33:次から次へと
バスルームを確認したランスが聖剣を鞘に戻し、洗面台に置いてあったと私に見せたのは……。
透明で、まるで夜空を閉じ込めたような丸いガラス玉がついているペンダントだ!
「ランス様、ありがとうございます! これまでは一度つけたら滅多なことでははずさなかったのですが、パーク男爵がチェーンを純銀製に変えてくださって……。入浴時は外すように言われていたのです」
「そうだったのですね」と微笑んだ、ランスからまさにペンダントを受け取った瞬間。
「ランス様、後ろにタスクド・ボアです」
もう悲鳴のような声をあげてしまった。
あまりにも急に現れ、ランスの生命力の発動が間に合うのかと、不安になったのだ。
だが。
バスルームの扉からこちらへ向かってきたタスクド・ボアは、振り返ったランスとまさに鉢合わせし、そして――。
ランスに触れた瞬間、光が起き、目を開けた時には、その姿は消えていた。
「魔物が自分に触れても、自動的に発動するのです」――そう、ランスは教えてくれていた。そしてそれは本当にそうだった。
私は思わず大丈夫かと不安になり、悲鳴にも近い声をあげてしまったが、その必要はなかったのだ。
不要に叫んでしまったこと。それをランスに詫びようとしたまさにその時。
ドン、ドン、ドンと激しく部屋の扉が叩かれた。
ビクッと体が震え、受け取ったペンダントを落としそうになり、慌ててワンピースのポケットにしまう。
ランスは背負っていた聖槍を壁に立てかけ、扉を開ける。
そこにはフリルたっぷりのシャツに、金糸の刺繍がこれみよがしについたセットアップを着た貴族の男性がいた。
「おい、お前! 女とよろしくやるなら、声は押さえろ。いきなり色っぽい声が聞こえ、驚くだろうが」
怒りつつも、ニタニタして部屋の中をうかがう男と、目があった。上から下までなめるように見られ、思わず顔を伏せると。
「自分は彼女の護衛であり、そのような関係ではありません。今、悲鳴をあげたのは、たまたま蜘蛛がいたからです。蜘蛛は既に窓から追い出しましたが」
見るとランスは丁度、貴族の男から私をさえぎる位置に立ってくれていた。彼の気遣いに、感動でいっぱいになる。
「ただ悲鳴によりご迷惑をおかけしたことは、間違いないでしょう。申し訳ありませんでした。以後気を付けますので、お許しください」
長身のランスが深々と頭を下げたことで、貴族の男性は溜飲が下がったようだ。「まあ、蜘蛛が出たなら仕方ない」と立ち去ってくれた。
そのことに安堵し、ランスの元へ歩み寄ろうとすると。
蜘蛛なんていないのに。蜘蛛のせいにした罰があたったのか。
天井から沢山の蜘蛛の姿の魔物<ヴェノム・スパイダー>が現れた。
大きさは通常の蜘蛛に比べれば、大きい。それでも一匹あたりは小型犬ぐらいのサイズ。
そう、一匹ではない。
何匹いるのかなんて、分からなかった。
とにかく大量にいる!
悲鳴はあげられなかった。
それは先ほどの貴族から注意されたのもあるが、大量のヴェノム・スパイダーに腰が抜けてしまい、声も出ない。だがランスは、私が頭上を見ているので、天井から魔物が現れたと理解してくれた。すぐに壁に立てかけていた聖槍を、頭上で振り回す。
するとまさに蜘蛛の子を散らすで、ランスと聖槍からヴェノム・スパイダーは離れたが、今度は壁沿いに降下してきた。驚き、私は押し殺した声で「ヴェノム・スパイダーが大量に天井から壁を伝い、降りてきています!」とランスに告げた。
でもそれで精いっぱいで、あとは四つん這いでランスの方に向かおうとした。だが天井にも壁にも、ヴェノム・スパイダーが見えて、今にも飛び掛かってきそうで、動けなくなった。
「アリー様!」
ランスが押さえた声で私の名を呼び、動けなくなった私のところへ向かうのと、ヴェノム・スパイダーが一斉にジャンプしたのは、ほぼ同時。
こんなに大量のヴェノム・スパイダー、ランスの生命力でも倒せないのでは!?
私は腰が抜けてしまったが、ランスは部屋の外に逃げることができたはずだ。でも私のせいでランスまで……!
私の方へ手を伸ばすランスと、目があった。
どうして、そこまでして私を守ってくれるの――?
涙でにじんで、ランスの姿がよく見えない。
静かに目を閉じた瞬間。
世界から音が一瞬、消えたように感じた。
でもそれは本当に一瞬のことで。
ガツンと壁に何か刺さる音。
バタン、ゴンと何かがぶつかる音。
さらに目を開けようとすると世界は白く、何も見えず、でも体に重量を感じ、そして――。
自分の後頭部を守るように添えられた手、背中に回された腕を感じ、ゆっくり目を開ける。まるで昼間のように明るい。
キラキラと光の粒子が、見える気がした。
「……!」
デジャヴを覚える。ランスの顔が私の胸に……。
いや、今そんなことを気にするより、ヴェノム・スパイダーは?
顔を動かすが、見える範囲にヴェノム・スパイダーの姿はない。
というか壁に刺さる聖槍に驚いてしまう。
これ、弁償することになるわよね……と。
また余計なことを考えてしまったけれど、ヴェノム・スパイダーは……。
あんなに沢山いたのに!
どこにもその姿はない。
この輝きから察するに、ランスの生命力で、全滅させたということだ。
「ランス様、すごいですわ! とんでもない数のヴェノム・スパイダーがいたのに。全滅しています」
私の言葉にランスの体が揺れ、ゆっくり彼の手が、私の後頭部から離れていく。床に倒れこんだ時、私の頭が床に直撃しないよう、守ってくれたのだと理解した。






















































