85:無我夢中!◎
しなやかに鍛えられた体躯を持つランスは。
甲冑を身に着けることで、より屈強な姿となり、サーコートとマントをまとうことで、上品さと偉大さも増していた。このランスが背を壁につけ、ずるずると腰から落ち、脱力する姿など、誰が想像できるだろうか。
だがランスは今、陶器のような肌を赤く火照らせ、額に汗を浮かべ、荒い呼吸を繰り返していた。目は興奮で潤み、唇に残る余韻を拭う彼は、今この瞬間、世界で一番妖艶に見えるかもしれない。
甲冑とマントをしっかり身に着けているのに!
そんなランスを見下ろす私もまた、息は乱れ、全身が熱く、立っていることができるのが奇跡だった。腰が抜けたと思ったが、火事場の馬鹿力、はたまた生存本能の成せる技だったのか。全身から力が抜けることはなく、むしろ自分から動くことができた。
巨大なムカデの姿をした魔物<セント・ポイズン>を見た時。
ビースト・デビルベアの時のように、時間があるとは到底思えなかった。瞬時にランスの生命力を最大限に高め、瞬殺しなければこちらがやられる!と感じていた。
よって。
ランスが動く前に、私が彼の唇を奪った。
彼が何か考える前に、一気に彼の興奮が高まるような、もうそれは濃厚な口づけを行ったのだ。そうして彼の性的な興奮を瞬時に高めなければ、命はない――と思えたからだ。
自分がそんな口づけをできるとは思わなかったが、ランスに二度、濃密な口づけをされていた。それを体が……唇が覚えていたのだと思う。それを真似るような口づけをランスにした結果。
彼は驚き、そして三秒後には、とんでもない生命の輝きを放ってくれた。
当然目を開けていることはできない。
でもこれで十分か、不安だった。
なにせセント・ポイズンは、ビースト・デビルベアの比ではないサイズ。
そしてセント・ポイズンに対して覚えた嫌悪感はもう、言葉にできないものだった。
孤児院は本当に昔、木造の古い建物で、そこに五年間暮らしていたのだが……。
何度となく、ムカデに襲われた。
東方のムカデは毒があり、この国のムカデは毒がないと聞いていたのに。
咬まれた瞬間に激痛を感じ、腫れたこともあれば、真っ赤になることもあった。痺れることもあったし、かゆみが収まらないことも経験した。
その建物は今、既に取り壊され、石造りへと変わった。隙間ができないよう、定期的にメンテナンスをしている。だから孤児院の建物内で、私のような被害者はもう出なかったが……。
トラウマ級で苦手なムカデ姿の魔物に遭遇したのだ。
通常のサイズでも鳥肌が立ち、泣き出しそうなぐらい怖いのに。
教会の尖塔のような大きさだった。
これを倒すには、完全に排除するには、ランスから最大限の生命力を引き出さないといけない。
よってわずか三秒で最大限に達したランスの生命力を維持すべく、口づけをやめなかった。
瞼を閉じていても、感じ続ける彼の生命力の輝き。
今、この廃城の一帯は、昼間のような明るさに包まれていると思う。
この輝きを私しか見えないことを、とても残念に感じながら、口づけを続けた。
遂にランスが姿勢を保持できなくなり、その長身を壁にもたせることになっても、やめずに口づけを行った。
「アリー……」と掠れた声と共に、ランスがついに壁に沿い、ずるずると腰から落ちたところで、口づけは終了となる。まだまだランスの輝きは、収まるように思えない。
念のために後ろを振り返るが、あの恐ろしい気配は感じられなかった。代わりにそこに見えるのは、ランスの生命力に照らされる廃城の城壁だ。
セント・ポイズンは間違いなく、殲滅できた。
「あっ」
ほっとした瞬間に気づいた。
胸の谷間への違和感。
ペンダントをつけなおしたと思っていたが、留め具がきちんと留まっていなかったようだ。ペンダントははずれていたが、谷間にあのガラス玉が挟まれ、落下は免れていた。
これを失くすと大変!
私はランスに背を向け、慌ててチェーンを引っ張り出し、ペンダントを付けなおした。
◇
「セント・ポイズンを、魔物の四天王であり、この世の災厄の源、諸悪の根源と言われ、目撃者ゼロ、見たら死あるのみと言われた魔物を! ランス、お前は一人で倒した。驚いたよ。本当にお前の生命力は、一体どうなっているんだ!? まったくもって、底なしだな」
廃城から出てきたランスと私を迎えたロキは、興奮を抑えきれないようだった。
「俺は残念ながら、ランスの生命力を見えない。でも感じた。なんというか、魂をゆすぶられるような波動を。そしてわずかに見えた。あのセント・ポイズンが、陽炎のように揺らめく、何か光のようなものに包まれたと思ったら、消える瞬間を!」
馬に乗る準備を進めながら、ロキは語り続ける。
「もし聖騎士達を残し、セント・ポイズンと対峙していたら、大変なことになっただろう。何せ奴は地中から突然、姿を見せた。もし聖騎士達の真下からセント・ポイズンが現れていたら……。皆を宿に戻し、自分達が囮となり、セント・ポイズンを引き寄せ倒す。それはリスキーだったが、リターンは莫大だった。もう、あの廃城に魔物は、向こう百年は現れないだろう」
ロキはランスの肩を抱き、その甲冑をまとう胸をポンポンと叩いているが……。
ランスはいまだ、心あらずだ。
しかも生命力の輝きは収まらない。
座り込み、私を見上げた時のランスのあの瞳。
思い出すと全身が瞬時に熱くなり、許されない一線を超えたくなってしまう。
お互い雲の上を歩いているようなふわふわした気持ちのまま、でもすべきことをしないといけないので「アリー様、このロープをつけてください」「はい」と会話をして、吊り橋を渡り、ロキのところへ戻ったわけだけど。
ロキは、ランスの状態が異常であると、気づいているのだろうか? 気づいて……いない。セント・ポイズンを倒した方へ、ロキの気持ちは全部持っていかれている。
一方のランスは、なんとか気持ちを引き締めよう、律しようとしているが……。ふと私と目が合うと、相好が崩れる。とんでもなく甘い顔になり、ターコイズブルーの瞳もトロンとしてしまう。
でもロキに話しかけられ、ハッとしてなんとか表情を落ち着かせようとしているランスは……。たまらなかった!






















































