88:何が目的?
「クリフォード団長、ランスは……エルンスト伯は本日、王立図書館に行かれました」
王立ローゼル聖騎士団の団長クリフォード・ヒュー・シアラーと会った瞬間。ロキからはいつものふざけた感じが消え、応接室のソファに座る頃には、すっかり聖騎士になっている。
背筋がピンと伸び、言葉遣いも丁寧、所作も落ち着いていた。
「ああ、分かっているよ。ロキくん。エルンスト伯の禁書の閲覧許可を出したのは、この私なのだからね。私がここに来たのは、アリー・エヴァンズ嬢に会うためだ。彼女は聖女候補だったはず。でも聖女として認められず、村の修道院へ戻されたはずだ。どうしてエルンスト伯爵家の別邸にいるのか……気になってしまってね」
クリフォード・ヒュー・シアラー。
王立ローゼル聖騎士団の団長であり、年齢は45歳。たった一つの称号であるマスターナイトを持ち、聖剣、聖槍、聖弓そして聖旗を授けられた、聖騎士の頂点に立つ人物だ。
聖女候補として神殿でも見かけたが、45歳とは思えない、若々しい風貌をしている。髪はプラチナブロンドで、肩までの長さ。切れ長の瞳で、その色は淡い紫色。高い鼻に薄い唇。すらっとした細身である点は、ランスに似ている。
着ている服は一見、軍服のように見えるが、おそらく団長専用の服なのだと思う。何より色が真っ白なのだ。軍服でさすがには白はないだろう。どうしたってすぐに汚れてしまうだろうから。
詰襟には、左右に月桂樹と剣を模した黄金のバッジ。飾りボタンには、王立ローゼル聖騎士団の紋章が刻まれていた。黄金の飾緒、沢山の略綬と、彼の活躍ぶりがよく分かる。
先代聖女が病に倒れた時。
彼女の悲願だった四天王で最悪と言われた、吸血蝙蝠型の魔物<ブロッド・バット>を討伐したことで、一気に副団長、団長へと上り詰めた人物だと、ランスから教えてもらっていた。
ブロッド・バットが最悪と言われた理由は、人間の魂を喰らう代わりに、吸血を行ったのだ。勿論、吸血された人間は死に至る。一晩で村が全滅する勢いで吸血するブロッド・バットは、まさに悪夢だ。しかも数が多い。これを最終的に、指揮官として率いた聖騎士の精鋭たちと共に倒したクリフォードは、この国の英雄と言われている。
ちなみに、ビースト・デビルベア、セント・ポイズンを立て続けに討伐しているランスは、若きカリスマと、ニュースペーパーでは騒ぎ立てられていた。
そのクリフォード団長が、この屋敷を訪ねた理由は、ランスではなく私。
私がランスのところにいることは……廃城討伐に来ていた聖騎士から漏れた可能性が高い。別に口止めをしていないし、婚約する予定ということで、私とはプラトニックな関係である。……魔物を討伐する時をのぞき。いや、魔物討伐の時にランスと私が何をしているかなんて、皆、知らない。よってその件はさておき。
ランスが聖騎士を辞めるつもりでいると知り、その理由が私だと知ったクリフォード団長は、どんな気持ちになっただろう? 聖女でもない、村の修道女に過ぎない私と結ばれるため、若きカリスマと呼ばれるランスが、聖騎士を辞めることを、クリフォード団長は……快く思っていないのでは?
もしや。
私とランスの仲を裂くために、ここ来たのでは……?
なぜ私がここに滞在しているのか。それを誰かに私から話すことになるなんて、想像していなかった。
どう、答えたらいいのかしら? ランスと口裏を合わせた方がいいと思う。ただ、彼は廃城に共に向かった仲間に、私のことを「いずれ婚約する相手」と紹介したのだ。だったらそれが正解なのでは?
「クリフォード団長、私は聖女ではないと分かり、ランス様に村まで送っていただくことになりました。ランス様はお一人で、従者兼御者兼護衛として、村の修道女に過ぎない私に尽くしてくださりました。そんな彼のことを私は……修道女の身でありながらも、好きになってしまったのです」
クリフォード団長は、フラワーリースが描かれたティーカップとソーサーを優雅な手つきで持ち、聖母のように微笑んだ。
「なるほど。エヴァンズ嬢はエルンスト伯と恋に落ち、彼もまたあなたを好きになってしまったと。これは困りましたね。彼は将来有望な聖騎士なのに」
この言葉にドキッと心臓が反応する。やはりランスと私のことを反対するために、ここへ来たのね……。隣に座るロキも、膝に乗せた両手をぎゅっと握っている。
「ただ……どうだろう。聖騎士は民のため、国のため、そして聖女にその心身を捧げるが、一人の人間であり、男だ。個人の幸せを捨てることが美徳……というのもヒドイ話だ。エルンスト伯が聖騎士であることよりも、一人の人間として愛する人と結ばれたいと言うのなら、それを止めることはできないだろうね」
これは……。
思わずロキの顔を見てしまう。ロキの顔も驚きを隠せない様子だ。
てっきり反対されると思ったのに。反対するつもりはない……?
「しかしまだ聖騎士の身分でありながら、エヴァンズ嬢を自身の屋敷に住まわせているのは驚きだ。まだ君は修道女の身。そして婚約もしていない。何より彼は聖騎士なのだから。風紀の観点からも見逃せないね。正当な理由がなければ」
クリフォード団長が、自身の淡い紫の瞳を私に向けた。






















































