89:冗談なんて言えない相手
私は修道女で、ランスは聖騎士。そして婚約もしていない。それなのに同じ屋敷に住んでいる。それはどういうことだと、王立ローゼル聖騎士団の団長から問われてしまった。
私のペンダントのことは……ランスは、クリフォード団長に話していないはずだ。
禁書の閲覧についても「魔物の討伐をするに当たり、より知識を深めるため、何冊かの魔物に関する本、シャドウマンサー<魔を招く者>に関する本に目を通したいと、申請している。だからこのペンダントについて調べているとは、分からないはずだ」とランスは言っていた。
このペンダントは、シャドウマンサー<魔を招く者>が扱っていた道具の可能性が高い。そんなものをつけているとなると、怪しい者と思われかねない。
さらにこれをはずすと魔物が寄ってくる可能性があるとなれば、私自身が魔物扱いされかねなかった。
よって隠せる情報は、隠すことにしたのだ。
王都から遠い村や町で起きた些末な事件について、クリフォード団長が知るわけがなかった。それにジルベールもサンタベリー子爵も、マイのあの事件を、大事にはしないでくれたのだから、知らないはずだ。
マイが狙ったのは、私のペンダントだった。そしてそのペンダントは、シャドウマンサー<魔を招く者>の道具かもしれなかったのだが。
そのペンダントを持っているからと言って、私が反聖女を謳う人間だとは、ジルベールもサンタベリー子爵は思っていなかった。二人とも私のことを子供の頃から知っていたし、何より私が自分の意志で手に入れたものではないと分かっていたからだ。
だからこそ、事件についても、地方の田舎町で起きたちょっとした事件として終わるよう、ジルベールもサンタベリー子爵は幕引きを図ってくれた。
よってペンダントを理由に、この屋敷にいることは、クリフォード団長には知られないようにしたいと思った。ではどう答えればいいのか?
私が思いあぐねていると、ロキが答えてくれた。
「クリフォード団長、それをアリー嬢に尋ねるのは、いささか意地悪ではないでしょうか」
冗談っぽく言おうとしているが、膝に置かれたロキの手は、少し震えている。
聖騎士にとって団長は、絶対服従の相手なのだろう。冗談なんて本来言えるような相手では……ないのだ。それでもランスと私のために、ロキはクリフォード団長に……何を言おうとしているの……?
「アリー嬢を王都から村へ戻す時、護衛として聖騎士の誰をつけるか最終的にジャッジされたのは、クリフォード団長です。エルンスト伯が指名されたのは、彼が堅物だからではないですか」
クリフォード団長はその瞳をロキに向け、紅茶を飲みつつ、静かに彼の話を聞いている。その表情を見て、彼が何を考えているかは、読み取れない。
「他の聖騎士と違い、任務につけば兜をきっちり被り、軽口を叩くこともありません。聖騎士なのにエルンスト伯だけが、令嬢から人気がなかった。護衛につければ別の聖騎士にして欲しい、なんてふざけたことを言う令嬢までいました」
きっちり兜を被ったランスが現れた時は、確かに驚いた。だからと言って、別の聖騎士に変えてくれとまでは、思わなかった。ご令嬢の皆さま……わがままなのね。
「その堅物であるエルンスト伯であれば、修道女を一人、村に送る任務、問題なくこなすと思ったはずです。しかも彼であれば『自分ひとりで問題ありません』と、従者の役目も御者の役割も兼任し、かつ他の聖騎士のいらないと言うと思ったのでしょう。そしてその通りになりました」
相槌を打つこともないが、ロキの話を聞いていないわけでもない。クリフォード団長はただ紅茶を飲み続けている。
「でもまさか、その修道女であるアリー嬢と恋に落ちるのは、予想外だったのでは、さしものクリフォード団長でも」
「それはそうだね。予想できた者がいるだろうか、ロキくん」
ついに口を開いたクリフォード団長は、面白いという顔をしている。怒っているのかと思ったが、そんなことはないと分かり、安堵する。
「いないと思います。あの堅物で知られたエルンスト伯が、恋で心を乱すなんて!」
ロキがまるで舞台俳優のように、自身の右手を宙に上げ、左手を胸に添えていた。
少しやり過ぎよ、ロキ、と思ったけれど、クリフォード団長はクスクス笑っている。
「エルンスト伯は、自分の手元から離れた場所に彼女を置いておくことができないぐらい、愛してしまったのでしょう、アリー嬢のことを。彼女を修道女のままで迎えたのは、自身を律するためです。もしアリー嬢が修道女を正式に辞め、この屋敷に来てしまえば。自身が暴走する危険を自覚したのでしょう。自分が聖騎士であっても、アリー嬢を思う気持ちを止められなくなると。修道女であるアリー嬢には、さすがに手を出せません。そう、思うのですが、いかがですか、クリフォード団長」
「いい推理だと思う、ロキくん。君は女性に関しても男性関しても、豊富な知識を持っているようだからね。よって今、君が披露した推理は実に信ぴょう性がある。……エルンスト伯がこの場にいたら、どう反応したか見ものだったが」
そこでクリフォード団長は、ソーサーをローテーブルに置いた。その上でゆっくり、私に切れ長の瞳を向ける。
「私はエルンスト伯とエヴァンズ嬢の幸せを願っています。若きカリスマを、聖騎士を失うことは、大きな損失。ですが、そうなっても仕方ないと思っています。ただ」
そこでクリフォード団長の目がこれまでにない程、真剣なものに変わる。自然とロキと私の背筋は伸びていた。
「シャドウマンサー<魔を招く者>は禁忌。迂闊に触れるのは危険です。血濡れた歴史がある存在。例え、聖騎士であっても、不用意に関わらない方がいい。Ignorance is bliss.」
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【新作です】
『裏設定アリの推しの婚約者!?悪役令嬢はヒロインの登場を切望する』
https://ncode.syosetu.com/n6623in/
あらすじ:
乙女ゲームの世界に、悪役令嬢として転生。
でもこの悪役令嬢は、前世の私の推しの婚約者なのだ!
ヒロイン登場まで、推しと素敵な思い出作りをしよう。
そう、心に決めていたのに。
ゲームでは明かされていない、推しの裏設定があったようで……!?
イラストリンクバナーをページ下部に設置。
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