に店を構える宝飾品店ということなので、それは大きなお店を想像したが……。
メイン通りから伸びる細い横道の、飲み屋が立ち並ぶ奥まった場所に、そのお店はひっそり存在していた。目立つ看板もなく、扉のガラスに、はげ落ちそうな白いペンキで「ファブジェ・ジュエリー商会」という文字が見えた。
ショーウィンドウもなく、店舗というより、事務所にも見えるその扉を押して中に入った。
一坪ほどの広さの店内には、棚が並び、そこには大小さまざまなサイズのガラス玉が、ずらりと並んでいる。
そのどれもが丸いガラス玉に、青空を閉じ込めたようなもので、とても美しい。
私がつけているペンダントは、夜空を閉じ込めたようなデザインだが、青空の方が明るく、気持ちも盛り上がるように感じた。
「いらっしゃいませ」
カウンターに座っていた、黒縁メガネに白髪頭の男性が立ち上がった。グレーのチュニックに青いエプロンと、店番というより、宝石職人のように見えた。
「……貴族の方ですよね? ここは店名に『ジュエリー』とついていますが、宝石は扱っていません。安いガラス玉をそれっぽく加工したものばかりでして。平民のちょっとお金がある方が、ドレスやカバン、靴に飾る模造宝石としてお買い求めになるようなものばかりです。貴族のお客様が満足できるものはないと思いますが……」
「ほう。こんなに美しいガラス玉だ。ペンダント、イヤリング、ブレスレットなどに加工してもいいものを。貴族だからといって、宝石ばかり買い漁るわけではない。美しいものであれば、喜ぶ貴族も多いと思うが」
ロキが棚のガラス玉を一つ取り、明かりにかざしながら、指摘する。
老人の顔が引きつった。
「……そういった物へは、加工していません」
「頼めば加工してくれるのかな?」
「ペンダント、イヤリング、ブレスレット、指輪、髪飾り……そう言った宝飾品への加工は、承っていません。なにせここは、この老いぼれが一人できりもりしていますから。材料販売が精いっぱいです」
そう答える老人は、カウンターの上で手をぎゅっと握りしめている。
よく見るとカウンターの内側は工房を兼ねているようで、ガラス玉を作るための道具が置かれていた。
確かに一人でこの場所で、宝飾品の加工は、厳しいかもしれない。
「昔は作っていたのにね。確かメイン通りの、かなり目立つ場所に、お店があったと思うけど」
「……それは別のお店と勘違いされているのでは? うちは昔からずっと、この場所で細々と営業していますから」
「あれえ? そうなの? 昔はダーリヤ・ジュエリーという店名で、それはそれは繁盛していたのでは?」
すると老人は突然、ガラス玉を作るために使う、刃物のような物を手に取った。
「もうお前たちとは縁を切ったはずだ! 十八年前のあの事件で、わしはすべてを失った! 帰れ! もうお前たちのために何か作るつもりはない! 二度と騙されるつもりはない! 利用されるつもりもない!」
そう叫ぶと、刃物をロキに向けたと思ったが違う。
自分自身の首に向けたのだ。
「ロキ様っ!」
私が叫ぶより先に、ロキが老人の手を押さえ、刃物は床に落ちた。
「おじいちゃん、はやまらないでくださいよ。俺は王立ローゼル聖騎士団に所属する聖騎士ロキ・ジェームズ・ベネット。ベネット公爵家の三男で、デュアルナイトだ。腰につけている聖剣の紋章が、見えるだろう?」
ロキの言葉に老人はハッとして「聖騎士様!? そ、それは失礼しました」と謝罪する。そしてロキが老人から手をはなすと、彼は両手をあげ、何もしませんと示す。
「昔を思い出せることになり、すまないね、セルゲーエヴナ・ファブジェ。でもいくつか『ナイト・スカイ』について聞きたいことがあってね。……いいだろうか?」
ファブジェ氏はロキの聖剣を見ると、盛大にため息をついた。
「もう……終わったのではないですか? まだ過去の亡霊に囚われないといけないのですか?」
「申し訳ないですね。あなた自身に罪がないことは分かっています」
馬車でランスが教えてくれた。
「ナイト・スカイ」シリーズを作った当時のダーリヤ・ジュエリーの店主が、セルゲーエヴナ・ファブジェという名であると。自身も宝石職人だったファブジェ氏は、シャドウマンサー<魔を招く者>とは、無関係だった。
雇っていた宝石職人が、シャドウマンサー<魔を招く者>だったとは、知らなかったのだ。知らずに、シャドウマンサー<魔を招く者>が作った聖女を害する宝飾品を神殿に献上し、聖騎士に捕らえられ、尋問されることになった。
無実であることは分かったが、風評被害はひどく、ダーリヤ・ジュエリーは倒産に追い込まれる。
一時は王都を離れたが、再びこの場所に戻り、ひっそり店を続けていることをランスが知っていたのは、彼が聖騎士として、過去に起きたシャドウマンサー<魔を招く者>の事件を、調べた結果だった。
禁書の閲覧申請を出しつつ、ランスは宝飾品に関係するシャドウマンサー<魔を招く者>の事件について、元聖騎士を何人か尋ね、直接話を聞かせてもらっていたのだ。
詳細は教えてもらえなかったが、ニュースペーパーにも載った程度の話は聞けた。そしてその情報は、馬車でランスから共有してもらっている。
「過去の亡霊というのはしつこいようで。いくつかお話を聞かせていただけませんか」
ロキがファブジェ氏に問うと、がっくり肩を落とした彼は「分かりました」と力なく頷いた。






















































