87:じわじわ自覚し、悶絶
セント・ポイズンの討伐を終え、ようやく屋敷に戻ることができた。
でもしばらく、ランスは身動きがとれなくなる。
何せあのセント・ポイズンを倒したということで、それはニュースペーパーの記事にもなったし、騎士団に対しては勿論、国王陛下への報告も求められた。さらにアトラス大公国も使者を送ってきて、彼に話を聞きたがった。
勲章も授与され、アトラス大公国主催の舞踏会も催され、朝から晩まで、ランスは動き回っていた。舞踏会には一緒に行かないかと誘われたが、現役の聖騎士であるランスが自ら令嬢を伴えば、注目を集めてしまう。普段から女性を同伴する聖騎士ならまだしも、そんなことが一切なかったランスでは、分が悪い。
それに私は、まったくダンスができない!
できないと言えば。
私を見て、ランスは瞳をトロンとさせることも、できなくなしまった。
それは当然だ。国王陛下に謁見し、他国の大使と会うのだ。
デレデレしている場合ではない。
その一方で。
ランスが冷静になると、今度は私が少しおかしくなる。
セント・ポイズンに襲われた時。
私はいつもの私ではなかった。
大の苦手のムカデ型の魔物。
なんとしても倒したいと思い、ランスにとんでもない口づけをしてしまった――ということをじわじわ自覚し、悶絶することになる。
恥ずかしくて、顔を合わすことができない!と。
だが実際、ランスと顔を合わせる時間が、本当にもてなかった。
その結果、幸か不幸か例の口づけの件も「あれは魔物討伐のために、必要不可欠だったのだ!」と自分を納得させることに成功した。
こうしてセント・ポイズンの討伐から五日後。
すべてが落ち着き、ランスは休暇をもらえた。
休暇と言っても、連続した二日間の休暇に過ぎない。
それでも連日動き回っていたのだ。
ゆっくり休んでもらおう、フルーツたっぷりのケーキでも焼いて食べてもらおう……そう思っていたら……。
「アリー様、お待たせいたしました。今日、王立図書館に行き、禁書に目を通してきます。留守の間はロキを護衛につけますから、安心してください」
そう言って微笑むランスは、聖騎士として王立図書館に赴くため、休暇中だが、隊服姿だった。一方の私は、彼の商会が作った美しいローズ色のドレスを着ている。スカート部分の三段ティアードが実に美しいドレスだ。
ランスはせっかくの休みなのに。
体を休めることなく、王立図書館に向かう彼に対し、私は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「ランス様、せっかくのお休みなのに、私のせいで王立図書館に行くことになり、申し訳ないです……」
恐縮する私にランスは、こんな言葉をかけてくれた。
「アリー様と結ばれるためには、聖騎士を辞すことが必要です。でもアリー様のペンダントの謎を解くには、聖騎士でいる方が、都合がいい。……もしかするとアリー様の両親を探すのも、聖騎士という身分が役立つかもしれません」
それだけこの国では、聖騎士という身分と存在が持つ影響力が、大きいということだ。
「身分を利用するのは……いいことなのかと問われると悩みますが、悪用しているわけではないので、そこは不問として。でも聖騎士である限り、自分はアリー様と婚約すらできません。アリー様と結ばれるためには、ペンダントの謎を解き、ご両親について調べ、聖騎士を辞める必要があります。よって、今日、王立図書館に足を運ぶのは、アリー様のためであり、自分のためでもあるのです」
こんな風にランスに言われてしまうと、ますます彼を好きになってしまう。
「ではお屋敷に戻ったら、ランス様とお茶を楽しめるよう、フルーツケーキを焼いてお待ちしています」
するとランスの顔は勿論、体全体が明るく輝いた。
笑顔のランスは、ホワイトブロンドの髪をサラリと揺らせ、私の両手をぎゅっと握った。
「アリー様……それはとても嬉しいです。あの宿で食べたバタークリームのカップケーキも、とても美味しかったので。あのバタークリームはとても濃厚な味で、あれはまるでアリー様と交わしたキ……」
突然ランスが強く輝き、私は目閉じる。
そこへ「おーい、ランス、アリー嬢!」とノックなしで入って来たロキが叫ぶ。
「おい、ランス! キスはまだダメだ! お前、まだ聖騎士なんだからな!」
シャンパンゴールドのセットアップを着たロキが、ランスの手を私から引きはがす。
「ロキ! 自分はアリー様に、キスをしようとなんてしていないぞっ!」
「そんなに顔を赤くして、嘘をつくな! アリー嬢だって、目を閉じていただろうが!」
「そ、それは誤解だ……!」
「あ、あの、ロキ様、私はちょっと立ち眩みがして目を閉じただけですから、ランス様は何も悪くありません。それにそろそろランス様は、お屋敷を出る時間です」
この言葉でなんとかロキが落ち着き、ランスをエントランスまで見送ることができた。
「さて。私はこれからランス様のために、フルーツケーキを焼こうと思うわ。ロキはどうするの?」
「それは勿論、俺は大好きなアリー嬢のそばにいるよ。厨房でアリー嬢がフルーツケーキを作る様子を眺め、味見をさせてもらう」
ロキはなんだかんだで私に張り付いてくれるけど、ペンダントをつけている限り、魔物は寄ってこない。マイとは縁が切れているし、もう彼女が襲ってくることもない。こんなに護衛、頑張らなくても大丈夫なのに。
そんな風に思いながら厨房に向かい、調理人のみんなと一緒にフルーツケーキを作り始めたら、バトラーが慌てた様子でやってきた。
「アリー様、先ぶれが来まして、クリフォード・ヒュー・シアラー様が、こちらへ向かっています」
どこかで聞いたことがある名前だわ。でも……誰かしら?
「えっ、団長!?」
ロキが目を丸くした。






















































