93:超人
毒針が刺さったと分かっている状態で。
パニックにならずに行動する。
ただそれだけでもすごいことなのに。
毒を可能な限りだし、メッセージを残し、膝をつく。
その一連の行動を、意識が失うまでのわずかな時間で、やってのけるなんて!
ランスが超人に思えた。
本人は油断したと言うが、たとえ油断したとしても、その後の行動は、最善を尽くしていたと思う。こんな風に冷静に対処できる人間は、そうはいない。
尊敬の想いがこみ上げ、抱きつきそうになるのを抑えるのが、どれだけ大変だったか。
ロキがそこにいなければ、間違いなく抱きついていたと思う。
少し恨めしく思いながら、対面に座るロキを見ると、彼はランスに尋ねた。
「それで、ダモクレス伯爵の『魔こそこの世の美徳なり』は見たのだろう? アリー嬢のペンダントについて、分かったことは?」
「ああ、それなんだが……」
ランスによると私のペンダントは、表向きは「ナイト・スカイ」という名のシリーズとして販売された、宝飾品の一つだった。ペンダント以外にも、ブレスレット、髪留め、ピアスが存在していた。
ブレスレット、髪留めは、別の一般の宝石職人が作ったものだ。シャドウマンサー<魔を招く者>の息がかかった宝石職人が作ったのは、「ナイト・スカイ」シリーズのペンダントとピアス。そしてそれが聖女に献上されていた。
勿論、この二つには、それぞれ魔力と毒が込められていた。
魔力。
魔力を持つ魔物が存在し、聖なる力を持つ聖女が存在するこの世界では、魔力を持つ人間も稀に存在していた。魔力を持つ人間……魔物と人間の間に生まれた子供だ。
魔物の四天王は、“最強”であるビースト・デビル・ベア、“最大”であるセント・ポイズン、“最悪”であるブロッド・バット、そして“最厄”と呼ばれたのが、残酷な魔物<クルエルティ・ヴィラン>。
このクルエルティ・ヴィランは、人間の魂を喰らうこともなければ、吸血もしない。その代わりに人間の女性を襲う。
つまり、クルエルティ・ヴィランは唯一人型をとる魔物であり、人間の女性を襲い、生まれた子供は魔力を持つと言われていた。シャドウマンサー<魔を招く者>は、しばし女性を生贄としてクルエルティ・ヴィランに捧げ、魔力を持つ子供を手に入れたと言われている。
この魔力を持つ人間に、聖女を害するための道具を作らせていたのだが、それが魔力を込めた道具や武器だった。
魔力が込められた「ナイト・スカイ」のペンダント。
ただの人間がつけても、一切の影響はない。
でも聖女が身に着けると、魔力の作用により、聖なる力が著しく弱まるのだという。
ちなみにピアスの方には、毒が塗られていた。
「うん……アリー嬢は聖女候補だった。でも聖女とは認定されず、村に修道女として戻されることになったわけだが……。もしやアリー嬢は、本当は聖女で、そのペンダントで聖なる力を抑えられていたのか!?」
「その可能性もある。アリー様は魔物を見ることができるし、魔物に関する知識も学ぶことなく持っていた」
「とんでもない事実が発覚したな。今すぐ神殿に行き、そのペンダントを外し、もう一度聖女であるか、確認をしてもらった方がいいのではないか!?」
興奮気味に話すロキに対し、ランスは冷静だ。
「アリー様。こうなってしまったので、そのペンダントに関わる自分とアリー様しか知らない秘密をロキに打ち明けても? 彼は軽薄で信用するのは難しいと思いますが、自分のことを裏切ることは絶対にありません。もし裏切れば、その時は自分が始末します」
「おい、おい、待ってくれよ! 俺の言われ方、ひどくないか!?」
「君は黙っていろ。いかがですか、アリー様?」
つまりランスはロキに、私が魔物を引き寄せるかもしれないことを話すつもりね。
ここ数日ロキと過ごしたが、ランスが言う通り、軽薄と思われるところはある。だがそれは、そう見えるように、仕向けているにすぎないと思った。自らピエロを演じ、いざという時に悪役を引き受ける。そうやってランスを守ろうとしている――それがロキに思えた。
自分はどう見られても構わない。でもランスは……と考えるロキが、信用できない人間、裏切る人間とは思えない。
「ロキ様になら、話していただいて構いません」
そう私が答えるとランスは、ペンダントを外すことで起きた出来事を話した。つまり、ビースト・デビル・ベアとセント・ポイズンは、私がペンダントを外すと現れたと。
四天王だけではなく、怪鳥のような姿の魔物<シャドウ・ガーゴイル>、イノシシのような姿の魔物<タスクド・ボア>、蜘蛛の姿の魔物<ヴェノム・スパイダー>、大蛇の魔物<スネイク・スリザー>、狼の魔物<ウルフ・リッパー>なども引き寄せた可能性があることを話した。
「な……、それは……! 聖女は魔物が見えるし、遠く離れた場所にいる魔物の気配も察知できる。でも魔物を引き寄せるなんて、聞いたことがない。そうなるとアリー嬢が、実はペンダントで力を抑えられていただけで、本当は聖女だった……という可能性は消える。むしろ……魔物が寄ってくるなんて、自身が同じ魔物であるか、魔力持ちの人間ぐらいでは……?」
そこまで話し、ロキは口をつぐんだ。
ランスはハッとして、目を大きく見開いた。
今、ロキが言った可能性を、ランスも私も想定していなかった。
だって、自分は被害者(人間)という視点に立っていたから。
でも今の一言で、分かってしまった。
聖女でもないのに魔物が見える。魔物の名前をスラスラ言える。さらには魔物が引き寄せられる。それはつまり、私が魔物ということでは? もしくは魔物と人間を両親に持つ、魔力持ちの人間なのでは……?






















































