101:休め!
「シャドウマンサー<魔を招く者>は、既に壊滅し、過去の遺物の扱いだった。彼らが引き起こしたと考えられた事件で、未解決のものもいくつかある。でも当該の組織が失われたことで、それらの事件は迷宮入りとなり、風化されている。シャドウマンサー<魔を招く者>に関する本は発禁処分となり、禁書扱いになった。そしてそれを見ようとする者は……もう久しくいなかった」
コーヒーを落ち着いて飲むランスは、すっかりいつも通り。
屋敷で休んでいる時も、特に問題は起きていないと言う。
「つまりシャドウマンサー<魔を招く者>に関する禁書に目を通したのは、ランスが久々だったということか」
ロキは今、フルーツケーキを食べている。私が途中まで作り、焼きを調理人に任せていたフルーツケーキだ。ティータイムでフルーツケーキを食べ損ねたことを思い出したロキは「食べたい!」と言い出した。
しかも今、二切れ目をパクパクと食べている。あのスリムなお腹のどこに吸収されていくのか。謎である。
「そう言うことだよ、ロキ。Let sleeping dogs lie.(寝ている犬は起こすな)ということ。自分ではなく、他の誰かがシャドウマンサー<魔を招く者>に関する禁書を閲覧しようとしても、同じように襲われた可能性がある」
ロキに触発されたランスも、フルーツケーキを食べている。でもこちらはちゃんと一切れでいいと言っていた。ロキと変なところで競わない大人なランスに安心する。
「団長も同じようなことを言っていた。何より禁書の閲覧を申し込んだことを知る者は、限られている。それで襲撃されたとなると……怖くはあるな」
フルーツケーキを食べ終えたロキは、コーヒーを口に運び、軽い口調でそう言っているが。目はとても真剣だ。それは今回犯行を起こした者は、かなり近くにいるのかもしれない――ということを感じているからだろう。
やはりこのままペンダントの謎に迫るのは、危険だ。
「あの、今回の襲撃を受け、私が思ったことを話してもいいですか?」
ランスとロキは「勿論!」と返事をしてくれたので、ロキには既に話していたことを、改めてランスに打ち明けた。つまり模造品やレプリカのペンダントを、犯罪に使われたものと知らず、両親が手に入れ、価値あるものと信じ、私に残した可能性だ。
このペンダントに深い意味はなく、シャドウマンサー<魔を招く者>とも関係ない。それなのに聖騎士として真剣に動けば、Let sleeping dogs lie.になりかねない。さらに両親に会いたい気持ちはあるが、今回のランスのように、誰かが襲われることは本望ではないこと。
要するに、これ以上ペンダントについて調べ、両親に辿り着かなくてもいいのではないかと思っている……それを話した。
「でもアリー様、自分が襲われたのは、たまたまです。もし自分でない誰かがシャドウマンサー<魔を招く者>について禁書で調べれば、襲われた可能性があるのですよ。よって今回の自分の襲撃の件は、切り分けて考えていいのでは……?」
それは……そうなのかもしれない。
ただ、シアラー団長からも言われているのだ。
Ignorance is bliss.
知らないことが幸せであると。
そのことを伝えると、さすがのランスも「団長……」と黙り込んでしまう。でもロキと同じ。ランスもすぐに、なぜ私は魔物が見えるのか、魔物に関する知識があり、魔物が寄ってくるのか、その点を気にする。
特にペンダントの有無で、魔物が寄ってこない状況を考えると、このままペンダントについて調べることを止めるわけにはいかない……と考えてくれているようだ。
「それに気になるのです」
「何がですか、ランス様」
「シャドウマンサー<魔を招く者>の手口が、生ぬるい気がするのです」
「え、毒針を刺され、倒れ、怪我もしたのにですか!?」
驚く私にランスは、何が生ぬるいかを指摘する。
「もし本気でシャドウマンサー<魔を招く者>について再熱させるなと警告したいのなら、死に至る毒薬を針に仕掛けるべきです。狩りにも使われる薬草ですが、解毒剤は存在しています。しかも痺れをもたらし、意識を喪失しますが、死ぬことはない。そう、今回、誰も害されることはなかったのです。大怪我もなかった。……警告だからこの程度で済ませた――ということも考えられます。次に動けば害されることもある……のかもしれませんが」
「ランス様、そんな恐ろしいことを言わないでください! もしも今回、そんな恐ろしい毒薬が使われ、ランス様に万一があったら……」
痺れて意識を失い、医務室に運ばれているだけでも、私はショックだった。今だっていつも通りに戻ったランスだが、額に包帯は巻いている。それなのに生ぬるいとか、死に至る毒薬を仕込むべきだったなんて……。
ポロポロ涙をこぼす私を見て、ランスは席を立ち、跪いた。
私の手を取ると、自身の手で包み込み「申し訳ありません、アリー様。自分の至らない言葉で、あなたの優しい気持ちを傷つけてしまいました」と、自身も泣きそうな顔になる。
「あー、やめ、やめ。明日はせっかくランスも休みなんだ。ペンダントのことも、魔物うんぬんも忘れて、王都観光でもしようぜ。アリー嬢は、王都の名所見学なんてしてないだろう?」
ロキが有無を言わせぬ表情をして、仁王立ちで立ち上がった。
「というか出会ってから何体の魔物を二人で討伐した? 魔物の四天王のビースト・デビルベアとセント・ポイズンを倒して、それ以外にもシャドウ・ガーゴイル、タスクド・ボア、ヴェノム・スパイダー、スネイク・スリザー、ウルフ・リッパーも倒したよな? それ、わずか数週間の出来事だからな」
倒したのはランスであり、私は引き寄せたに過ぎないのだけど……。
「アリー嬢、自分は倒していないなんて言わせないからな。短期間でこれだけの魔物に聖騎士でもないのに直面するなんて、異常事態だ。それで普通にしているなんて、あり得ない。せっかく愛する人と王都までやってきたんだ。一日ぐらい休めよ」
そう言うとロキは、ランスを睨んだ。
「今度、アリー嬢が俺の前で涙をこぼしたら。俺は正式にランスより先に、アリー嬢にプロポーズするからな。俺なら絶対に泣かせないって。もう戒律違反で除隊上等でプロポーズだ!」
これにはランスは、ぐうの音も出なかった。
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