29:自分と彼女達(ランス視点)
ランス・フォン・エルンストという自分の人生を振り返った時。
女性から残念な気持ちにさせられることが、多かったと思う。
母親はそうでもなかった。だが自分が見てきた令嬢の多くは、自分本位の者が多かった。男性に対しては求めるばかり。そして与えられて当然。儀礼的な御礼の言葉は言うが、そこに心はこもっていない。
だから期待はしないようにした。
女性という生き物は。
令嬢と言われる生き物は。
そういうものなのだと。
兄や弟の婚約が決まると、自分に対する婚約についての話も出たが、それはなんとか誤魔化してきた。よって聖騎士になり、結婚を免除されたことに、実は安堵していた。
その一方で。
魔物を倒すことができる自分の力――生命力が、どうやって強くなるのか。その仕組みを自分なりに理解した時には……実に厄介だ、と思った。
自分が不要と思う感情により、よりにもよって魔物を倒す力が高まるなんて。
でも……今は違う。
アリーに対し、自分は明らかに何度もこの不要と思う感情を高まらせることになっていた。それは驚きでもあったが、自然に高まってしまうので、抑えようがなかった。
なぜ、こんなにもアリーに対して、この感情が高まってしまうのだろう。
それは……間違いない。
自分は……アリーのことが……。
許されないことだった。
聖騎士であるのに、自分は。
彼女が修道女であることを踏まえても。
それでも……。
アリーを困らせていると分かったが止められなかった。
彼女に触れたい。
でも理由なくてしてアリーに触れることなど、できなかった。
騎士にとって甲冑はとても大切なもの。
自身の命を守るものだからだ。メンテナンスは武器同様、怠らない。
聖騎士の同僚は、これまでの騎士の同僚とは違っていた。魔物は人間とは違う。触れれば人間の魂を喰うことができた。甲冑や兜を着たところで意味がない。だが伝統だから身に着けているが、その手入れは従者任せ。
でも元々聖騎士を目指していたわけではなく、騎士になりたかった自分は。聖騎士になってからも、甲冑と兜を大切にしていた。
自分が大切に思う甲冑と兜の手入れを、アリーは自分から手伝うと言ってくれた時。
驚き、とても嬉しくなっていた。
「甲冑も兜も、ランス様の身を守る大切なものです。こうやって磨いて、錆止めを塗ることが、ランス様を助けることになるのですから」
笑顔で自身の手が汚れるのを構わず、念入りに甲冑に錆止めを塗る姿を見たら……。自分の気持ちが昂るのも、当然だった。
何より。
自分が知る令嬢であれば。錆止めを甲冑に塗ることを求めたら「やりたくない」「何をさせるつもりなの?」「手や爪が汚れるわ」「絶対に嫌」としか言わないだろう。
実際、兄の婚約が決まり、自分がまだ騎士だった時、縁談で令嬢に渋々会うことになったことがある。子爵の令嬢という彼女は、自分にこう言った。
「ランス様は伯爵家の次男ですよね。でも騎士をされている……。わたくしと結婚しましたら、騎士はおやめになっては? わたしのお父様なら、外交官のお仕事をご紹介できると思いますの」
いきなり自分が目指した生き方を否定され、ビックリした。
「他国との戦争もなく、今は魔物でしょう。魔物討伐と言えば、聖騎士様ですよね。ただの騎士なんて、警察の暴力版みたいなもの。盗賊や窃盗団を捕まえたり、王族や貴族の護衛をしたり、宮殿の警備を兵士とやるぐらいでしょう。地味ですわよね、聖騎士様に比べたら」
地味。
その一言で、騎士である自分も、バッサリ切り捨てられたように感じた。
「それに騎士の妻になったら、儀式の一環で、甲冑の装備をお手伝いしないといけないのよね? それは……困るわ。せっかく綺麗にお手入れしているのに。手も爪も汚れてしまう。爪なんて割れてしまうかもしれないわ。恐ろしい……。ねえ、ランス様。あなたはとても美しく気に入ったわ。一緒に舞踏会へ行けば、みんなあなたを見て、私に嫉妬すると思うの。だから騎士なんてやめて、外交官になって」
騎士の誇りでもある甲冑まで否定され。
挙句、コネを使い、外交官になれと。
しかも美しいから舞踏会へ連れて行きたい?
表向きはとても丁寧に、この子爵の令嬢を扱った。顔合わせの席、その後の庭園の散歩。両親の顔に泥を塗らないよう、伯爵家の次男に恥ずかしくない振る舞いをしたが……。
「先日の子爵のご令嬢から、ぜひ婚約をしたいと連絡がきたぞ」と父親に言われた瞬間。「聖騎士になる可能性もあるので、申し訳ないですが、それは辞退させていただきます」と断っていた。聖騎士の話なんてないのに。
そんな過去もあったため、アリーが甲冑を共に綺麗に磨いてくれた後。
心から感謝していた。
それ以上に彼女に触れたくなり……。
アリーの手を洗う。
手を洗うだけなのに、その行為に必要以上に気持ちが高ぶってしまった。
自分より小さなアリーの手。折れてしまいそうな細く長い指。柔らかい手のひら。大理石のようにすべすべとした手の甲。真珠のように光沢のある美しい爪。
手に触れているだけで気分が高揚し、そして汚れてしまった手をちゃんと綺麗にしたいと思い、熱心に泡立てていると……。
心なしかアリーの頬が、上気しているように感じる。
呼吸が乱れているように思えた。
少し体も震えているような気がする。
そうなると……自分もどんどん感情がエスカレートしていく。
手を泡立て、綺麗な水で洗い流す。清潔なタオルで水をふき取る。
この行為にとんでもなく深淵な意味を見出してしまう。
止まらない……。
口づけた手の平のシルクのような触れ心地に、高鳴る心臓を抑えられない。
もう完全にアリーに酔い、クリームを塗ることまで提案してしまった。彼女は快諾し、自分はまさに夢見心地でその手をとる。
念入りに時間をかけたつもりだが、アリーの手は小さい。
すぐにクリームは、塗り終わってしまった。
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『浮気三昧の婚約者に残念悪役令嬢は
華麗なざまぁを披露する
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