42:落ち着かないと!
スノードームが見せてくれたメッセージに、心臓がバクバクいいだし、一気に全身が熱くなる。
たった一言。
スノードームという小さなガラス容器の底に。
「愛しています」
そう書かれていたのを見ただけなのに。
とんでもないほど興奮している。
落ち着かないと!
陶器のピッチャーの水を、ガラスのグラスに入れ、ごくごくと飲んでいると。扉につけられた鍵からカチャカチャと音がした。
その瞬間。
グラスをサイドテーブルに置くと、ものすごい勢いでベッドに横になり、毛布をかけて目をつむった。心臓は依然として、爆発寸前ぐらいの状態でドキドキしていた。
寝たふりをするつもりだった。
だって。
いきなりの「愛しています」のメッセージ。しかも置かれていたメモには「このスノードームを試してみてください。自分の気持ちです」と書かれていたのだ。
「愛しています」がランスの気持ち。
つまりランスは私のことを好きということ。
魔物を倒すため、自身の生命力を高めるために。
ランスは性的な興奮を高める必要があった。
そこに都合よく(?)私がいたから、利用された――と思っていた。
でも。
よくよく考えれば分かることだった。
ランスはそんな軽薄な人間ではない。
常に真摯で、真面目で、優しく。まさに誠心誠意で私に尽くしてくれた。
利用するなんて気持ち、最初からなかったはずだ。
「!」
毛布が少しめくられ、ワンピースの襟元のボタンが一つ、二つと外されていく。
え……。
衝撃で身動きすることができない。
昨晩、濃密な口づけをしてしまった。
もしやその熱がまだ残っていて、口づけの先をランスは……まさか求めて。
頭を持ち上げられ、何かが首に……。
そこで気が付く。
ペンダントをつけてくれたのだと。
変な勘違いをしてしまった自分が、猛烈に恥ずかしい。
恥ずかしいし、ランスがそんなことをしようとした……と思ってしまい、申し訳ない気持ちになる。
ペンダントをつけたランスは一旦、私から離れ、そして……。
シャーッ、シャーッと音がして、さらに部屋の中に、パンのいい香りが漂う。
カーテンが開けられ、朝食の用意をしてくれているのでは?
間違いなく、ランスが朝食としてパンを買い、戻ってきてくれたと分かる。
わざわざ先に起きて、朝食を買いに行ってくれたのだ。
「おはよう、ランス。朝食を買いに行ってくれて、ありがとう」
そんな言葉と共に、ランスを迎えてあげればいいのに。
いきなり「愛しています」というランスの気持ちを知り、どうしていいか分からなくなっていた。どんな顔をしてランスに会えばいいのか、何を話せばいいのか、それが……分からなかった。
カーテンを開けたランスは、パンを取り出し……そして今、何をしているのだろう。
カサカサと紙袋から何かを取り出す音。カチャカチャと食器が触れあう音。ざくっ、ざくっという音もしている。
「!!!」
男性にしては高音。でも裏声ではない。
地声の、力強くフレッシュな声で、ランスが歌を口ずさんでいる。
馬車でも彼は歌声を披露してくれたが、耳に心地いい声だ。
今、自分が置かれている状況に、胸がジーンとしてしまう。
「愛しています」という気持ちを伝えてくれたランスに対し、私の答えは……。
そう、私の気持ち。
恋をしたことはなかった。
ロマンス小説を読み、登場人物に憧れを感じたことはある。
でも、今、よく分かった。
これが「恋」だ。
一緒にいたいと願った気持ち。離れたくないと感じた想い。
シリルに対し、こんな感情は持たなかった。
でもランスに対しては……。
いつからなのかな。
この短い時間を共に過ごす中で、私は……ランスのことが好きになっていた。
つまり私だって……。
私だって「愛しています」なのだ。
愛する人が朝食を用意し、心地よい声で歌ってくれている。
なんて幸せなのだろう。
ランスと暮らしたら毎日この幸せが……。
いいえ、待って。
私は村の身寄りのない、修道院に属する修道女。
でもランスは聖騎士なのだ。
聖騎士が心身を捧げるのは聖女のみ。
勿論それはプラトニックな愛だ。
もし私を「愛している」となると、ランスは聖騎士を辞めることになる……。
ランスが聖騎士を辞める!?
千体の魔物に匹敵する、魔物の四天王の“最強”と謳われたビースト・デビルベアを倒せたランスが、聖騎士を辞める?
聖騎士を辞めることを、許してはいけない。
救える命を救えない、大きな損失につながる。
それに……。
仮に。
仮にランスが聖騎士を辞めることになり、それで私と結ばれることはできるの?
彼の気持ちは私にあるとしても、伯爵家の次男であるランスが平民の私と……。
できない――というイメージしかない。
何より私が魔物を引き寄せることは、事実であり……。
「!!!!」
おでこに……口づけをされた……!
目を開けそうになり、ぎゅっと閉じる。
心臓が時限爆弾のようになっていた。
「アリー様、おはようございます。朝食の用意ができましたよ。焼き立てのパンと、ジャムも数種類、蜂蜜もあります。新鮮な野菜を使ったサラダ、コーヒーも入れました。朝からあいていた屋台で、じゃがいもときのことチーズがたっぷりのグラタンも手に入れましたよ」
魅惑的な情報に、目を開けそうになる。
でも、ますます分からなくなっていた。
数分前は、自分が置かれている状況に胸がジーンとしていたのに。
聖騎士であり、伯爵家の次男であるランスと、結ばれることの難易度の高さ。
さらに私は魔物を引き寄せる、とんでもない女なのだ。
自分が置かれている状況に、ジーンとしている場合ではなかった。
そうなると振り出しに戻る。
どんな顔でランスを見ればいいのか。
なんて言葉を……。
「!!!!!」
今度はいきなり唇にキスをされ、いよいよ目を開けそうになるが、なんとかそれを堪えた。
私が寝ているのをいいことに、おでこに続き、唇にまで口づけをするなんて!
魔物がいるわけでもないのに、唇に口づけは……。
いや、違う。
これが普通なのだ。
魔物がいるから口づけをするのが正解ではない。
愛していると思う相手に口づけをする。それが正解なのだから。
お読みいただき、ありがとうございます!
11月23日は下記作品の記念日です。
そこで急遽前後編の新話を2作、追加しました。
お時間ありましたら、ご覧いただけると幸いです☆彡
第4回HJ小説大賞前期の一次選考通過作品
Episode3に蕗野冬先生の挿絵&コメント登場!
『悪役令嬢完璧回避プランのはずが
色々設定が違ってきています』
https://ncode.syosetu.com/n6044ia/
8歳の時、自分が大好きだった乙女ゲームの悪役令嬢に転生していたことに気づいたニーナ。
このまま王都にいて、ゲームの舞台となる魔法学園に入学すれば、間違いなく立派なレールの上を一直線、悪役令嬢になってしまう。
断罪される18歳の卒業式が終わるまで、王都から離れよう!
そう決意した8歳のニーナは病気を偽装し、王都から遥か北の地を治めるウィンスレット辺境伯家に、療養名目でお世話になることに。
順調に17歳を北の地で迎えたニーナだが、何かがおかしい。
悪役令嬢ニーナは、ゲームの設定では魔力が強いはずなのに。
容姿だって輝くような巻き毛のブロンドだったはずで、眼鏡だってかけていないはずなのに。
どうしてこうなった?
さらに王都からとんでもない人物がやってきて……。
日間 恋愛異世界転生/転移ランキングBEST300
★感謝★ 7 位獲得(2023/4/3)
週間 恋愛異世界転生/転移ランキングBEST300
★感謝★ 12位獲得(2023/4/5)
Episode1の挿絵&Episode2の表紙絵はシンO2先生!
ページ下部にイラストバナーでリンクを設置しました。
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お楽しみいただけると幸いです!






















































