80:騒動の原因!?
ソプラノの、少し高音な男子の声に振り返ると。
そこには長いアイスブルーの髪を、後ろで一本で結わいた聖騎士の隊服を着た少年がいる。
一目見て理解した。彼がランスの言っていた聖騎士でありシングルナイトのアンリ・エド・ウォーカー。ウォーカー男爵家の四男で、寝酒を飲んでランスのベッドに潜り込んだその人だと。
私が返事をする前に、アンリは体を折り曲げる勢いで頭を下げ、謝罪の言葉を口にした。
「アリー様、大変申し訳ありませんでした。任務の最中、気を緩めることなどあってはならないのに。寝酒を飲んで酔っ払った挙句、グランドナイトであり、今回の討伐の指揮官であるランス様のベッドに潜り込むという醜態をさらしてしまいました。本当に、本当に、本当に、申し訳ありませんでした!」
最後は盛大な大声だったので、食堂にいた聖騎士が「なんだ、なんだ」とアンリを見ている。
「え、えっと、アンリ様。私もよく確認もせず、勘違いをしてしまい、大騒動を起こしてしまいました。よくよく考えると、聖騎士であるアンリ様を女性だと思うなんて、それはそれで失礼なことです。加えて気高いランス様が、グランドナイトである彼が、任務中に宿に女性を連れ込むなんてあり得ないのに、そこも勘違いするなんて……私はアンリ様以上に、おっちょこちょいなのだと思います」
私がそう話し出すと、アンリは顔をあげ、不思議そうにこちらを見ている。
「つまり、アンリ様だけが悪いわけではありません。勘違いした私にも問題があったと思います。部屋を、宿を飛び出すなんてせず、冷静に話し合いの場を設ければ、笑い話で済んだのに……。こちらこそ本当に、申し訳ありません」
ペコリと頭を下げると、アンリが慌てて懇願した。
「わわわわわ! 頭を上げてください、アリー様。ランス指揮官の特別な方に、頭を下げさせるなんて! 罰が当たります。僕はまだ生きていたいですから!」
その言葉に顔をあげ、改めてアンリを見る。
年齢は聞いていないが、本当に若く見えた。お肌もつやつやで女子みたいだ。髪色と同じアイスブルーの瞳は、くりっと大きく、可愛らしい。まさに美少年。
「アリー様、本当に、ごめんなさい。僕はアリー様とランス指揮官の幸せを願っていますから」
「ありがとうございます。私は最初から怒っていませんし、もう大丈夫ですよ」
この言葉を聞いて、ようやくアンリの顔が安堵の表情に変わる。
「アンリくん、今回は寛大な心でランスもアリー嬢も許してくれたけど、もう次はないと思うよ?」
ロキに言われ、アンリは「以後、注意します!」と頭を下げる。するとロキは「うん。気を付けてね」と言い、ランスを見た。
「アンリ、自分の部屋に戻り、仮眠を。今晩も長丁場だから、ちゃんと体を休めろよ」
ランスに対し、「かしこまりました!」とアンリはビシッと敬礼すると、食堂を出て行った。
その姿を見送ったランスは、ターコイズブルーの瞳を私に向け微笑んだ。
美貌の彼の笑顔に、瞬時に心がとかされる。
「これでもう誤解は、完全に解けましたね」
「はい。でもあんな少年も聖騎士なのだと驚きました」
「彼はああ見えて25歳ですよ」
「えええええ!」
なんなら自分より年下だと思ったのに。まさか7歳も上とは驚きだ。
そう考えると……21歳のランスがグランドナイトであり、今回の作戦の指揮官を務めているというのは、すごいことなのでは……と思ってしまう。
「アリー嬢、驚きだろう? ランスは実力ありすぎて怖いぐらいなんだよ。だって団長は45歳、副団長は35歳、もう一人のグランドナイトも33歳。それなのに鉄仮面だけ21歳なんだから」
ロキがグラスの水を飲みながら告げた言葉に、驚愕する。
異例の大出世だと思うし、それだけ能力が認められていることに。
「あの……あまりにもランス様がすごすぎて、不安になってしまいます」
言うつもりはなかった本音が、つい出てしまう。
ランスは驚いた顔で私を見て、ロキは興味深そうに私に尋ねる。
「アリー嬢、不安になるって、どうして? こんなすごい男の婚約者になることが、不安なのか?」
「……ランス様が聖騎士を辞め、私と婚約しても何も得るものはありません。でもこのまま聖騎士を続ければ、ゆくゆくは団長となり、多くの魔物を討伐し、沢山の栄誉と称賛を受け、多くの人々を救うことになると思うのですが」
「アリー様、そんなこと、言わないでください! 聖騎士を辞しても、魔物は倒すつもりです。それに自分は出世を望んでいるわけでも、栄誉と称賛を多く必要としているわけではありません。魔物を倒す力を持っていますが、自分は一人の人間として、幸せになりたいのです」
今にも泣きそうな顔のランスは、キラキラと全身を輝かせながら、私の両手を握り締める。
「アリー様、お願いします。自分はアリー様と婚約することで、心の平安を手に入れることができるのです。得るものがないなんて言わないでください。自分のすべてを捧げても、アリー様と共にいたいのですから」
「ランス様……」
美しいランスの素敵な言葉に、感動で涙が出そうになる。
思わず見つめ合ってしまったが……。
「はい、はい。そこまで。ランス、お前も仮眠をとれ。それで少しクールダウンだ。今はまだ任務中で、指揮官なんだからな、それを忘れるな」
ロキがテーブルから身を乗り出し、ランスの手から私の手をはずす。
気づくとまだ食堂にいた聖騎士達が、羨ましそうにこちらを見ていた。あれは「いいな、恋人欲しい……」「俺もあんな風に全身全霊で愛を打ち明けたい」という羨望の眼差しだ。
「……確かに少し熱くなり過ぎた。ロキ、アリー様の護衛、頼んだぞ。……アリー様。ではまた明日の朝、お会いしましょう」
「は、はいっ。その、突然、変なこと言い出して、ごめんなさい!」
「いえ、アリー様がどんなことに不安を覚えるのか分かったので。今後はそんな気持ちにならないよう、全力であなたに尽くします」
甘く微笑むランスに、私は椅子から立てなくなり、座ったまま彼が部屋に戻るのを見送った。






















































