36:帰る場所
聖騎士であるランスに。
自身の生命力で魔物を消滅できるランスに。
得難い力を持つ彼に、愛のためにその職を辞す気持ちがあるのかと尋ねてしまった。
絶対に「辞すつもりです」なんて言葉を、ランスが言うわけがないと分かっている。
それは分かっているのに、つい聞いてしまった。
なぜ聞いてしまったのかしら?
彼はとても真面目で、聖騎士として正しく在ろうとしている。私が願うような言葉を、口にするはずはない。
「アリー様、その問いは……とても考えさせられますね」
「ごめんなさい。どうしてこんな意地悪な質問をしてしまったのでしょう。ランス様に謝罪すると共に、神に謝罪させてください」
「アリー様……」
ワンピースのポケットに手を入れ、ロザリオを取り出そうとして、まだあのペンダントをつけていないことに気づいた。でも今はまず、謝罪だ。
ロザリオを手に、自分の言葉を悔やんでいることを神に告げる。
祈りを終えてから、ランスに提案した。
「ランス様、聖剣と聖槍を手に、私から離れていただけますか。魔物がもし現れたら、すぐに知らせます」
「それはアリー様が魔物を引き寄せてしまうか、確認したいということですか?」
「はい。もし私が魔物を引き寄せてしまうのなら、村に……修道院へ私が戻るのは……止めた方がいいと思うのです」
ふふ。
なんでランスに聖騎士を辞める気持ちがあるのかと尋ねたのは、きっとこのせいね。
もしや私が魔物を引き寄せてしまうのなら。
私はきっと消えた方がいい。
つまり……魔物に早々に魂を喰われた方がいいのだ。
そうすれば誰かに迷惑をかけないで済む。
今のところ、迷惑をこうむっているのは、ランスだけで済んでいる。
しかもランスがいてくれれば、私はかなりの確率で助かると思う。
でも彼は私の選任の護衛騎士ではない。
聖騎士である彼が仕えるのは、聖女なのだ。
試してみて、魔物が私に引き寄せられるというのなら、この世界から私は退場。
退場……する前に、ランスが職責と愛、どちらを選ぶのか。
聞いてみたくなったのかもしれない。
もしかすると私を孤児院の門の前に捨てた両親は、私が魔物を引き寄せてしまうことを知っていたのかもしれない。だから恐ろしくなって孤児院に捨てた――。
危険だからと、自分たちの子供を手に掛けるなんて……できないわよね。だから手に掛けることはせず、孤児院の門の前に捨てたのかな。
でもまさか、そんなことになるなんて。
孤児院にいる間も、修道院にいる間も。
魔物とは無縁だったのに。
どうして急に、魔物を引き寄せてしまうのかしら?
あ、しまった。
自分で提案して、考え込んで、ランスの返事を聞いていなかったわ。
チラリとランスを見ると。
とても真剣な顔で考え込んでいる。
「アリー様」
ランスが、ターコイズブルーの美しい瞳をこちらへと向ける。
サラリと揺れるホワイトブロンドの髪はやはり美しい。
「提案を受け入れることはできません。アリー様がやろうとしていることは、自身を囮にするようなもの。先程のヴェノム・スパイダーの襲撃。あれはギリギリ間に合ったと感じています。もしも自分が間に合わなければ……アリー様にもしもがあった時、自分がどんな気持ちになるか、想像できますか?」
ランスの言葉に息を呑む。
だって私は今……もし提案が受け入れられ、魔物が襲ってきたら……。
黙っているつもりでいた。
そのまま魔物に魂を喰われ、消えてもいい……と考えていたのだ。
だってもし魔物を私が引き寄せてしまうのなら、修道院へは戻れない。
もう、帰る場所はないのだから。
「アリー様の提案は受け入れることはできませんが、代わりにこうしようと思います」
そう言うとランスはソファから立ち上がると、私の手をとった。
いきなり手を取るので、ドキッとしてしまう。
「行きましょう。この宿にいては、大勢に迷惑をかける可能性があります」
「……!」
それはつまりランスも、私が魔物を引き寄せると思っているということ?
「アリー様、立ち上がっていただけますか?」
見上げたランスの顔に表情はなく、何を考えているのか……分からない。
なんだか急にランスが冷たくなったように感じ、不安になる。
「……先ほどのヴェノム・スパイダーのように、沢山の魔物がこのロビーに現れたら、犠牲者が出るかもしれませんよ」
ランスがそう言ったまさにその瞬間。宿に護衛騎士を連れた貴族が戻って来た。幸せなオーラ全開の貴族のご子息とご令嬢。何かをご子息が話し、ご令嬢がクスクスと笑っている。
「そうですよね。ここにいるのは……幸せな皆さまに迷惑をかけてしまいますね」
ランスに言われるままに立ち上がる。私をエスコートしたランスは、フロントの横に続く廊下へと向かっていく。
「この廊下を抜けると、裏口から宿の外へ出ることができます。つまり、あの扉の向こうは森です」
「……夜の森に向かうのですか……!?」
「自分が魔物を引き寄せるかどうか、確認されたかったのですよね? 今さら夜の森が怖い……とは仰らないですよね?」
それは……その通りだった。
魔物を引き寄せ、さらに魂を喰われることまで考えていたのに。
今さら夜の森が怖いなんて。
「さあ、着きました」
ランスが裏口の、森へつながる扉を開けた。






















































