Friendship doubles our joy and divides our grief.
当時「彼ら」を「止める」としたのは「ヴォーカリスト」である。
行動から考察すると「ギタリスト」自体は「多角化戦略」、「ヴォーカリスト」の「望む音楽」を作り続ける為に「自分自身を含めた残りのメンバー」のレベルアップを初めは図ろうとしていたと考えられる。
そう「ギタリスト」は、「彼自身」からは「解散」や「止める」ことを「言っていない」。仄めかしてはいた。「彼」は「名前」が独り歩きし始めていたことはわかっていたのだろう。
ただ「ヴォーカリスト」の決断は「ギタリスト」からしたら、驚いただろう。誰よりも「ヴォーカリスト」の「夢」を「一緒に作り上げた」のだから。
だから「彼」は「裏切り者」になった。
おそらく、望んで。「彼」が自分の行動が「ヴォーカリスト」を追い詰めたとわかった時点では「既に詰んでいた」と考えられる。
周りの扇動もある。身動きが取れないと判断した時点で「殺害した」。「彼自身の手」で「彼」が「本当に死んでしまう前に殺したかった」。
「スケープゴート」は「該当時点では気がついていない」。「発生したと思わしき時間の初期」に「彼」は安全を確保できる位置にいた。
「ビジネスパーソン」としては明確に「悪手」だ。全部の汚名を「ヴォーカリスト」に着せる手段も「彼」なら取れた。
「彼」は「ギタリスト」である。
そう「ヴォーカリスト」ではない。あまりに微妙な「声音」が示す様に、1人では、普通に成り立たないはずだった。
なのに「加速させるような動き」をし、「殺害」した。
「彼」は「まずは宣言通りに1人で」、それでは上手くいかないとわかって「2人目のヴォーカリスト」を探した。
そして「彼自身がヴォーカリスト以外を望んでいない」ことを飲み下して「2枚目のアルバム」を作った。
「彼」は今持って「他のヴォーカリスト」がいる場においては、演奏はしてもあまり歌わない。
だが「彼」は、これから先が厳しいとわかっていても「ヴォーカリスト」が「綺麗」であることを優先した。確かに、「わがまま」だ。
そして「ヴォーカリスト」は「ギタリスト」を「理解していた」。だから「最期までその名前のままに抗った」。
「ヴォーカリスト」は「正確な認識ができる」人だ。「ギタリスト」の執着を理解していなかったとは思えない。
だからこそほぼ「無関心」を貫いた。
だが「その最期の願い」だけは「叶えた」。
この「考察」の結末は「わからない」
「伝書鳩」の重要性がよくわかる事例。
殺害理由、それは「認識の相違」。




