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エルフ達と浩二との舌戦は次第に白熱してゆき、最後には殆ど掴みかからんばかりの大喧嘩となった。
このあたりに住む人族にとっては標準言語となる南ダナン語しか話せない浩二と、お宮言葉の古代アールブ語で嫌味ばかりを連発するエルフたちの間に挟まった佳奈は、軽い気持ちで引き受けた通訳の仕事があまりに酷いので、苦痛で逃げ出したくなった。
『ほならコージさんはアタシらの食べるモンは豚のエサより酷いと言うんですなぁ?』
「伊丹くんはエルフの食事を……えーっと美味しくない、と考えているのですか?」
「どう見ても犬の方がいいもんを食ってるだろうが! ただただ唐辛子ぶち込んで辛くするだけで酸味も甘みもうま味もねぇ! おめーらの舌は腐ってやがる!!」
『えーっと。皆さんの食べ物には酸味や甘みが足りていないように思います。もっと美味しくなると思います……?』
胃が! 胃が痛い! 佳奈はシクシクと痛むお腹を押さえつつ、何とか懸命に間をとりなそうとする。
が、しかし。
「おまえ! さっきから黙って聞いていれば言いたい放題じゃないか!」と怒鳴り声を上げたのはエルフの長老の一人であった。
あれ? 今この長老さんダナン語喋った? ホントはダナン語知ってる? 知っててわざとアールブ語で喋ってた?
「それはこっちのセリフだバカ野郎! だいたいホントはこっちの言葉分かってるくせにわざと知らんぷりしてやがったじゃねーか! いいんちょに余計な苦労させやがって!」
えーっ……。あたし要らなかったの? 最初から当事者同士で話し合えたのに、なんかどうでもいい駆け引きみたいなののダシにされて無駄な通訳してただけなの?
佳奈はエルフの里についてからの苦痛だらけの2日間が全く無駄であったことを知り、放心状態になってしまった。
おかげでその後のやり取りははっきりとは理解していない。なんか知らないうちに浩二とエルフたちの料理対決となり、なんかすったもんだのうちに引き分けとなり、ただ浩二のカレーに感銘を受けた若手エルフ数名が長老の反対を押し切って唐辛子の種を奪い取り、そのまま浩二たちの帰路についてきてくれることになったのを、佳奈はぼんやりと横目に眺めているばかりであった。
「ふざけるな糞エルフの長老ども! どう見てもオレのカレーの方が数倍旨かったろうが! なんだあいつらは! 難癖付けて無理やり引き分けなどと勝手に決めやがって! 全員死んでしまえ!」
帰りの馬車の荷台の上で一人憤る浩二を、「まあまあ」と長老の娘ナリャが窘める。
「コージのカレーのすごさはあの人達には分からないのデス。」
ナリャは同じ女性である佳奈の目から見てもちょっとびっくりするくらい美しい、妖精のような女の子であった、そんなナリャがすらりと長い手足をぶらぶらとさせながら、荷馬車の後ろの部分にちょこんと腰かけて、隣に座る怒り心頭の浩二をキラキラとした目になりながら見上げつつ、励ましや慰めの言葉を返している。
「ワタシは感動しまシタ! コージの料理は魔法デス!」
ナリャの上気した顔には浩二に対する特別な感情があからさまに見て取れたが、肝心の浩二はそんなナリャに構う様子もなく、
「クソっ! 納得がいかねぇ……。あいつら……。次に会ったらボコボコにしてやる……。」
などと、先ほどから一人ブツブツと文句を垂れ流しているばかりであった。
「コージ……! 大丈夫コージ! あなたは素晴らしい料理人デス!」
美しい姫の口から舌っ足らずの可愛らしい言葉遣いが飛び出すのは、ナリャが浩二に合わせ慣れない南部ダナン語で話しているからだろう。
それを女神の加護による翻訳機能が若干おかしなアレンジを加えた結果、佳奈の耳にはなんとも奇妙な外国人の片言な喋り方に聞こえてしまうのだ。
『それくらいにしておきなさい、姫様。コージ様はお一人になりたいご様子です。』
ナリャに古代アールブ語で声を掛けるものがいる。ハイエルフの高貴なる姫君であるナリャのお目付け役としてついてきたタリアであった。タリアは膠着する西部戦線を打開するために佳奈たち勇者攻略組と共闘した人族連合の中の一人であり、美しいタリアに一目ぼれしてしつこく絡んでいった阿久津君を完膚なきまでに叩きのめした経緯から佳奈と知り合い、意気投合し仲良くなったのだ。
物おじせずなんでもハキハキ口にするタリアの性格が佳奈とは馬が合い、戦地での別れ際に「ぜひとも大森林に遊びに来てほしい」などと約束をした結果、まさかの伊丹 浩二を伴ってのこのような大騒動になるとは思いもよらず、きっかけを作った佳奈としては申し訳ない限りであった。
当のタリアはむしろ大いに楽しんでくれていた様子であり、さらにはお転婆姫のナリャのお守りも喜んで引き受けたのだとは聞いているが、佳奈にしてみればなんとも心苦しい。
『タリアトーレ! わたくしは傷心のコージ様を慰めて差し上げたいのです! どうか構わないでください!』
凛と響く鈴の音のようなナリャ姫の返答。アールブ語を操るナリャ姫はその言葉遣いも相まってまさに高貴なる姫君といった様相で、思わず佳奈は感嘆のため息を漏らしてしまうほどなのだが、
「コージ! ワタシがいっぱいコージを褒めてあげるヨ! だから元気出しテ!」などと片言のダナン語でギャーギャー喚き出すと、途端になんだか残念な外国人さんに見えてくるから不思議なものである。
荷台の奥に陣取った佳奈とタリアは二人してやれやれといった気持ちになり、お互いに顔を見合わせた。
「コージのカレーは最高デス! あんなにおいしい食べ物は初めてデス! コージはとってもとってもすごいのデス!」
えー? そんなに美味しかったんだ。ちょっと食べてみたかったなぁ。
佳奈は浩二のカレーを食べていない。あの胃の痛い無駄な通訳作業の途中、佳奈は熱を出して倒れてしまったのだ。
エルフ族の医者の見立てではただの風邪であった。
病人に対しては意外に優しいエルフたちの甲斐甲斐しい看病に心と体を休めつつも、地球でもどんなに科学が発展しても風邪だけは撲滅出来ないだろうと言われている話を佳奈はぼんやりと思い出していた。
本来、女神の加護により健康や病気耐性といったアビリティを与えられているはずの佳奈であったが、さしもの女神の権能も風邪には無力であるらしい。
そんなわけで後半の3日間を寝込んでいた佳奈はだから、浩二とエルフたちの料理対決には関わることが出来ず、浩二渾身の唐辛子カレーも食べ損ねてしまったのだが、代わりに浩二が特別に作ってくれたものがある。
それは見事な出汁のスープである。
浩二はエルフの里に乗り込むにあたり、早い段階で料理対決に持ち込む心積もりがあったようで、勝利の秘策として持ち込んでいた食材があった。
それが昆布と魚醤の二つであった。
何でも昆布は寒い極海に住む人魚の一族に頼み込み、現地では邪魔もの扱いされていた海の雑草をわざわざ高値で買い取って取り寄せたものだそうだ。
「こんなのにお金を出すなんて変わってるねぇ」と雪深い土地から観光にやってきた人魚の娘たちはケタケタ笑っていたそうだが、浩二が昆布を乾燥・熟成させることでグルタミン酸やアスパラギン酸を増やしうま味のもととする技術を惜しげもなく披露すると、面白がった人魚たちは定期的に届けてくれるようになったそうだ。
昆布という海藻はとかく大きく硬く食べづらく、「出汁に使う」という日本人の発想がなければ食材として見向きもされないアイテムだそうである。
この世界には過去に何度も日本人が転移している形跡があったから、昆布の利用方法はもっと早くに広まってもおかしくないのに、浩二が人魚に持ち掛けるまでだれも取り扱おうとしなかったようである。浩二はこの点を危惧し、この世界での日本人の立場や扱いはかなり危ないものではないかなどと語り出すものだから、病床にあって気の滅入っていた佳奈はすっかり震えあがってしまった。
病人を脅かすなと佳奈を看病中のタリアに蹴とばされるようにして追い出される浩二の後ろ姿が面白かったので、これは笑い話となった。
そして魚醤。これはすでに現地で発明され、生産や利用が進んでいたため、浩二は最初これを料理に活用していたが、どうにも味がよろしくない。そこで調べてみたところ、塩の品質がとても悪いことに気付いたのだそうだ。現地の人々は近所の海から汲み上げた海水をそのまま煮詰めて塩として使っており、奇麗な海の水を使うとか、ちゃんと濾して硫酸カルシウムやにがりを分離するといったひと手間・ふた手間を全くかけていないという事が分かった。
そこで浩二は都市から少し離れた漁村を訊ねて回り、旦那を海の事故で亡くした寡婦などに頭を下げて金を握らせ塩づくりのコツを覚えてもらい、どうにかまともな品質の塩を確保することが出来るようになったのだそうだ。
この塩を用いて網漁に掛かった食いでの少ない雑魚を仕込む魚醤の作り方も合わせて伝授し、漁村の端でこそこそと塩と魚醤づくりをはじめたのが1年前。
あまり大掛かりに出来ないのは『塩』というものが土地によっては利権の塊になる恐れからで、領主などの権力階級の目につかぬようかなり用心して事に当たっているそうである。寡婦たちは声ばかりが大きくてガサツでいい加減な村の男衆をうまくごまかしつつ、せっせと内職で塩の精製や魚醤の仕込みをしてくれて、代わりに浩二が彼女たちが手に入れづらい穀物や麻布や薬などを物々交換することでお互いに良い関係を築き上げることが出来たのだそうだ。
気性の荒い海の女達と友誼を結ぶまでには色々すったもんだがあったようなのだが、佳奈には興味がなかったので適当に流して詳しく聞かなかった。意外に下世話なタリアは美しい未亡人とのドラマの予感に興味津々のようであったが、病人の佳奈に遠慮して質問をこらえている様子が佳奈にはなんだかおかしかった。
さて、そんな訳で用意された昆布と魚醤、これらはまだ量が少ない上に改良の余地があるとかで店で出しているカレーには使っていないそうなのだが、今回はエルフたちを料理で黙らせるために特別に試作品を持ち込んできていたのだそうだ。
そして、風邪で倒れた佳奈に対して浩二がこれらを使って作ってくれたのが前出のお吸い物であった。
エルフたちの日常食器である、極限まで薄く削り取った木目の美しいお椀の中で、その汁は黄金色に輝き、かぐわしい匂いを漂わせていた。
病に食欲も薄れ食べ物を受け付けなくなっていた佳奈だったが、どこかで嗅いだことがある懐かしいにおいに思わず身体を起こし、手にした匙でこれを掬い口に含んだ瞬間、涙が止まらなくなった。
「日本の……日本の味がする……。」
具も何もない、水に昆布と魚醤で味を調えただけの汁。ただし水はただの水ではない。世界樹の朝露だけを丹念に一滴づつ集められた、霊験あらたかな魔法の水である。エルフの娘たちが病気に倒れた佳奈の身を案じ、総出で朝から集めてくれた特別なものである。
だが食欲のない佳奈はこれを口にする気力もなく、せっかくのエルフの娘たちの好意に応えることも出来なかった。
これを見かねた浩二が無理を言ってひと手間加えさせてもらうことで出来たのがこの出汁である。
極上の水に対し、ただの昆布とただの魚醤が味負けしていない。見事なうま味をそこに加え、極上の飲み物へと仕立て上げている。
「日本の文化的に考えて、味噌は歴史は古いが高価なものだったし、醤油やかつお節は極めて高度な醸造、熟成の技術が必要なだけにそもそもの歴史は浅い。対する昆布は1000年以上の昔から日本の北の特産物として広く全国に知られていた食材で、魚醤は海のある土地ではどこでも造られていた普遍的な調味料だった。
江戸時代より前の庶民には昆布に魚醤の組み合わせの方が一般的な味付けだったかもしれんな。
まさに500年以上昔の日本の味だ。」
そんな浩二のウンチクは適当に聞き流しつつも、佳奈は夢中になって匙を掬い、お椀の中の黄金のスープはあっという間に胃袋の中に消えてしまった。
佳奈は自分が病気になったときに作ってくれた母のおじやを思い出していた。くつくつと煮込まれたトロトロの米に、かき卵がぐるりとひと回し。刻みのりをパラパラ散らし、ちょっとおしゃれに三つ葉がちょこんと真ん中に彩っていて。
あんなにおいしいのに病気になったときにしか作ってくれないので、小さいころの佳奈は一度母親に抗議したことがある。そうしたら母親は笑いながらこう返してきたのだ。
「風邪の時にしか食べられない特別な料理があった方が、辛くても前向きな気分になれるでしょ?」
目の前にあるこれは味付けは違うし、何よりおじやに必須の米がないから全くの別物である。だが不思議と全く同じ気配がする。
日本では当たり前だった他者に対する細やかな気配りのようなもの。
この3年の間に忘れかけていた、自分にとっての原点のようなもの。
佳奈はふうーっと感嘆のため息を一つつく。
ああ、おいしかった!
世界樹の雫の効果か懐かしい出汁の味によるものか、佳奈の弱り切った心に確かな火が灯る音がした。
これはただの風邪だし、あたしはまだ頑張れる。
ここは異世界だけれども日本はこことは違うどこかに必ずあって、あたしはどんな手を使ってでもかならずそこに帰ってみせる。
もしかしたら熱に浮かされているところもあるのかもしれない。
ぼぉっとした頭でおかしなことを思いついただけなのかもしれない。
けれども佳奈は今、自らの目指すべきものが見え、その為に戦うための意志が蘇ってゆくのを感じていた。
浩二の造ってくれたシンプルな出汁は、佳奈にそれだけのものを与えてくれたのだ。だから佳奈は傍らに座る浩二に向かってこう感謝の言葉を伝える。
「ありがとう、伊丹くん。あたしにとっては異世界に来て一番のご馳走だったよ。本当においしかった。」
するとどうだろう。いつもは饒舌で不遜なはずの浩二はすっかりと照れてしまい、恥ずかしそうに身体を小さくくねらせて「お、おう。」などとしどろもどろな返事をするばかりであった。
そんな浩二の様子が佳奈にとってはなんだか面白く、思わずくすくすと一人で笑ってしまった。
さて、そんなふうにひとしきり笑った佳奈は、ふと気になり浩二に質問をする。
「伊丹くん? このお出汁はまだ残っているの?」
「ああ、まだあるぞ。好きなだけお替りするといい。」
「本当に! けどそうじゃなくて……」佳奈が視線を浩二の背中の向こうへ向けると、つられた浩二も振り返った。
そこにはもの欲しそうにこちらを見つめる、タリアを始めとするエルフの女性たちの目があった。佳奈が一心不乱にスープを味わう中、彼女たちが興味津々でこちらをチラチラ盗み見してきていたのに佳奈は気付いていたのだ。
「皆さんにも少しづつ味わってもらいたいなって思って。異世界の日本の味ってこんなのだよーってちょっと自慢したくて。……ダメかな?」
「ふむ。」顎に手を当ててひと思案した浩二が「よし」と声を上げ立ち上がり、残ったスープを皆に振舞い出す。
四半刻後、居並ぶエルフの女達全員が足元にひれ伏す中、仁王立ちになった浩二が一人高笑いする奇妙な舞台がそこにあった。
「はっはっは! 本物の出汁はさぞかしうまかろう!」
「コージの料理は本物ネ! ワタシたちの食べていたものは豚の餌ネ!」地面に這いつくばるほどの平身低頭になりながら浩二を見上げ、キラキラした目で語る美しい娘こそがハイエルフの高貴なる姫、ナリャであった。
えええええっ……。
佳奈はその異様な光景にただ口をパクパクとさせるくらいしかすることがなかった。
そんなわけでその後もすったもんだあり、姫を味方につけた浩二がなんとか無事(?)にエルフの長老たちとの料理バトルを制し、見事唐辛子の種をもぎ取って凱旋の帰路についての今がある。
なんかついでにやんごとなきお姫様の心ももぎ取ってしまったように見えなくもないが、佳奈はその事については考えるのはやめた。
ともかく全て丸く収まったのだから、後は戦地に戻るばかりである。つかの間の休息は思いのほか良い気分転換となり、少しばかりの心残りもむしろ次への期待となる。
佳奈は思いのほか満足していた。
それにしても……
「あの出汁はおいしかったなぁーっ。」
思わず言葉が飛び出した。
「おうっ。」と浩二が言葉を返してくる。驚いた佳奈が顔を上げると、荷台の後ろに陣取った浩二がこちらへ振り返りニカッと笑顔を作っていた。
「あんなもんで良ければいくらでも作ってやるぞ。だがいいんちょよ。あれはまだまだ未完成なのだ。塩はもっと丁寧に作ればもっと味がよくなるし、魚醤はしっかり熟成させればもっとうまくなる。昆布はどうも品種が違うようなので、真昆布や羅臼昆布に近いものを探してもらっているところだ。
これらが揃えばまだまだもっと旨くなるのだから、次に会う日を楽しみにしているがよい!」
だが佳奈はこの浩二の一言に素直に喜ぶことが出来なかった。浩二の隣に座る美しい姫君が、あからさまな嫉妬の表情で佳奈を睨みつけて来ていたからだ。
あーいたたたっ。
佳奈はどうしたものかと頭を抱えつつも、「ありがと。楽しみにしとくよ。」と適当な返事をしておく事にした。実のところかなり楽しみな話ではあるが、あくまで軽い感じであしらうようにして。
「ふふふっ。」とタリアが愉快そうな表情で笑った。それから「ところでコージ様。ご存じでしたか?」と別の話題を用意してくれる。「エルフは伝統的に野菜食なのです。ええっと地球の言葉でベジタリアン? とか、ヴィーガンとか言いましたでしょうか。動物を食すのは禁じられているのです。別に宗教だとか戒律というほどでもありません。エルフの森の人としての矜持といいますか。全ての植物の守護者であるといった自負といいますか。
まあ若い子はそれほどでもないのですが、年寄連中は特にうるさくて……。」
「ふうむ。そうなのか? それは初耳だな。」浩二が目を細める。
「ところでコージ様? コージ様がお出しになった『ギョショー』とかいうあれ、魚か何かを使った加工品ではありませんか? 植物由来ではないでしょう。」
「ああそうだ。あれは魚を塩漬けにして発酵させたものだ。」浩二が大きく頷くと、「ではコージ様、この勝負はコージ様の勝ちでしょう。」とタリアは大きくにっこりと笑ってみせた。
「だってそうでしょう? コージ様。彼らは口では『エルフの料理の方がうまい』だとか『こんなものは大したものではない』などと罵りながら、結局最後までコージ様の料理を食したではないですか。
まさかその材料が魚で出来ているだなんて知りもせず、胃袋の中に納めてしまったのです。彼らはいつも『肉や魚を食うのはけしからん』などとガミガミうるさいくせに、結局のところひとたび舌の上に乗せればその旨さに飲み込むしかすることがなかったのです。
次に会ったらこう言っておやりなさい。『お前たちが食べたそれは魚だぞ』ってね。老人たちは顔を真っ青にすることでしょう。
けれども再び同じものを出せば、彼らはあれこれ文句を言いつつもどうせまたそれを胃袋に納めるのです。下らぬ誇りに支えられた野菜食が、コージ様の一皿の前ではいともたやすくぽっきりと折れるのです。
ですからコージ様、この勝負はコージ様の勝ちです。ですがこの勝ちは今しばらく伏せておくのがよいでしょう。
老人共はどうせまた後でガミガミと難癖をつけてくるに決まっています。その時に突きつけてやればよいのです。ですから今は引き分けとしておいて上げるのがよいでしょう。
いかがです?」
浩二は「ふむ……。」と一言呟いて、そのまま黙って静かになった。何やら眉間に皺を寄せてあれこれ思案をしているように見える。
そんな浩二に対し、「コージ。ねぇーっ」とか「あのネ? あのネ?」とか、ナリャが一生懸命話しかけている。
そんな二人を優しい目をしたタリアが少し離れた位置から眺めている。
そんなタリアの横顔をぼんやりと見つめていた佳奈はハタと気が付いてしまった。
あれー? なんでタリアは伊丹くんのことを『コージ様』とかって敬称をもって呼ぶのかなー? まさか女神の加護の翻訳機能がバグったのかなー? そんなはずないよねー? タリアは言い寄ってきた阿久津君とかは『アクツ』って見下すように呼び捨てにしてたのに、伊丹くんに対してはなんか雰囲気も全然違うよねー? 気の強いタリアが男性に対してこんな優しい雰囲気になるの、初めて見たよー? なんでかなー? あれれー?
佳奈はなんとなく嫌な予感がしたのでこれ以上考えるのをやめた。