38:ドキドキと危険は隣りあわせ
帰る場所なんてない。
そう思うのなら、自分を頼ればいいと、ランスは言ってくれている。
彼の屋敷へ来ればいいと。彼は一人暮らしをしているから、問題ないと言ってくれた。
それは心から「嬉しい」と思える提案だった。
だって。
私はランスと少しでも長く一緒にいたいと虹に願ったぐらいなのだから。
その一方で、なぜ彼がそこまでしてくれるのか。
それはどうしても気になってしまう。
それにもし、私が魔物を引き寄せる女だと分かれば……。
私は魔物の仲間と思われ、そんな私と一緒にいるランスは、聖騎士失格になるのでは?
そ、そうよ。
そもそも聖騎士なのに。そして伯爵家の次男なのに。
平民と二人で暮らすなんて、女性と二人で暮らすなんて、あり得ないことだわ。
その上で魔物を引き寄せる平民の女なんてバレたら、ランスは勿論、その家族、一族に迷惑をかけてしまう……!
「!!」
ランスの手が首筋に触れ、ドキドキしていた心臓が、ドクンと大きな音を立てる。
「いろいろと余計なことを、考えなくていいですよ、アリー様。自分に任せてください」
親指でくいと顎を持ち上げられ、ランスのターコイズブルーの瞳と目が合う。光をまとうランスは美しい……。私の救済を誓い、その上でこんなに輝いていると……本当に神に思えてしまう。心臓の鼓動は収まらないが、まるで神のようなランスに対し、尊敬の念がこみ上げてきている。
「ランス様、ありがとうございます。私は」
そこで感じた。魔物の気配を。
いよいよそこで確信する。
私が魔物を引き寄せてしまうのではないかと。
「アリー様、魔物がいるのですね?」
私の表情の変化に気づいた美貌のランスの顔が、瞬時にキリッとしたものに変わる。
「まだ見えないのですが、いると思い」
見上げているランスの背後に見えた。
木の枝から滑り落ちるように、こちらへ向かってきている。
3メートルぐらいはあると思う。まさに大蛇……!
「大蛇の魔物<スネイク・スリザー>が、木の枝からこっちへ……きゃあ」
挙げそうになった悲鳴は、ランスの手で口を押えられ、発せられることはなかった。背後を振り返ったランスは、自身の手を伸ばす。するとその手を飲み込まんとする勢いで、スネイク・スリザーが口を開く。
その大きく開かれた口が、ランスの腕を飲み込んだ瞬間に、光がカッと輝く。
眩しさに一度目を閉じ、再び開くと、スネイク・スリザーの姿はない。ランスの光も落ち着いた状態だ。
「アリー様、悲鳴は厳禁です。ここに自分たちがいることがバレてしまいますし、騒音だと怒られてしまいます」
にっこり微笑むランスを見ていると、魔物を討伐した直後とは思えなくなってしまう。
「スネイク・スリザーは、一体だけでしたか?」
その言葉にハッとして、周囲をうかがう。
スネイク・スリザーが現れた時に感じた感覚は、今はない。でも、まだいる……。
「スネイク・スリザーは一体でしたが、いると思います。少し離れた場所に」
「なるほど。分かりました。こうも魔物が連続で現れるのは、やはり普通の状態ではないですね。アリー様が魔物を引き寄せる可能性は、高いと思います。でもそれは常時ではない。魔物が引き寄せられるきっかけが、何かあったのではないかと思うのです」
「それは……そうですね。マーケットの屋台で食事をしている時に、魔物は現れませんでした」
夜になると、魔物の魔力は強まる。
よって魔物が現れやすくなる。
それに私が魔物を引き寄せやすいと言うのなら、マーケットにいた時に、現れてもおかしくなかった。魔物は別に人間ではないのだから、TPO(Time Place Occasion)なんて気にしない。食事中なので現れませんでした、人が沢山いたので出現しませんでした、ということはないと思うのだ。
魔物のキラリと光る目を感じた。
「ランス様、魔物がこちらへ向かってきています!」
ランスは聖剣を鞘に戻し、聖槍を背負ったところだった。
「それはどんな姿の魔物ですか?」
「あれは……タスクド・ボアです! 速い、もうそこに」
ランスは天才だと思った。
わずかに届く宿からの明かりで私の顔を見て、目の動きから、自身では見えないタスクド・ボアの位置を推測した。そこで槍を大きく振り上げると……。
見事にタスクド・ボアを刺突し、その姿が霧散する。
「命中です! 消えました。すごいです、ランス様!」
見えない魔物に聖槍を命中させたランスが本当にすごいと感じ、思わず抱きついてしまう。その瞬間、ランスは光り輝き、彼も命中させることができて、喜んでいると分かった。
「あ、ありがとうございます、アリー様。とても嬉しいのですが、聖槍をとるので、放していただいても?」
「! 失礼しました」
私が離れると、ランスは地面に刺さる聖槍を抜き、ビュンと槍をふるい、土をはらう。
その動作は痺れるほどのかっこよさ。
「アリー様が魔物を引き寄せると分かってしまったので、部屋に戻りにくくなりましたね」
そう言うと聖槍を手にランスは私の近くに来ると「!!」と言う表情になり、腕をこちらへと伸ばす。
「!?」
背中が宿の建物にあたり、でもランスが一歩、二歩と前進するので、私は動けなくなる。急に迫ってくるランスに、何をするつもりなのか、心臓が激しく反応したが……。
「これは雨具ですね。雨合羽ですが、ないよりましでしょう」
ランスが手を伸ばした先には、壁に釘が打たれ、そこに雨合羽がかけられていた。暗闇に目をこらすと、周辺には箒や塵取りも置かれている。さらに掃除道具が濡れないよう、ひさしもついていた。
雨合羽をとるために、急接近しただけだったのね。
そうとは思わず、とてもドキドキしてしまった。
「どうぞ、アリー様」
ランスから雨合羽を受け取り、それを羽織ると。
彼の言う通りで、ないよりは全然まし!
ワックスコットンで作られた雨合羽は防水性が高いが、防寒性に優れているわけではない。それでも雨風をしのぐ性質の布で作られているし、フードもついている。
「ランス様、ありがとうございます。一つしかなく、私が着てしまったのですが、ランス様は大丈夫ですか?」
するとクスリとランスは微笑み、ぽわんと全身が光り輝く。
「自分はアリー様で温まりますから」
聖騎士なのにそんなことを甘く囁き、ランスが私を抱き寄せた。驚いてしまうが、暖をとるためと言われては……。
それに。
ランスに触れられること、抱きしめられることは……嫌ではない。
嫌ではないどころが、胸は高鳴り、触れている場所を起点に熱くなり……。体の芯が痺れるような不思議な感覚に襲われる。
「夕食の前後で、アリー様に起きた変化、もしくは意識的に何か変化を起こしたか。それを思い出しましょう。変化を戻すことで、魔物を引き寄せることを抑えられると思います」
ランスがそう言ったまさにその時。
またも魔物の気配を感じた。






















































