86:完全に骨抜きに(ランス視点)
アリーは未来の婚約者であり、結婚相手であり、大切に守っていきたい存在だ。
だから魔物が現れず、屋敷に戻ることができなくても。
愛するアリーの元へ帰れなくても。
決して自分からアリーに請うつもりはなかった。
「そのペンダントを外し、魔物を引き寄せてほしい」
そんな一言を自分から言えば、二人の関係はおしまいになる。
自分がアリーを道具とみなすことにもなりかねない。
それに彼女を危険にさらすことになるのだから。
絶対に、そんなことをするつもりはない。
そんなことをするぐらいなら。
持ちうるすべての聖なる武器を放棄し、丸腰で魔物の囮に自分がなるつもりでいた。
何より、ここでいつまでもぐずぐずはしていられない。
ここに駐留することになった聖騎士達。
今回、アトラス大公国が関わっているため、選りすぐりの聖騎士が集められ、部隊が編成されていた。だが優秀な彼らを、この無駄足な日々に、長く付き合わせるわけにはいかない。
囮作戦でいくしかないと、まさに決意した時。
アリーが宿にやってきたのだ。
でもアリーとの再会は、最悪なものになってしまった。
アンリ・エド・ウォーカーは、シングルナイトであるが、愛嬌があり、ムードメーカー。今回のような成果の出ない長引く滞在に、彼の明るさを有難く感じていたが……。まさか自分のベッドに潜り込み、そしてその状態をアリーに見られてしまうとは!
しかもショックを受け、宿を飛び出したアリーは、酔っ払いに襲われそうになった。
まさに最悪な事態だ。
それでもなんとかアリーの誤解を解き、いつも通り夜になると、廃城へ向かった。
アリーがせっかくこんな王都のはずれまで来てくれている。
できれば今晩、魔物が現れ、討伐することができれば……。
明日、アリーと共に屋敷へ戻ることができる。
だが今日は満月。
魔物は光を嫌い、太陽は勿論、月光でさえ、嫌がる。
今晩、魔物を討伐することは……。
無理だろう。
もう、夜明けを待たず、今日は宿に戻っていいのかもしれない。
そう思っていたら!
アリーがロキを連れ、やってきたのだ。
聖騎士を率いる指揮官として、自分は失格だ。
アリーが来たと知った瞬間。
一番に感じたこと、それは――喜びだ。
アリーの顔を見ることができる。
ただそれだけで、幸せを感じてしまう。
だが、すぐに別の感情に支配される。
アリーはただ自分に会うためだけに、ここに来たわけではない――ということだ。
つまり、彼女は魔物を引き寄せるつもりでここに来たと、理解してしまう。
魔物を引き寄せること――これは諸刃の剣だ。
倒せる魔物を引き寄せる分には問題ないだろうが、そうではないと……。
アリーと自分の二人が犠牲になってしまう。
そんなことは、望むところではない。
その一方で彼女は、こう言ってくれた。
「そんな上から目線ではないですが、皆さまを解放したいと思いました。毎晩のように無駄足になりながら、廃城に通う日々は終わらせたいと。ここが片付けば、皆、他の任務に就くことができます。それに団長はもう、宮殿に戻っていると聞いています。禁書でこのペンダントのことを、ランス様に確認いただきたいのです」
アリーの気遣いに、胸が熱くなる。
まさに自分の悩みの解決の一助になろうとし、でも自分が負い目を感じないで済むように。自身の希望、禁書の件を持ち出したのだ。
ここでいろいろ並べ立てるより、彼女の善意を受け取り、とっと魔物を倒してしまおう。
そう決めたわけだが……。
まさかこの廃城に住み着いていた魔物が、巨大なムカデの姿をした魔物<セント・ポイズン>だとは思ってもいなかった。同じ四天王でも、ビースト・デビルベアより格段に上の強敵、それがセント・ポイズンだ。
セント・ポイズンに襲われた村や町は、人馬共に、村や町ごとこの世界から消えた。まさに地中から現れるセント・ポイズンに、すべてを飲み込まれてしまう。
地中を自在に動き回るセント・ポイズンは、各国に記録が残っており、その姿を見た者はいなくても、村や町の消失情報から、どこにいるのか予想はされていたが……。
まさかあんな廃城の真下にいたとは。
驚きだった。
驚きであり、ビースト・デビルベアを遥かに上回る強敵を倒しきれるのか――そう思ったのは一瞬のこと。
気づけばアリーから、キスをされていた。
女性からキスをするなんて!
しかもあのアリーが!
とにかく恥じらいがちで、少し触れるだけでも遠慮してしまう彼女からキスをされている。その事実だけでも、自分の気持ちは、大いに揺さぶられた。
そのうえで、アリーが自分にしているキスは……。
とても彼女がしていると思えない。
でも間違いない。
これはアリーだ!
そう思うともう、瞬時に達していた。
自分の高まりは、閾値をあっという間に突破した気がする。
体内にみなぎる生命力が荒れ狂い、放出しないことには収まらない。
セント・ポイズンが相手だろうと間違いなかった。
倒すことができた――と思えた。
それぐらい自分の興奮は高まっているが、アリーのキスは止まらない。
止まらないことは……嫌ではない。
むしろ嬉しく、自分は……。
完全にアリーに、骨抜きにされてしまった。
鍛え上げた屈強な体を、持っているはずなのに。
アリーのキスだけで、完全に力が抜け、立っていることができなくなってしまった。
まさか自分が腰砕け状態になるなんて……!
衝撃だった。
衝撃を受け、そして――。
アリーが欲しくてたまらなくなっていた。






















































