7:エスコート
私はまさに一級の芸術品を見る思いでランスを見ていたのだが、ランスはランスで私を見て、頬をぽっと赤くしている。その一瞬、また光を感じ、ドキッとしてしまう。
「アリー様、失礼しました。レディを凝視するなど、騎士にあるまじき行為。申し訳ありません」
「い、いえ、気になさらないでください。こんな素敵なドレス、初めて着ましたし、ギャップがありすぎますよね」
「ギャップ……! ええ、そうです。シンプルなワンピースが決して似合っていないわけではないのですが……。今、着ているドレスは、本当によくお似合いです。でもそれはまるで最初からこのドレス姿が、デフォルトだったと思えます」
そこでランスが「ほうっ」とため息をつき、またも光を感じる。
こう、度々ランスが発光して見えるって……。
でも輝く度に、ランスは美しく見える。
彼専用の光を浴びているようで、これはこれでいいと思うけれど。
「ともかく。食事の用意が整ったそうですので、参りましょうか、アリー様」
「あ、はい」
部屋を出ようとすると、ランスが手を差し出してくれる。
そこで彼がエスコートするために、部屋を訪ねてくれたのだと理解した。
その手に自分の手を乗せようとした時。
「アリー様!」
明るい声が聞こえ、扉がぐっと開けられる。
そこに姿を現したのはシリルだ。
盗賊に捕らえられていた時とは一転、コバルトブルーの上衣には、金糸による刺繍が袖や襟、ポケットに華やかに飾られている。フリルたっぷりのシャツ、上衣と同色のズボン、木目模様が織り出された絹モアレのベストと、見るからに男爵家のご子息という装いに変わっている。
乱れていた髪も、綺麗にとかされている。真ん中分けされ、顎までの長さの金髪は、サラサラだ。
確認したところ、年齢は先月16歳になったばかりで、私とは2歳しか違わない。
「アリー様、そのドレス、とてもよく似合っていますね! 僕の想像通りです。昼食会の部屋までエスコートします」
シリルはニコニコと笑顔で、手を差し出した。
私は……修道女であり、こんな時、どうしていいのか分からない。
ただ、爵位の順位ぐらいは分かる。伯爵家であるランスの方が上位。そして最初にエスコートしようとしたのもランスだ。
そうなると……。
「アリー様、せっかくの申し出ですから、どうぞシリル様のエスコートを受けてください」
ランスがすっと自身の手を引っ込め、私に微笑んだ。
その姿を見ると……。
大人だなぁと思う。
爵位を考えたら、遠慮する必要はないだろうに。それによくよく考えると、ランスは聖騎士なのだ。この国で聖騎士と言えば、一目を置かれる存在。でも相手は年下だ。そして助けた立場とはいえ、昼食に招いてくれている。そこを加味したのだろう。
「分かりました、ランス様。シリル様、お願いします」
差し出されているシリルの手に、自身の手を乗せる。
シリルの手は、私とそこまで変わらない大きさだ。
そこに同年代の安心感を覚える。
「行きましょう」
シリルは私をエスコートできるのが、とても嬉しそうだ。
並んで歩き出すと、数歩後ろをランスがついて来てくれる。
こうして昼食会が行われるダイニングルームへ向かった。
◇
聖女として王都に招かれ、短い期間であるが、巨大な神殿に滞在した。
食事は大広間で行われ、そこには沢山の神職者や聖騎士が勢揃いしている。王都から遥か遠い村の修道女だった私が、テーブルマナーなんて分かるはずもない。食事の前に、聖女の身の回りについて世話を焼いてくれる女性に、急遽マナーを習うことになった。
あの時は、今後も必要になるからと必死に覚えた。
せっかく覚えたものの。
覚えたことが役立つ機会はない……とも思ったけれど。
ちゃんと覚えておいて良かったと思う。
テーブルマナーについては、おかげ様でなんとかなりそうだが。
貴族のお屋敷に足を運ぶのは、数える程しかない。
孤児院や修道院に多額の寄付をしてくれる貴族の家に、定期的に御礼を伝えに行くことがあった。貴族は食べず、召使い達が食べると思うのだが、修道院で作った焼き菓子やワインを携え、屋敷を訪問した。
個別の部屋に案内されることはない。
それでも広々としたエントランスホールに通され、そこで挨拶させてもらえた。エントランスホールだけでも、まさに別世界だ。
頭上の巨大なシャンデリア。
ふかふかな絨毯。
立派な置時計。
ずらりと並ぶ使用人。
少しは貴族の屋敷に慣れているつもりだったけれど……。
シリルの……男爵家のダイニングルームは実に広々として、圧倒される。壁に飾られたシカの剥製や巨大なタペストリー。いくつものシャンデリア。長いテーブルには、しわ一つない真っ白なテーブルクロスが敷かれ、生花や果物が並び、銀食器が並んでいる。
緊張しながら、着席することになった。
だが、登場したシリルの両親、パーク男爵とパーク男爵夫人は、貴族っぽくない。
私が知る孤児院や修道院で知った貴族の皆さまは、どこかツンとした感じがあった。でもパーク男爵夫妻は、とても気さくだった。修道院長と話しているような感じで、変に緊張せずに済んだ。
その男爵夫妻に、シリルを救出することになった経緯、私たちがどこへ向かっているのかを説明してくれたのは、ランスだった。
こういった食事の席に慣れているらしいランスは、とてもスマートに食事をしながら会話している。その姿は隊服を着ていないと、聖騎士であることを忘れてしまう。
一方の食事はというと。
出された料理はキノコの前菜、豆のスープ、豆のサラダ、川魚のソテー、焼き立てのパンと修道院でも食べたことがあるもの。親しみのある料理に安心できた。ただ、食後にチョコレートとコーヒーが出たのには感動してしまう。
チョコレートは高級品。稀に修道院に貴族が届けてくれるものを、いただくぐらいだったからだ。
こうして昼食会は、無事に終わった。