53:もしも誰かにこのことを
マイが盗んだ、オリアの生徒会長を示すブローチを取り戻す。
これは私とナオミで、対応することにした。
キャリーは、里親の話が出ている。万一があった時、キャリーの里親の話に、影響が出てはいけない。そのための配慮だった。
夕食を終え、入浴を終えると、マイと私の部屋にナオミがやってきた。22時の就寝時間まであと一時間半。マイはまだ入浴から戻ってきていない。
お揃いの白の寝間着に、ナオミは赤のカーディガン、私はラズベリーレッドのカーディガンを着ている。二人して私のベッドに座り、マイが戻るのを待った。
ナオミはマイの飾り棚を見て、ため息をつく。
それを見て、マイの赤と黒の執着について実感したようだ。
そこについにマイが戻って来た。
ナオミがいるが、興味なさそうに自分の席へと向かいかけたが。
「あの」
突然、声をかけてきた。
何かと思い「どうしたの?」と私が応じる。
「22時まで一時間半あります。二人でおしゃべりするなら、談話室へ行っていただけませんか? 私はこの部屋で、やりたいことがあるので」
「……やりたいこと?」
するとマイは、引き出しから白のチョークを取り出した。
「……魔物の召喚を試しているんです。巻き込まれたくないですよね?」
マイが自身のフラットシューズで、床に残る幾何学模様の痕をなぞるようにした。
「あなた、魔物を召喚って、なんてことを……ここは修道院よ!? わ、私達は修道女なのに!」
ナオミが衝撃を受けながら、ベッドから立ち上がる。
「修道院長に」「もしも誰かにこのことを言ったら」
ナオミの声に被せるように、マイが大声を出した。
「魔物を差し向けますよ、ナオミさん。……いえ、ランドリー男爵令嬢。あなたには、定期的に手紙を送ってくれる、腹違いの弟さんがいるんでしたっけ? まだ十歳になったばかり。まだまだこれからですよね、彼は? こんなところで終わっては、勿体ないですよね?」
マイの言葉にナオミは、ベッドにストンと腰を下ろす。
私は引きつった顔でマイを見る。
いろいろ衝撃を受け、頭の中が真っ白になりそうになっていた。
どうしてマイは、ナオミがランドリー男爵家の令嬢であることを……。
それに弟さんのことも。
いや、でも。
この修道院では、届いた手紙や荷物の整理も、修道女と修道士で手分けして行っている。マイはここに来たばかりだが、そういった作業を通じ、情報を得たのだろう。
それにしても。
魔物を召喚する……そんなことができるのだろうか?
しかもマイは、召喚した魔物を、ナオミの弟に差し向けると言っている。
魔物の召喚をしていることを誰かに話したら、ナオミではなく弟に手を出すなんて。
卑怯だと思う。
どうしてこんなモンスターがこの修道院に来てしまったの……?
「話、聞いていましたか? 談話室へ行ってもらえませんか?」
マイの言葉にナオミが私を見る。
ブローチの件は気になった。
でも今、ナオミの弟を持ち出したマイに、ブローチについて聞くのは危険だ。
「ナオミ、談話室へ行きましょう」
私の言葉にナオミは頷き、二人で同時に立ち上がる。そのまま部屋を出て、無言で談話室へ向かう。談話室は、22時の消灯時間まであいている。
談話室は、一階のロビーのすぐ隣にあった。
二階の部屋から、そこまで遠くはないのに。
とても……遠く感じる。
ようやく談話室につき、中に入ると、それなりの人数がいて、そのことに……なんだか安心できた。
マイの尋常とはいえない言動に衝撃を受けていたが、知った人たちが和やかに会話する姿を見て、日常を取り戻し、脳が安心したのだと思う。
「ナオミ、とりあえず一番奥に座る?」
「え、ええ、そうしましょう」
自由に飲んでいい水をグラスにいれ、それを手に椅子に腰をおろす。
四角いテーブルに四脚の椅子。
対面ではなく、対角になるよう座っていた。
私がグラスの水を飲むと、ナオミも水を飲み、二人で息をはく。
同時に同じ動作をしてしまい、なんとなく二人で笑ってしまう。
呪縛から放たれた瞬間だ。
「驚いたわ、マイには」
ナオミが務めて明るい声を出している。
「そうね。魔物の召喚、なんて言い出すから、ビックリしたわ」
私も肩をすくめ、雰囲気が暗くならないようにする。
「できるのかしらね? 魔物よ? 人を見たら魂を喰らおうとする。それを召喚って。しかもそれを自在に操れるみたいなことを言って。あり得ないわよね?」
ナオミはいつもペースを取り戻しつつあった。
「そんなことができるのかは……明日、図書室で調べてみましょう、お昼休憩の時にでも」
私がそう言うと、ナオミは「そうね。そうしましょう」と何度も頷く。
修道院には小さいながら、図書室が設置されていた。貴族が寄贈した本により、いつの間にか出来上がった図書室だ。私は孤児院時代からそこで絵本や本をかり、物語を楽しんでいた。
「非現実的な魔物の召喚よりも、わずか数日でいろいろ情報収集していたことに驚いたわ。作業の割り当てをする時、気を付けた方がいいと思う。修道院長の部屋の掃除とか、彼女にさせない方がいいわ」
「私もそう思う。……それで、ごめんね、アリー。私が怖気づいてしまったから、ブローチの件を問いただすことができなかったわよね」
ナオミが俯いてしまうので、私は彼女の手を握り、それを励ます。
「仕方ないわ。……そのブローチの件。ナオミはいいわよ、私が一人で聞くから。また弟さんに何かすると脅されると困る。私には両親も兄弟姉妹もいないから、脅しようがない。だから私から聞いてみる」
「アリー……」
マイは危険だ。キャリーを同席させないで、本当によかったと思う。
元々、同室者である私が、一人でブローチについては聞くつもりだった。
だからナオミがいなくても大丈夫。
私はそのことを伝え、ナオミを落ち着かせることにした。






















































