74:明日には
明日には帰ります。
ランスはそう言っていたはずなのに。
その明日になったら、手紙が早馬で届いた。
昨晩、廃城にいた小物の魔物の討伐は終わった。
「楽勝だった。これならもっと早くに討伐して、土地を売ればよかったのに」と、多くの聖騎士が言っていたのだが……。
それは一瞬だった。
すさまじい魔力を感じた。
姿は見ることはなかったが、でも確かに近くに、かなり強力な魔物がいることが分かった。ゆえに寝ずにその魔物を探すことになったが……。
結局見つからないまま、朝を迎えた。
今回の魔物討伐は、完璧を求められている。
魔物の完全排除。
だが部隊の多くの聖騎士が、魔物の気配を感じた。
ということは、まだ魔物はいるはず。
その結果。滞在の延長が決まった。
これにはもう正直、がっかり。
ランスが帰ってくると思い、ジンジャークッキーを焼いたのだ。
焼き立てを食べたがるロキにもお預けしたのに。
でも仕方ない。
任務なのだ。
我慢することになったのだが……。
滞在はずるずると延長することになる。
そう、魔物が、現れないから!
帰る予定から一週間も経つと、心配になってしまう。
ランスから手紙は届いている。
王都のはずれではあるが、近くに村もあり、そこに宿屋もあった。
部隊はその宿に滞在し、必要な物は村で調達できている。
だからランスからの手紙も届いていた。
よって滞在が延びることに、問題はなかった。
問題はない……ことはないだろう。
王都に残る聖騎士は、彼らがいないことで、一人当たりがこなす任務が増えていそうだ。
それに私のように、帰りを待つ者もいると思う。
それが恋人とかではなかったとしても。
何よりも魔物は、本当に再び現れるのかしら?
もしこのまま待ち続けて、時だけが無駄に流れては……。
売れる土地も売れなくなるし、アトラス大公国からの信頼も失いかねない。
魔物は廃城の近くにまだいるの?
既にどこか遠くへ逃げ、廃城に戻ってくるつもりはないのではないか?
それが分からない。
これではいつまで経っても、みんなは戻ることができない状態だ。
かつて国同士で戦があった時。
戦いに出た男たちは数か月、数年、数十年帰ってこないこともあったという。
たかが一週間、ランスが戻って来ないぐらいで、不安になる必要はないと思っていたが……。
「アリー嬢はすごい。お菓子も作れるが、料理も完璧だ。自身は食べないのにお試しで作ったというミントの葉入りのミートボール、あれはさっぱりして絶品だった。骨を取り除いて食べやすく仕上げたフィッシュパイは、まさに開眼だ。俺にとってパイと言えば、肉だったからな」
ランスが戻らないため、作った料理の数々は、すべてロキの胃袋に収まっていた。
「それに添え物に過ぎなかった赤キャベツのマリネ! 見た目の鮮やかさとあの噛み応え! 実に美味しかった。どれもランスのために用意したのだろう? だが奴が帰ってこないおかげで、すべて俺が楽しませてもらった。もはや俺は……完全にアリー嬢に胃袋を掴まれた気がするぞ。もうアリー嬢は俺の嫁も同然。どうだろう。ランスのことは忘れ、俺と」
「嫌です」
そんな会話を朝からロキと繰り広げていると。
ロキは腕組みして、私をしみじみと見た。
私に服装の乱れを指摘されたロキは、身だしなみを変えるようになった。
白シャツのボタンは全部とめ、今は明るいレモン色のタイをつけている。鮮やかなキャロットオレンジのズボンと、同色の上衣のボタンもしっかり留まっていた。中に着ているバニラ色と白の縦縞のベストのボタンも、すべて留められている。
「アリー嬢、マッシュルームとエビのパイ。あれは今日のお昼にも食べられるよう、多めに焼いていたよな?」
「ええ、そうです。一人分サイズの小さめのパイなので、三十個ほどあります」
「それとバタークリームの濃厚なカップケーキもある。赤キャベツのマリネも作り置きがあるよな?」
ロキが、私が最近作った日持ちできる料理やお菓子を思い出しながら、口を開いた。
「その通りですが……まさかお昼に全部食べるつもりですか?」
警戒心むき出しの私を見て、ロキは「まさか」と笑う。
服装の乱れがなくなったロキは、そこにおとなしく座っていれば、赤髪の美男子だった。だが話し出すと、やはりワイルドさが前面に出る。だがそれはそれで、魅力的。今も快活に笑うその様子に、メイド達は頬を赤くしている。
「アリー嬢。パイとマリネとカップケーキを持って、鉄仮面に会いに行こう」
「えっ!」
「今から出発すれば、お昼に間に合う。差し入れをしよう。それに顔を見たいだろう、ランスの」
これは想定外の提案だった。
自分からランスに会いに行くなんて、一度も考えたことがない。
「い、いいのですか? 突然会いに行っても……?」
「問題ないさ。戦場に足を運ぶわけではない。しかも昼間。美味しい料理とお菓子を持っていくんだ。部隊の聖騎士はみんな、アリー嬢に一目惚れだろうな。ランスも落ち着かないだろう」
最後の言葉を口にしたロキは、完全にいたずらを思いついて、実行したくたまらないという表情の子供みたいに見える。
ランスが私のために聖騎士を辞めてはいけない――そう思っていても。
好きな気持ちをないことにはできなかった。
気持ちは日々高まり、そして彼に会いたいと思っている。
よってこのロキの提案を断る理由はなかった。
つまり。
サプライズでランスに会いに行くことにした。






















































