16:襲撃の後
「アリー様、ランス様、大丈夫ですか!?」
シリルの声に、ランスが完全に体を起こし、そして……。私を抱き上げてくれた。これには驚き、目を開けることになる。光はようやく収まっていた。
ちらりと天井を見て、廊下を見るが、シャドウ・ガーゴイルの姿はどこにもない。やはりランスの強い生命力により、消滅したようだ。
「パーク男爵夫妻、シリル様。時間がかかり、申し訳ありませんでした。シャドウ・ガーゴイルは消失しましたので、もう大丈夫です。詳しい説明はこの後すぐ行うので、まずはアリー様を部屋へお連れしてもいいですか?」
凛とした声で、ランスが告げる。
するとパーク男爵が、すぐに応じた。
「勿論です。まさか我が敷地に、屋敷に、魔物が現れるなんて! 本当に驚きました。退治くださり、ありがとうございます。……それでアリー様は、大丈夫なのですか? どこかお怪我でも……?」
ランスの深みのある水色の瞳が、私の顔をのぞきこむ。
気遣うようなその表情に、心臓がドキッと飛び跳ねた。
「アリー様、どこか痛むところなどありませんか?」
「心臓がバクバクしておかしくなりそうなのですが」と言いたくなったが、それは飲み込む。改めて自分の体を見るが、どこか痛むとかそんなことはない。大丈夫だ。
「問題ありません。お気遣い、ありがとうございます」
そう私が答えた瞬間に、ランスが見せた柔和な笑顔。
美貌の顔が見せるこの柔らかい表情に、心がとろけそうになる。
だがすぐにその顔をパーク男爵に戻し「アリー様は、怪我はないとのことです。ですが、魔物と長時間対峙していました。彼女は聖騎士ではない、ただの一般人です。部屋にお連れし、休む準備を進めていただきたいと思います」と答える。
「分かりました、ランス様。アリー様、我々のためにありがとうございます。今宵はゆっくりお休みください。すぐにメイドを向かわせ、入浴の準備をさせます。ランス様はこの後、応接室へ来ていただければ」
「分かりました。応接室に後ほど向かいます。メイドの手配はお願いします、パーク男爵」
ランスの言葉を合図に、皆が動き出す。
パーク男爵はそばにいたバトラーに指示を出し、ランスはクルリと彼らに背を向け、私を抱き上げたまま歩き出す。
「あ、あの、ランス様、私、歩けますよ」
「そうですか」
「そうですか」と冷静に答えるランスの顔が、実に秀麗で。しばらく私はその顔に見惚れ、言葉を出せなくなる。なんとか気持ちを落ち着かせ、口を開こうとすると、部屋に到着した。私をベッドにおろすと、ランスは明かりをつけてくれる。
改めて私の前に来たランスは、すっと片膝を絨毯につけ、跪くと、私の手をとった。
「アリー様。先程は本当に、ありがとうございました。あなたのおかげで、シャドウ・ガーゴイルを消失させることができたと思います」
感謝の言葉を口にするランスが、キラキラして見える。でも彼は今、光を発していない。それなのにランスのことが……輝いて見えるのは、なぜなのかしら?
「魔物が見えない自分にとって、アリー様は大いに助けになります。でも無茶をさせたと思います。なぜシャドウ・ガーゴイルがあなたを追っていったのか。それは分かりません。聖剣を持つ私を避けた結果かもしれませんが……。ともかくあなたを危険にさらすことになり、本当に……」
そこで言葉を切ると、私の両手をつかみ、自身の額に当てると「申し訳ありませんでした」と声を絞り出す。そして「アリー様がご無事で、本当によかったです」と声を震わせた。
ランスがここまで私に恐縮することには、驚きしかなかった。
正直。
私は……たいしたことをしていない。魔物の姿が見えるから、シャドウ・ガーゴイルがどこにいるのか、それは伝えることができた。きっとサポートにはなったのかな、とは思う。
でも結局、わざわざ取りに行った聖槍を彼に手渡すことはできなかった。しかもピンチになった私のことを、全力で助けさせる事態になってしまったのだ。
さらにランスのあの生命力。
あれを発した結果、確かにシャドウ・ガーゴイルは消滅した。
彼の生命力があれば。魔物は瞬殺できる。勿論、ランスが言っていた通り、生命力がどれだけ強く発動できているかで、倒せる魔物、倒せない魔物は出てくるかもしれない。それでも今日のシャドウ・ガーゴイルであれば、楽勝……に思えた。
私がいなければいないで、これまで通りの彼のやり方で、シャドウ・ガーゴイルを消滅させることができたはず。そう考えると……私は余計なことをしたのでは?とさえ、思えてしまう。
それを私が伝えると、ランスは「そんなことありません!」と否定する。私がいてくれたことの意味や意義をとうとうと説明し、さらにこんなことも言ってくれた。
「初めての飛行タイプの魔物です。はるか上空にいるシャドウ・ガーゴイルには、力が届かなかったかもしれません。今回は位置を知ることがとても重要だったと思います。よってアリー様がいてくれた意味は、大きいです」
これは説得力があった。それに「アリー様が囮のような状態になってくれることで、シャドウ・ガーゴイルは低空飛行し、自分も魔物に近づくことができました。おかげで力をシャドウ・ガーゴイルの至近距離で使うことができ、瞬殺できたと思います」と分析する。これについても「なるほど」と納得だった。
そこに扉がノックされ、メイドが入浴の準備に来てくれた。ランスは彼女たちを部屋にいれ、私に尋ねた。