37:お見通し
ランスが森へとつながる裏口の扉を開けると。
真っ暗で何も見えない。
目も暗さに慣れていないので、宿の明かりが届く範囲以外に何があるのか、全く分からなかった。
「階段がありますね。降りましょう」
ランスに言われるまで、左側に地面に続く階段があることにさえ、気が付けなかった。
ガシャン。
裏口の扉は鉄製だった。ランスが手を離した後、鈍い重い音を響かせ、そして今、閉じられた。
その瞬間。
見えていた階段が見えなくなり、動けなくなる。
「さすがにランタンもないと厳しいですね。でも森の奥まで行くつもりはないですから」
ランスは、夜の森が怖くないのだろうか。
そもそもほとんど明かりが届かないこの場所に、恐怖を感じないのだろうか。
聖騎士なのだ。
魔物討伐は夜間になることも多いだろう。そして魔物がいるような場所は、森の中や寂しい場所が多い。つまりこんな場所にも慣れている……。
「さて。目は慣れましたか」
「そ、そうですね」
「では、降りましょう」
ゆっくり、慎重に階段を降り、地面に無事辿り着けた時。
心から安堵していた。
安堵を実感し、自分が生を望んでいることを噛みしめる。
魔物に魂を喰われてもいいと思っていながら、階段から落ちたら大変と思うなんて。
完全に思い付きで行動し、魔物と対峙する心の準備など、全くできていないことに気づく。
「少し、お待ちください」
ランスが私から手を離した。
途端に不安に苛まれる。
私から手を離したランスは、腰に帯びていた聖剣を抜いた。
ウォウォゥォーン。
狼の遠吠えのような声が聞こえ、体がビクッと震える。
耳を澄ますと、フクロウの鳴き声、葉がこすれあう音、何かの獣の鳴き声も聞こえていた。
「よし。これでいいでしょう」
「!!」
ランスは聖剣と聖槍を、地面に突き刺していた。
宿から辛うじて届く明かりに照らされた場所に、まるで墓標のように、聖剣と聖槍が突き立てられていた。
「さあ、森に入りますよ」
「ラ、ランス様、丸腰で森へ入るのですか!?」
「ええ。そうすることをアリー様は、望みましたよね?」
「え!?」
私がランスに提案したのは、聖剣と聖槍を手に、私のそばから離れてほしい……だったはずだ。聖なる力が込められた武器を置いて、丸腰で森に入るなど頼んでいない。
というか、ランスは「アリー様の提案は受け入れることはできませんが、代わりにこうしようと思います」と言っていた。でも、何をするつもりなの……?
聖剣と聖槍がある場所から離れ、森の中に踏み込んだ。
足元で枯れ葉が、カサカサと音を立てている。
同時に。
寒さを感じた。
シリルからもらったロングケープを、持ってくれば良かった。
そう思ったまさにその時、私の右手を掴むと、ふわりとランスが私を抱きしめた。
その瞬間、ランスは強く光ったが、それはすぐに落ち着く。
突然抱きしめられ、心臓がドキドキし、さらに訳が分からなくなっている。
冷たい森の中まで連れてきて、なぜ急に抱きしめるの……?
「こうしていると温かいですよね。一人では、こうはできないです。アリー様は、武器を持って離れるようにと言われましたが……。自分はあなたのそばを、離れるつもりはないですよ」
そう言うとランスは、さらにぎゅっと私を抱きしめる。
するとその体がまた、強く輝く。
私は鼓動が早くなり、そしてランスの胸の中に包まれることで、確かにさっき感じた寒さを忘れそうになっていた。
「アリー様は、自身が魔物を引き寄せるなら、もう村にも、修道院にも、戻るのは止めた方がいいと言われましたが……それは『大勢に迷惑をかけることになる。だから村にも修道院にも戻れない』ということですよね?」
ランスはそう言うと、自身の顔を私の髪に埋めた。
先程より、彼の輝きが増したように思える。
「戻る場所がないと考えたアリー様は、何を考えたのか。優しいアリー様のこと。自身が魔物を引き寄せてしまうなら、すぐに消えた方がいい、魔物に魂を喰われた方が、誰にも迷惑をかけない――そう考えたのではないですか?」
まさにその通りだったので、体がギクリという感じで反応し、動けなくなる。
「魔物が引き寄せられるか試し、もし魔物がやってきたら……自分に知らせることなく、不慮の事故として、ご自身の魂を、魔物に喰わせるつもりだったのでは?」
何か言わないと、肯定することになると思うが、咄嗟に言葉が浮かばない。
「そんなことはさせませんから。聖騎士として、アリー様を護衛する騎士として。必ずあなたを守ります。アリー様を失う? そんなこと絶対にあり得ません」
「……ランス様、私は……」
「アリー様はずっと、お一人でした。孤児院で仲間もいたでしょうが、どこかで『自分がしっかりしなきゃ。ちゃんと自分で生きていかなければ』と思っていたのではないですか? ご自身が魔物を引き寄せてしまうのではと気づいても、自分に相談することもない。自身の犠牲で済むならと、悲しい判断をされてしまう……」
ランスは……全部、お見通しだった。
「少しは頼ってください、自分を。頼りないかもしれませんが、信じてください。自分はアリー様を絶対に裏切りませんし、必ず守ると誓っているのですから」
言葉の一つ一つが胸に染み、泣きそうになってしまう。
「帰る場所がないなんて思わないでください。アリー様の帰る場所に、自分がなりますから。村へ戻り、修道院へ行けば、迷惑がかかる――というのなら、自分の屋敷に来てください。それでは自分の家族に迷惑をかけてしまうのでは?と心配するなら……大丈夫です。自分は本邸ではなく、別邸で、一人で暮らしていますから」




















