73:軽薄です!
「アリー嬢、どこにいるかと思ったら! 何をされているのですか?」
厨房で、調理人の皆さまとジンジャークッキーを作っていると、ロキがやって来た。
肌寒い季節なのに、昨日同様、白シャツのボタン三つが外され、カフェオレ色のベストのボタンも三つしか留められていない。オレンジ色の上衣のボタンは、一つも留められていないところは、昨日と同じだ。
それにしてもチョコレート色のズボンにシナモン色のロングブーツと、ロキはなんだかお菓子みたいな色合いの服を着ている。
そんなことを思いながら「見ての通り、皆さんと一緒に、ジンジャークッキーを焼いているのです」と答えると、一瞬「えっ」という顔になったが、ロキは鼻をくんくんさせながら、厨房に入って来た。
「美味しそうな匂いだ」と言った後、オーブンを覗き込む。
「そうか。アリー嬢は、見た目はご令嬢と変わらない。でも修道院にいたということは、料理もお菓子作りもお手の物なのか」
「そうですね。いざとなればメイドもできると思います」
そう返事をすると、ロキは大爆笑した。
「アリー嬢がメイド!? そんなこと、あのランスが許すはずがない! 聖騎士をランスが止めることを心配しているのか? でも安心していい。この別邸に借金はないし、奴はいくつかの商会のオーナーもやっている」
それは初耳だった。クッキー作りに使った調理器具を、調理人たちと片付けながら耳を傾ける。
「昨日、コットンフラワーを見ただろう? 衣料品の原材料を輸入したり、加工して衣装の販売も行ったりしている。部屋にあるアリー嬢のドレス、あれはランスがオーナーの商会のものだと思うぞ」
ロキは作業テーブルに寄りかかり、おしゃべりを続ける。
「それと地方にいくつか領地も所有している。あと鉱山も所有していて、そのうちの一つからは、金が産出しているからな。ランスは別に聖騎士をやらなくても、各種オーナーとして十分やっていける。その上で今はグランドナイトだろう。相当な給金をもらっているはずだぞ」
それは知らなかった。
正直、婚約と結婚を考えている相手なのに、ランスのそう言った情報を一切聞いていなかったことに気づく。
「その顔は……全く知らなかったようだな。……純粋に、アリー嬢は鉄仮面ランスのことが好きなのか」
ロキはなんとも羨ましいという顔をしている。
「ランスがアリー嬢にゾッコンな理由が、また一つ分かってしまったな。貴族のご令嬢、令嬢ではない女性も、みんな奴の容姿と肩書に食らいつく。まあ、容姿はアリー嬢も目を引いただろうが、奴の財産など全く気にしなかったのだろう?」
ロキの栗色の瞳が私をじっと見る。確かに財産なことなど、一切気にしていなかったので頷くと……。
「純粋に、あの鉄仮面のばか正直で、真面目なところを好きになったのだろう? これはもう、手放したくないと思う気持ち、よく分かるな」
そう言うと突然、ロキが私の腰を抱き寄せた。
「……アリー嬢。あんな堅物より、俺はどうだ? 俺なら今すぐにでも聖騎士を辞めて、アリー嬢のものだけになるぞ」
「嫌です」
「な……! 俺と鉄仮面、容姿も財産もたいして変わらないのに!」
ぐいとロキの胸を押し返し、腰に回された腕を振りほどく。
「ロキ様のような軽薄な方は、無理です」
「!! お、俺のどこが軽薄!?」
「まず、その服装です。そんなに胸板をアピールしてどうされたいのですか? この寒い季節に。それにそうやって安易に好意をアピールされても困ります。昨日も強引に抱き寄せ、キスをしようして……」
ランスは頻繁に輝くので、私に対する好き好きアピールは、ロキの比ではない。でもランスの場合、それを言ったら可哀そうだ。何より本人は、軽々しく私に手を出すこともないのだから。
「何より、ランス様が私を好きだと知っているのに、アピールする。もう軽薄の極みです!」
ロキは「そんな……」とうなだれ、調理人のみんなはクスクス笑っている。
「ところでロキ様、団長はまだ、王都へ戻って来ないのですか?」
「へ……団長? あ、ああ、団長。そろそろ戻ってくるんじゃないか。……禁書の閲覧か?」
「はい。閲覧の許可が出ても、見ることができるのはランス様だけなんですよね?」
腕組みをしてしばし考え込んだロキは「そうだな」と頷く。
「ただ、実際にアリー嬢はペンダントをつけているから。それを団長に見せたら、もしかすると一緒に閲覧することが、許されるかもしれない」
これには「本当に!」という表情になってしまうが、ロキは首を傾げる。
「だがそうなると、そのペンダントをアリー嬢がつけていることは……団長経由で国王陛下に報告されるかもしれない。今はまだ、俺やランス、あとは王都から離れた村や町の一部の人間しか知らないわけだろう。それが国王陛下も知るところとなると……少し大げさなことになりそうだ」
ペンダントは、複合条件で魔物を呼び寄せる可能性があった。もし多くがペンダントの存在を知り、それをつける私が魔物を呼びせると誤解された日には……大変なことになる。大げさな事態は避けたい。
「大げさになることを避けたいなら、禁書の閲覧はランスに任せるべきだな。一緒に見たところで得る情報には、大差はないのだし。まあ、王立図書館の特別な区画に入れるが、それ以上でもそれ以下ではない」
それはロキが言う通りだった。
「ところでアリー嬢。もうさっきからいい香りがたまらないのだが、このジンジャークッキーは、まだ完成しないのか?」
「まだまだです。完成したら、ティータイムにしましょう。それまでは、昨日のサンルームで待ちましょう」
つけていたエプロンを外しながら、調理人を見ると「焼き具合はお任せください」と頷いてくれる。
「! 俺、ジンジャークッキー食べさせてもらえるのか! フッ。ランスの奴、俺が先に食べたと知ったら、絶対に悔しがるぞ。アリー嬢、ランスにこれまで手料理を食べさせたことは?」
「ありません。そう言われると、ランス様より先に、ロキ様にジンジャークッキーを食べさせるわけにはいきませんね」
「えー、そんな~」とロキは嘆いたが。結局ジンジャークッキーは、ロキが先に食べることになった。






















































