51:日常
修道院に戻った翌日。
修道女としての日常が始まる。
日常が始まったおかげで、ランスについて考え、会えないことでため息をつく――なんて時間は持たずに済んだ。
だって。
とにかく忙しいから! 考えている時間を持てない。
それはどんな日常であるかというと……。
紺色のワンピースの修道服を着て、ウィンプルをつけ、朝、起きたらまずは自室を掃除し、修道院や庭の清掃。朝食当番だったら、そのまま調理場へ向かう。清掃であれ、朝食の用意であれ、終われば朝のお祈り。お祈りが終われば朝食をとり、孤児院へ向かい、今度は手分けして、子供達の朝食を用意したり、子供達を起こし着替えをさせたり、部屋の掃除をさせ、朝食を食べさせる。
午前中、孤児院の子供達は読み書きを習い、私達修道女は畑仕事をしたり、洗濯をしたり、売り物にするお菓子やワインを修道士と作る。昼食の時間が近づくと、今度は昼食の用意を子供達の分、自分達の分と行う。
午後は曜日によってすることが変わるが、この日はホリデーシーズンに合わせ、多額の寄付をしてくれた貴族の屋敷へ、御礼訪問をすることになっていた。そのためのリンゴのパイを作り、ワインを木箱に入れると、皆で荷馬車に乗り込み、町へ向かう。
貴族の屋敷訪問は、マナーがちゃんとできている子が優先されるため、孤児院でも年長で、おとなしい子。修道院からは元は貴族の令嬢が多く、ナオミは勿論、マイも同乗していた。
「ではみんな、お行儀よく頼むよ」
主に孤児院を代表してやってきた子供達にそう言うと、修道院長は貴族の屋敷のエントランスホールへ向かう。孤児院の子供達は、アップルパイや焼き菓子をいれた籠を持ち、修道士は、ワインが入った木箱を運ぶ。ナオミや私は、ホリデーシーズンのために作ったリースを手に、彼らの後に続いた。
「まあ、いい香りがすると思ったら、アップルパイね! いつもありがとうございます」
キャロット色のドレスを着たサンタベリー子爵夫人が、笑顔でエントランスホールに出迎えてくれる。今日は夫人の三人の子供も、勢揃いしていた。長男のジルベール、次男のバスター、長女のオリア。
既にホリデーシーズンに合わせ、寄宿舎学校から屋敷に戻って来た三人は、胸元にエンブレムのついた紺色のブレザーを着ている。そしてジルベールとバスターは赤と青のチェック柄のズボン、オリアはロングスカートと、お揃いの制服姿で出迎えてくれた。
彼らを見た時は、ランスではなく、一瞬、シリルのことを思い出している。次男がシリルと同い年だからだろう。……そう、シリルには舞踏会の件、お断りする手紙を書かないといけない。そんなことを思い出していると。
長男のジルベールは、私と同じ18歳。孤児院時代から顔を合わせている。よって私とも顔なじみで、気さくに声をかけてくれた。
「アリー、久しぶりだね。聞いたよ、聖女の件。まさかと思ったけれど……違っていたのは残念だったね」
ジルベールは、ミルキーブロンドにオーバル型の眼鏡をかけた、まさに優等生タイプ。学校でもとても優秀な成績を修めていると、修道院長が言っていた。
未来のサンタベリー子爵に相応しい人物であり、18歳になったばかり。同時に婚約者探しが、本格的に始まった。このホリデーシーズンの舞踏会で、婚約者を選ぶのではと、町では今、令嬢達がジルベールに熱い視線を送っている。
「まさかまたジルベール様に、会えるとは思いませんでした」
「僕としてはまた、アリーに会えて嬉しいけどね」
「ジルベール様、今年もよかったら、アリーと一緒に、ホリデーマーケットに行きませんか!」
ナオミが笑顔でジルベールに声をかけた。
実はナオミは、ジルベールの大ファン。
そして優しいジルベールは、ナオミがサンタベリー子爵夫人の屋敷を訪問するようになった五年前から、ホリデーシーズンにあわせ、町に登場するホリデーマーケットに誘ってくれるのだ。
多額の寄付を毎年してくれるサンタベリー子爵のご子息からのお誘い。
修道院長も毎年、快く送り出してくれる。
「そうだね。今年もその季節だ。……今週末の日曜日はどう?」
日曜日は修道院ですべての労働が免除されている。だからこれは勿論、日曜日のお誘いに「ノー」の返事はなく、ナオミは笑顔で「はい! 日曜日、お願いします」と微笑んでいる。
「あなた、大丈夫ですか!?」
オリアが珍しく大きな声を出し、皆、会話を止め、何事かと彼女の方を見る。するとマイが絨毯の上に倒れこんでいた。
「どうしたんだ、マイ」
修道院長が慌てて駆け寄ると「何でもありません」と、オリアに支えられながら、マイは立ち上がった。どうやら貧血が昔からあるらしく、ふらっときたが、問題ないという。
「貧血にはチョコレートがいいと、聞いたことがあるわ。民間療法で気休めかもしれない。でもネイサン、みんなにチョコレートをあげて」
サンタベリー子爵夫人が、バトラーに命じ、みんなチョコレートをもらった。チョコレートは高級品で、滅多に食べることができない。思いがけず、そのチョコレートを食べることができ、皆、大喜びだ。チョコレートを食べ終えると、修道院に戻ることになった。
「ナオミ、アリー、待ち合わせについて、手紙を送るよ」
荷馬車に座るナオミと私に、ジルベールが声をかけてくれる。
「はい! ジルベール様、楽しみにしています!」
ナオミが笑顔で返事をし、荷馬車が動き出す。
「あー、ジルベール様とのホリデーマーケット、楽しみだわぁ」
「……ジルベール様は、今年のホリデーシーズンの舞踏会で、婚約者を決めるって噂よ。ナオミ、名乗りをあげなくていいの?」
私が尋ねると、ナオミは大げさな態度で否定する。
「アリー、馬鹿を言わないで! 私は修道女なのよ。相手は貴族さまなのだから」
「でもナオミだって男爵家の令嬢なのでしょう? 財産を主張しないことを条件に、認めてもらえたのでしょう?」
隠し子としてこれまで扱われていたが、ナオミの父親は妻を説得し、彼女を自身の子供であると認知した。だが、その代わりで、ナオミの父親である男爵が死亡した時に、財産は主張しないことが条件だった。
財産はもらえないが、男爵家の令嬢であると認められたことで、ナオミはいざとなれば修道院を出て、貴族の男性と結婚もできる身分になったのだ。
それなのに「私は修道女なのよ。相手は貴族さまなのだから!」とナオミはあきらめ気味だけど……。
私は、ナオミとジルベールがうまくいけばいいのにと思っている。
そんな恋愛について考えていると、ランスのことを思い出す。
今頃彼は、王都に到着しただろうか……?
余計な休憩や寄り道をせず、朝から一心不乱に王都を目指せば、もう到着している頃だった。






















































