17:なんて破廉恥な
メイド達が入浴の準備を始めると、ランスは改めて私に尋ねた。
「自分には異能とも言える力があり、魔物を倒せると、話していましたよね。それなのになぜあの時、アリー様は自分のことを庇おうとしたのですか?」
なぜと問うているはずなのに。私に向けられたランスの瞳を、とんでもなく甘く感じてしまう。しかも今、ランスからは光を感じる。
もしかすると嬉しいという感情をランス自身が強く感じると、生命力が意図せず反応して輝いてしまうのかしら?
「アリー様?」
「あ、はい! そ、そうですね。あの時は、ランス様の力をまだ見たことがなかったので、本当に魔物を倒すことができるのかと、半信半疑でした。それにシャドウ・ガーゴイルが迫っているのに、なかなか光を感じないので、力を発動できないのかと思ったのです」
するとランスは「ああ、そうだったのですね」と納得し、説明してくれる。
「あの力は、魔物が自分に触れる前に、自発的に発動させることもできます。でも魔物が自分に触れても、自動的に発動するんです」
「! そうだったのですね。魔物に触れられると、魂を喰われると聞いていたので……」
この言葉を聞いたランスの表情が、またも甘やかなものに見えてしまい、心臓がざわざわと落ち着かない。しかもやはり彼からは、光が発せられている。
今の会話でランスが喜ぶ要素があったのかしら?と不思議に感じる。それに何が嬉しかったのだろう……?
「自分のことを、急に抱き寄せたのは、少しでもシャドウ・ガーゴイルとの接触を遅らせようとしてくれたのですね」
それを言われると、急に全身が熱くなる。
必死だったとはいえ、彼の顔を自分の胸に押し付けるように抱き寄せてしまったのだから……。
「聖騎士であるランス様に、大変失礼なことをしました。なんて破廉恥なことを……」
「!? そんな、破廉恥だなんて! アリー様は懸命に自分のことを守ろうとしてくれたのです。それにあなたの胸は、とても触れ心地が良く、失礼なこ……」
「お湯の準備が整いました!」
バスルームの扉が開き、メイド達が出てきた。
私の顔は、まさに火が噴き出る事態だったと思う。
もう顔以外、全身も熱くなり、まるで自分が燃えているかのようだった。
しかもランスからは光がぶわっと広がり、目も開けていられない。
メイドが声をかけてくれなかったら、私は……。
気絶していたかもしれない。
ともかくこれでランスとの会話は終了になり、彼はパーク男爵への報告のため、応接室へと向かった。一方の私は入浴をしたのだが……。
「あなたの胸はとても触れ心地が良く……」というランスの言葉を思い出し、羞恥で壁に頭を打ち付けたくなる衝動に、何度も耐えることになった。
◇
眠りが浅くなった瞬間。
部屋にある置時計の針が動くカチ、カチ、カチという音で目が覚めた。ゆっくり目が覚め、暗闇に慣れると……。
驚いて大声を出しそうになり、毛布で口を押えた。
椅子に座り、足と腕を組み、チェストに寄りかかり、こちらに体を向けている人がいる。目を凝らし、さらによく見ると、椅子の肘掛に立てかけられているのは剣……。
え、もしかしてランス!?
そう思い、じっと見ると……。
サラサラの前髪、通った鼻梁に形のいい唇。整った顔立ちで、スラリと長い手足。特に脚の長さが際立っている様子を感知できた。
ランスだ。
でもなぜ……?
もしかして……。
私の身を案じ、また魔物に襲われないようにと、ベッドで休まず、こんな風に椅子に座って仮眠をとっている……?
入浴を終えた私は、用意されたナイトティーを飲んだ。バニラで香りづけされていたカモミールティーは、蜂蜜を加えると絶品になった。美味しくてごくごく飲んでしばらくすると……とても眠くなってしまう。
口をすすぎ、その後、ソファに戻り……。
どうやらそのまま眠ってしまい、おそらくランスがベッドに運んでくれた。そしてきっと、無防備にソファで眠ってしまった私に、不安になったのかもしれない。そこでこうやって……。
申し訳ないな。私ごときのために。
もし私が聖女であれば、ここまでしても当然だったかもしれない。
でも私はただの修道女。
ここまで聖騎士であるランスがする必要はないのに。
再び見ると、ランスは仮眠と言うのには結構深い眠りについているように思えた。
それは……そうだろう。
彼は一人三役で、ここまで私を連れてきてくれた。
途中、盗賊に襲われ、それを撃退し、塗り薬が必要な打撲も負っている。さらに自身の力でシャドウ・ガーゴイルも消滅させた。
まさに大奮闘だった。
それに比べ私は……守られるばかりで、椅子で仮眠をとるランスに対し、ベッドで爆睡していた。
私は体が小さいし、ソファで眠れる。
ランスには、ベッドで寝てもらおう。
起こすのはかわいそうだと思ったが、こんな椅子に座って仮眠では、明日に疲れが残る。それに体の節々も痛くなりそうだ。
「ランス様」と何度か声をかけると、彼は目を開けてくれた。「こちらにベッドがあるので、横になって休んでください」と声をかけると。「ああ、そうか。すまない。ありがとう、フラン」と返事をし、椅子から立ち上がった。
フラン……というのはランスの従者なのか、メイドなのか。
ともかくそのままベッドに向かい、彼は倒れこんだ。
寝ぼけた状態ながら、ちゃんと自力でベッドに向かってくれた。私がランスを運ぶなんて無理だったので、これはラッキーと思い、彼のブーツを脱がせる。後は頑張って、両足をベッドにのせ、毛布をかけた。
丁度、私が毛布をめくっておいた場所に、倒れこんでくれて良かった。
そう思い、ソファに向かおうとした瞬間。
パシッと手首を掴まれた。
「!!」と思った次の瞬間にはベッドに倒れこみ、後ろからランスに抱きしめられている。
「ジョン……」と呟いたランスは、私の髪に顔をうずめる。
ジョンって誰!?
しかもこんな風に熱烈に抱きしめるって……。
聖騎士は聖女に純潔を捧げる。
でも、もしかして、これは……。
え、騎士団のタブーと言われる同性同士の……!?
衝撃を受けつつ、その腕の中から逃れようとするが……。
がっちりホールドされ、抜け出せない。
強引に動けば、目覚めてしまうかもしれなかった。
この状態で私は眠ることなんて無理だ。
それならば……。
朝、扉を誰かノックしたら、急いでソファへ移動しよう。
ランスのことは、このまま寝かせてあげよう。