おまけ――高校一年生平坂樹の日常・後
交代直後にスリーポイントを決めるとは、誰も予想してなかったらしい。チームメイトとギャラリーが、ド――ッとわき上がる。
まぁ悪い気はしない。
「おぉナイッシュー! 何だよ、やるじゃん平坂!」
「まぐれだよ、まぐれ」
「嘘吐け。めっちゃ綺麗に一人躱してたクセに! その調子で頼むぜ!」
ハイテンションのチームメイトと軽口を叩き合う。
その一方で、敵チームは面白くなさそうだった。
悔しそう――じゃないのがミソだな。今の時点では、まだ俺を侮ってるはず。
本気で勝利を求めるなら、今のうちに得点を重ねておくべきだ。
でも、俺の目的は勝利じゃない。コートの空気が変わったなら、それで良し。
試合再開。
ボールがイケメン君の手に渡り、そこへ俺が立ち塞がった。
「悪いね。少し付き合え」
「……?」
バスケは多趣味の範疇とはいえ、俺は対人経験に乏しい。
挙句、愚かにも第六感を常人と同じ域にまで抑え込んでいた。この状態じゃ、バスケ部のホープ相手に一対一の勝負は分が悪い。
ただし、嫌がらせ目的なら話は別だ。
「っ、お前……バスケ経験者か!?」
「いいや。単に多趣味なだけ」
イケメン君の追及に平然と応じつつ、フェイントを見逃して進路を塞いだ。
ドリブルを徹底的に潰す。その代わり、パスの出し口は無視。
妨害の選択肢を絞ったことで余裕が生じ、実力差が埋まる。
「……クソ!」
結局、イケメン君は俺の妨害を振り切れず、パスに逃げる形となった。
その後も、俺の狙いは同じ。
自分の活躍どころか、味方の援護すらしない。ただひたすら執拗に、相手チームのエースをマークし続ける。
ドリブルも、シュートも、リバウンドも阻止。許すのはパス一つ。
彼がボールを操る回数は、自ずと減っていった。
「さっきから一々邪魔くさい……!」
「邪魔してんだから当然だ」
それまで独壇場だったからこそ、フラストレーションの蓄積も早い。三分足らずで、イケメン君の我慢は限界に達した。
すると、どうなるか?
答えは単純明快――ラフプレイの解禁だ。
「この……野郎ッ!」
俺の粘着質なマークに苛立ち、強引に突破を試みるイケメン君。
正規の試合なら、それも選択肢の一つだろう。反則スレスレであって、ギリギリ反則じゃない。匠の技だ。
でも、それは授業で素人相手にかます技じゃねーぞ。
ゴッ!! という鈍い打音が体育館に響き渡った。
音の発生源である俺は、ピクリとも動かない。イケメン君に突き飛ばされるような形で、床に倒れたままだ。
試合が止まる。
誰もが言葉を失い、体育館内部は潮が引くように静まり返った。
そして――誰がどんな反応を示すより早く、俺は無造作に上体を起こした。
「いって~、肘打った!」
間抜けな泣き言で、騒然となる間際の張り詰めた空気が激変する。
座り込んだまま悶える俺の傍に、チームメイトが駆け寄ってきた。
「結構いい音がしたぞ。平坂、本当に大丈夫なのか? もし頭を打ったんなら、保健室で見てもらった方が……」
「全然大丈夫。つーか足がもつれて転んだのに、それで保健室とかダサすぎだろ」
「は……? 足がもつれたって、お前……何だそりゃ!? 脅かすんじゃねーよっ。すげぇ派手に床を跳ねたような感じだったから、一瞬マジでヤバイかと……」
「ごめんごめん」
気の良い男子生徒の手を借りて立ち上がる。
その後は教師にも、打ったのは肘で問題無い旨を伝えた。
弛緩した空気が漂う中、ただ一人イケメン君だけは表情を強張らせていた。
「…………」
彼には無茶をした自覚がある。俺が倒れてから起き上がるまでの間、凄まじい恐怖と後悔を噛み締めたはず。
今も、転倒理由が本当に自業自得なのか、納得できないでいるに違いない。
俺はイケメン君に近寄ると、その背中を軽く叩いてやった。
「シケた面するなよ。女子が見てるぞ。もっと盛り上げていこーぜ」
「え……?」
「でも、お前一人が暴れる試合運びはいまいち面白くないな。頭が冷えたなら分かるだろ? 手を抜けとは言わないが、もう少しお手柔らかに頼むぜ」
イケメン君が難しい表情で口を噤む。
俺は飄々と微笑んで、彼の真横を通り抜けた。
試合再開だ。
ボールが再びイケメン君の手に渡った。
それまでと違い、俺はマークを外れている。今の彼は自由だ。俺のチームメイトを一人躱すと、二人目を引き寄せて――パスを選択した。
彼の技量を鑑みるに、大した窮地じゃなかったはず。
なら、あえてパスを選択した理由は何だ?
ファールを恐れてか、あるいは俺の言い分に理解を示してか――。
その後もイケメン君は、ワンマンプレーを封印し続けた。仲間のフォローと指示を重視し、要所で決める彼の姿は、同性である俺の目から見ても格好良かった。
ボールも満遍なく行き渡るようになった。
実力差があるため、俺のチームは敗北を喫することだろう。しかし最初の頃と比べたら、やり甲斐も見応えも大幅に増したはず。
――これ以上の暗躍は無粋か。
俺は数分プレーを続けてから、疲労を理由に再び控えに回った。
「……お疲れさまです」
三白眼の鋭さに磨きをかけた白波さんの出迎え。
あからさまに不機嫌そうで思わずビビる。
「あ、あれ? お気に召してもらえなかったかな?」
「全く応援のしがいがありませんでした」
手厳しい言葉に、俺は無言で肩を竦めるしかなかった。
返す言葉がない。
一応、俺としては上手く立ち回ったつもりだ。しかし、応援のしがいって意味で及第点未満なのは、揺るがない事実である。
「……お怪我は?」
白波さんの問いに、問題無しと答えようとして――止めた。
「頭と肩がめっちゃ痛い」
「授業が終わり次第、私が治療を施します。
それと……自分から吹っ飛んでおきながら、受け身もとらずに床を跳ねるとか、正気の沙汰じゃありません。二度とやらないでください」
強がらず、素直に白状して正解だった。
完全にバレてるでやんの。
「普通に逆転劇を演じていい場面だったはず。何故あんなマネを?」
「普通の逆転劇を演じたら、イケメン君が鼻っ柱叩き折られて終わるだろ。
それじゃ、あまりに救いがない」
同級生の女子が観戦するバスケの試合。
バスケ部員にとって、こんな見せ場は滅多にあるまい。
少し張り切りすぎたからって、悪行と断じるのは如何なものか。俺は、あのままイケメン君が花を持つのもアリだと感じていた。
ま、自分まで引き立て役になるのは御免だが。
「あのイケメン君は、別に悪い奴じゃない。思春期真っ盛りの男子高校生として、彼の奮戦ぶりには共感を懐かないでもなくてね」
試合参加を渋っていた理由の一つを、肩を竦めて白状する。
白波さんが盛大なため息を吐いた。
「ハァ……。……だとしても、ダメージは演出で片付けるべきでした。受け身ついでに床を叩いて打音を響かせれば、それで済んだ話でしょうに」
「イケメン君を上手に騙せるか不安でさ。突き飛ばされる方が大袈裟な演技だったから、ダメージは真に迫る必要があった。何もかも嘘じゃ、怪しまれて当然。でも、何か一つ衝撃的な真実がまざると、他の嘘が通りやすくなるだろ?」
「完全に詐欺師の発想ですね」
「失敬な。試合中はダメージを隠し通して、イケメン君には軽く助言もした。アフターケアは万全だ。こんな親切な詐欺師、どこにもいないぞ」
白波さんの隣に座り込んで、体調を確認する。
万一を危惧して少々庇った頭は小さなコブ、肩の方も擦過と青痣ぐらいか。眩暈や吐き気は皆無。これなら放課後の訓練三昧にも影響あるまい。
しかし、そういう問題ではなかったらしい。
白波さんは、ご機嫌斜めのままだ。封じを解いた俺の第六感で辛うじて把握できる程度だが、雰囲気も暗い。
もしかして、落ち込んでる?
自分が俺を送り出したようなものだから、責任を感じているのか。
それは嬉しくねーな……。
「白波さん、他に何か言うことないの?」
「バカアホ間抜け自己中お人好しといった罵詈雑言なら、大量に用意できますよ」
……最後の罵詈雑言か?
「これでも、期待に応えたつもりだったんだけどなぁ……」
「ご冗談を。平坂さんは私の期待を見事に裏切ってくれました。
――斜め上方向にですが」
淡々と補足して、白波さんは黙り込んでしまう。
俺の方も、深く追及する気はなかった。
白波さんの立場を踏まえるに、素直な賛辞は期待する方がバカだ。護衛対象に自傷行為を推奨するSPなど、害悪でしかない。
期待を斜め上方向に裏切れたのなら、それで満足しておこう。




