21:拗ねて照れる
雪のような白い花畑以降は、これといって目ぼしいものはなく、そのまま馬の休憩所で、馬を休ませることになった。そこは馬を休息させるための、水飲み場やえさやり場だけではなく、馬車のメンテンナンス、旅人が休憩できる屋根のついたベンチ、飲料水なども提供されていた。
「少し早いですが、ここでしたら馬も人もゆっくり休憩できます。旅程は順調ですし、ここで二時間半ほど、休息しましょうか」
つまり昼食もとり、馬も人も休みましょう、ということだ。
朝食はあれだけしっかり食べたのに。
それに私はただ馬車に座っていただけなのに。
しっかりお腹がすいていたので、ランスのこの提案に同意する。
ランスは馬丁に馬の世話を頼み、自身は私の昼食の用意を始めた。
屋根付きのベンチの下にはテーブルもある。
そこにランスはクーパー男爵がいろいろとくれたものを広げることにしたのだ。
ガントレットをとり、兜を外すと、美貌の騎士が現れる。
近くに止まる馬車の令嬢達の熱い視線がランスに向けられた。
「ランス様、私も手伝います」
「え、でも」
「私は令嬢ではなく、修道女ですから。修道院ではお菓子作りや料理も手伝っていたので、私でもできますよ」
するとランスは、クスリと周囲が一瞬で華やぐような笑顔になる。遠くにいる令嬢達の「ほう」というため息が聞こえてきそうだ。
「確かにアリー様は修道院の方ですが、今のそのドレスでは令嬢にしか見えませんが……。でもせっかくなので、お手伝いいただきましょうか」
「任せてください」
ランスが飲料水を組みに行ったりする間、オイルサーディンの缶詰をあけ、パンにサンドした。鮭の缶詰と豆をオリーブオイルと塩と胡椒であえて、サラダも用意した。スモークチーズをカットし、ピクルスの瓶を開けようとするが……。
硬い。開かない。
ランスが戻ったら開けてもらおうと諦めかけた時。
ふわりとオリエンタルな香りを感じた。
スパイシーだけど甘い香り。
修道院に寄付で来る貴族の中でも、一部の上流貴族の方が稀につけている香水の匂い。
「君のこの髪飾りは、スイートアリッサムだね。わたしの香水との相性も、とてもいい」
自身の香水同様の甘い声で、耳元で囁かれ、心臓がビックリしている。
さらに。
すべすべの大きい手が私の手を包み込むように添えられた。
瓶を持つ左手、蓋を持つ右手に、甘い声の男性の手が重なった。
そして。
同時にそれぞれの手に力がかかり……。
ポンッ。
ワインの栓を抜いたような軽快な音がして……ピクルスの瓶の蓋が開いていた。
「あ、ありがとうございます!」
すっと私の両手から自身の手をはずし、「どういたしまして」と返事をする甘い声の持ち主の方を振り返ると、そこにはまさに美青年がいる。
キリっとした眉に、意志の強さを感じる青みがかったグレーの瞳。瞳と同じブルーグレーの長い睫毛と長い髪。その髪は左側で束ねられ、指輪のような髪飾り(ヘアリング)で留められている。よく見ると髪飾りは、どう見ても黄金で、繊細な模様が刻まれていた。
通った鼻筋に、少し厚みのある唇。男らしさを感じる喉仏、その首元を飾るタイは、オリエンタルブルーで、金箔の草花模様が型押しされている。ピシっとした白シャツにヒヤシンスのようなブルーの上衣とズボン。肌触りがよさそうなシルクベルベットのベスト。滑らかで艶のある黒革のブーツを履き、足元までお洒落だ。
18年の人生の中で見た、最も高位な地位にある人物に思えた。
「フランツ!」
離れた場所に立派な馬車があり、美しく着飾った令嬢が、扇子で顔を隠しながら、男性の名を呼んだ。すると反応したのは、私のそばにいた高位な身分の男性だ。
「今、戻るよ」とフランツという男性は返事をすると、私に向け、上品に微笑む。
「スイートアリッサムの君。またどこかで会えるといいね」
オリエンタルな香りを残し、フランツは令嬢の元へと去っていく。一方の私は、この数分の間に起きた出来事が現実と思えず、キツネにつままれたような気持ちになってしまう。
「アリー様!」
ランスの言葉に我に返る。
水を汲んだランスが、私の方へ慌てて駆け寄っていた。
「今の方は……知り合いではないですよね?」
「ええ。あんな高位の身分の方、知り合いなわけがないです」
ランスは、フランツが乗り込んだ離れた場所に止まる馬車を、じっと見つめている。
「フランツと、馬車で待つ令嬢から呼ばれていました」
「フランツ……?」
少し考え込んだランスだったが「まさか」と呟き、ターコイズブルーの瞳を私に向ける。
「見る限り、身分を示すものがないですね。馬車にも紋章はなく、御者や従者、護衛と思われる騎士のサーコートにも、紋章はありません。完全なお忍びだと思います。へたな詮索はしない方がいいと思うのですが……」
そう言ったランスは、私を見て尋ねる。
「そのフランツと、どうしてアリー様が話すことに?」
「あ、話したわけではないのです。このピクルスの瓶を開けられなくて、ランス様に開けてもらおうと思っていたのですが……。あのフランツという方がやってきて、開けてくださいました。それで御礼を言った。それだけです」
ランスはこの話を聞くと、安堵した表情になる。
「それだけですか。ならば大丈夫でしょう。……しかしアリー様の言う通り、どう見ても高位な身分の方なのに、親切な方でしたね」
「そうですね」
「親切な方で身分も高そうですが……。修道女であるアリー様に、男性は不要な存在ですよね。自分がそばを離れていたばかりに、見知らぬ男性から声をかけられる事態になり、申し訳ありません」
フランツは親切にしてくれただけなのに。
確かに修道女に恋愛や結婚につながる男性は不要だが、一切の男性との接触が禁じられているわけではない。それなのに、まるで私には男性を一切近づけまいとするような言葉に、思わず笑ってしまった。
するとランスが頬を赤くし「なぜ、笑うのですか、アリー様」と少し拗ねた顔になる。それがますます可愛らしくて、私のにやにやは止まらない。するとさらにランスは赤くなり……。
昼食は拗ねて照れるランスを愛でながら、食べることになった。






















































