16――カドゥケウス
音の発生源は軽装甲車のトランクだ。内側から、こじ開けられたらしい。軍用迷彩服姿の白人男性が中から跳び出し、猿めいた動きで車上に乗り込む。
「甘い!」
私は即座に拳銃で迎撃した。一瞥で照準を合わせて、立て続けにトリガーを引き絞る。会心の早撃ちだ。
しかし、なんと盾のように交差された両腕に全弾阻まれてしまう。
弾丸が通らなかった。鉄板仕込みの防護服でも着込んでいるのか?
それならッ!
シートを蹴倒し、生じたスペースを利用して身をひるがえす。男が放った貫手を回避しつつ、側面から回り込むような体捌きで接近を果たした。
この距離なら防弾服の隙間も狙い放題だ。
腕を伸ばして銃口を男の素肌に向ける。人間やギアドールのみならず、多くの妖魔が急所とする〝首〟を狙った近距離射撃!!
銃弾は首の皮を抉って進み、内蔵合金に行く手を阻まれた。
男は軽くのけぞったくらいで平然としている。
ダメージらしいダメージは、ない。
「そんな……、ッ!」
驚愕冷めやらぬ間に、顎先に男の足刀が飛んできた。
虚を突かれて、それでも対応できたのは裡で息衝く戦士の本能故か、はたまた超常に通ずる妖の因子が故か。
私は上体を反らしながら、左肘で男の蹴撃を迎え撃つことに成功した。
カウンター気味に決まった攻勢防御は、さながら紙の盾。
文字通りに蹴散らされ、左腕から痛み以外の感覚が一時消失した。
「ぃ――ぁ、ぐ!!」
衝撃も殺せず、たたらを踏む。左半身がフロントガラスにぶつかり、脱臼を自覚した。左肩に尋常ではない激痛が奔る。動きが止まる。
それを見て、男が踏み込んだ。
格闘技の教科書みたいな動きで拳打が放たれる。
防げないし、さばけない――私は後先考えず、全身全霊で回避を試みた。
ギアドールの拳を数発浴びたところで致命傷には及ぶまいが、この男は違う。ギアドールじゃない!
「そうか、貴方は……」
防弾仕様のフロントガラスを素手で貫く姿を見て、私は力なく得心した。
「クラス・アンドロイド」
それは、ギアドールを凌駕する機械人形の総称だ。
桁違いのオーバースペック故に、有用性より危険性の高さで知られている。口さがない者は、『核に代わる危険物』とまで揶揄するくらい。
事実、人間に仇なすことを追求して造られた〝キリングマシーン〟も存在する。
おそらく目の前の機体も……。
「第一優先目標/白波萌・確認」
片手で胸倉を掴まれて、そのまま軽々と持ち上げられてしまった。
間違いない、このアンドロイドは軍事用。単機が完全武装の歩兵一個大隊に相当し、徒手空拳で最新鋭の戦車とも渡り合う規格外の戦術兵器だ!
人間の白波萌に勝機はない。
もはや、その存在は風前の灯である。
「……致し方ありませんね」
言い訳がましく呟き、両腕を垂れ下げて無抵抗の意を示す。
すると意外なことに、アンドロイドが絞首の力を緩めた。障害排除の手段が、殺人以外に設定されているのかも……。
まぁ、だからどうしたという話ではあるが。
「覚醒めよ――其は白を斑と謳うもの」
人間としての自分を早々と見限って、私はバケモノとしての自分に語りかけた。
呪鍵の詠唱で、義兄と交わした白波の血の契約と、斑蛾さんが施した強固な封印式の縛鎖が緩む。麻薬のように甘美で穢れた《力》が、魂の裏側から漏れた。
邪法で再誕した九尾の狐と神喰らう狼の、ハイブリッド。
伝説に劣らないこの《力》なら、軍事用アンドロイドも塵芥同然だ。片手間に、講堂全体を不可侵の結界で覆うことも可能だろう。
現実世界からの隔離は確実だが……構うものか。別に死ぬわけではない。唯一の懸念であったメイの孤独も、新たな相棒候補の登場で解決済みだ。
平坂樹。
好都合なことに、彼の守護は澪の願いでもある。
不可逆の刻はやり直しを認めず、それでもこうして償いの機会に恵まれた。
今こそ、一年前に捻れた運命を正そう。
あの日あの刻あの瞬間、《力》に縋って消えるべきは白波澪じゃない。
この私――白波萌だ。
「其は我なり」
在るべき姿に還るため、確かな決意を胸に詠唱を紡ぐ――その最中。
ガギャッ!! という異音が胸元で轟いた。
支えが失われる。シート上に尻餅をつく。詠唱が止まる。
見上げると、私の胸倉を掴んでいた軍事用アンドロイドの手首に異変が。人体の構造上、ありえない方向に曲がっているではないか。
いくら脆い関節部とはいえ、いったい何が……?
『いつまでボケっとしてるの、萌! さっさと逃げなさい!!』
「っ!」
腕に装着したPDAからメイの怒鳴り声が届いて、私は我に返った。
思考は未だ混乱の坩堝にあったが、指示を支えに身体を動かす。
置き土産を残して、車内から脱出した。追撃はない。軍事用アンドロイドは車外に飛び出す素振りを見せながら、その場で唐突に伏せてしまった。直後、彼方より放たれた銃弾が軍事用アンドロイドの頭頂部をかすめて、地面を穿った。
私は謎の援護射撃を訝しみながらも、形振り構わず遁走し――爆発。
後方で軽装甲車が木っ端微塵に吹き飛んだ。
『萌!? 今、爆発が! 大丈夫!? まさか燃料タンクか何かを撃ち抜いてっ』
「違います。今の爆発は、私が転がした手榴弾が原因です」
適切とは言い難い近距離での爆破は、小柄な我が身を数メートルも吹き飛ばしてくれた。直接的な被害はないが、庇ってなお左腕が痛んだ。
「……メイ。今ので軽装甲車は無力化できたはず。軍事用アンドロイドは……?」
『ダメ。黒煙に紛れて、それっぽい反応が離れていくわ』
狙撃と爆破が牽制代わりになったのか。軍事用アンドロイドは戦術の基礎に則り、体勢を立て直すことを選択したらしい。
『一旦合流しましょ。イツキの実体を隠したホールに向かって』
「了解です」
メイの提案を受け入れて、私は立ち昇る火柱と黒煙を背に、講堂を目指した。
メイが援護してくれたとなると、電脳空間の問題は解決したはず。もう危険を冒して、軍事用アンドロイドを撃破する必要はない。菊理さんに増援を頼んで時間稼ぎに徹しよう。メイと平坂さんの協力があるなら、それくらいは余裕だ。
――……本当に?
得体の知れない違和感から目を逸らして、ホールに踏み込む。
すぐに平坂さんと再会を果たした。
「平坂さん! 良かった、ご無事でしたか」
「…………」
椅子や資材を黙々と運び、バリケードを積み上げていく平坂さん。その足元には私が軽装甲車に追い立てられた際、泣く泣く手放した対物狙撃銃が転がっていた。
体格と膂力に恵まれない者でも、座射による正確な狙撃が可能な特注品だ。
威力や精度は折り紙付き。例え頑強な軍事用アンドロイドが相手でも、関節部なら傷めることが可能だろう。
「先ほどの援護射撃は平坂さんが?」
『イツキが狙撃銃なんて使えるはずないじゃない。あたしがやったのよ』
メイの声が響く携帯電話型端末を、平坂さんが指で叩く。
『悪いけど、自分の姿を描写させる余力も惜しいから。このまま話すわね』
「それはむしろ望むところですが……。……平坂さん?」
徹底して無言を貫く彼の態度を訝しみ、呼びかける。
「…………」
平坂さんは瞳を虚ろに揺らす以外、一切の反応を示さない。
まるで夢遊病者だ。第三者の意識が平坂樹の実体を操っているようにも思えて――ふと、私の脳裏を双頭蛇の影がよぎった。
「……メイ。これは……どういう、ことですか?」
イヤな予感に衝き動かされ、震える声でメイを問い質す。
彼女は何でもないことのように、淡々と答えた。
『例の封印は維持されてるわよ。あとはご覧の通り。
……イツキの魂は電脳空間の戦場を離れていない。接続経路は確保したから無線に切り替えてるけど、今も水無瀬と交戦中。
支援機構が沈黙し機械の利点を失った、木偶人形同然の機体で……ね』
それが何のためかは、聞くまでもないことだ。
白波萌は一年前と同じく、誰かを身代わりに生き恥を晒そうとしている。
≠ ≠ ≠
「平坂樹、貴様はバカだ」
苛烈な攻め手を急に休めて、水無瀬が吐き捨てた。
「だが、ただのバカじゃない。例えばニグレードの扱い。神経系の不具合以前に、普通は体格差で躓く。センスの乏しい初心者は、歩行もままならないのに……」
「はぁ……?」
緊張の糸が緩み、俺は我知らず間の抜けた声を上げてしまう。
正直、水無瀬の意図を考えるのも億劫だった。こちとら精神的にグロッキーで、お喋りを楽しむような余裕はない。
……でも、そんな我侭を言えるような状況でもないか。
俺は気をとり直すと、じりじり後退しながら懸命に軽口を搾り出した。
「多趣味でね。特に受験シーズンまでは、スポーツメインで手当たり次第に楽しんだ。おかげで運動神経やバランス感覚は言わずもがな、適応力や模倣の技術も向上したよ。例え生身じゃなくたって、人間を模した体躯の扱いならお手のものさ」
「そんな単純な理由を信じろと言うのか……」
謎の疑いを懐く水無瀬。
でも本音は別にあるのか、すぐに話題を打ち切った。
「……まぁいい。貴様が何を隠していようと、僕の勝利は揺るがない」
「それはどうかな?」
などと、俺も思わせぶりに返答してみたが、虚勢であることは隠し通せまい。
メイたちの上司から数分前に届いた、一通のメールを思い出す。
そこには輸送ヘリに軽装甲車という、敵戦力の最新情報が記されていた。白波さんの安否が問題視されて、俺とメイは即座に手を打ち……結果は推して知るべし。
水無瀬が両機を見比べて、嘲笑混じりに告げた。
「この状況下で強がりを吐ける根性は大したものだが、そんな姿じゃね」
余裕綽々の水無瀬動かす《HIRUKO》が無傷なのに対して、俺の機体は斬痕と溶解でボロボロ。わずか数分でこれだ。変調は誰の目にも明らかだろう。
「実体保護プログラム――《カドゥケウス》とやらを使ってるんだろう?」
「……よくご存知で」
誤魔化せないことを悟って、俺は水無瀬の推理を苦々しく肯定した。
メイから聞いた話になるが、新型端末は最先端科学技術と最高位呪術の合作らしい。サイズ縮小や無線接続といったハードの進化に伴い、ソフトの面でも充溢していた。話題に上がった《カドゥケウス》は、新型ならではの特殊プログラムだ。起動が承認されると、AI及びIAIは端末使用者の実体をリモート可能になる。
「メイ曰く『呪的要素の絡むプログラムで、秘匿レベルも高い』はずなのに」
「ああ。僕も新型端末の予備を奪うまでは知らなかったさ」
当然といえば当然の答えか。
対応端末がなきゃ、人間は呪式電脳戦を決行できない。そして、持ち運び可能な端末は、サイズが縮小された新型のみ。
水無瀬真昼は、俺と同じで新型端末を利用している。
俺が納得した次の瞬間、水無瀬が不意打ち気味に吶喊を仕掛けてきた。
「まさか、あんな欠陥プログラムを起動させるとは……舐められたものだッ!」
「よく言うぜ。舐めてるのは、そっちの方だろ!」
悪態を吐きながらも、俺は交戦の意思を放棄して踵を返す。
――実際、《カドゥケウス》は看過し難い多くの問題を抱えていた。
特に致命的なのは、分担操作が鍵となるニグレード併用時に、端末使用者に機体の全権が委ねられてしまうこと。
脚力のみで遁走する俺を執拗に追い回し、水無瀬がため息を吐いた。
「鬼ごっこなら、支援武装抜きでも勝負になると?
やっぱり舐めてるのは貴様の方だよ!」
転瞬、《HIRUKO》の数少ない支援武装が起動した。必要最低限の加速を発揮して一足飛びに距離を詰めてくる。
それでも、まだ大剣の間合いには遠いはずだが――。
なんと《HIRUKO》は武器を持ち替えていた。
神聖な輝きを放つ純白の戦斧槍。これを、俺が肩越しに確認するや否や「武装セット――虚数干渉装置/アマヌマノホコ」と、抑揚に乏しいネイエンの声が。
「喰らえ!」
続けて水無瀬が叫び、戦斧槍を振り下ろす。
斧刃は、際どいところで自機に届かない。虚しく床を叩いた。よほど鈍らなのか、斬痕は刻まれず、軽い凹みが生じただけ。
しかし、戦斧槍の真価は切れ味以外にあるらしい。
床の凹みを起点に景色が歪んだ。
「何だこれ!?」
しみのように広がる歪みが、自機の足元にまで到達。
何が起きるより早く、俺は底知れぬ悪寒に襲われた。半ば条件反射的に側転を行い、歪みの範囲外まで緊急避難を試みる。
直後、自機の元居た付近の床が十数メートルも隆起した!?
「ハハッ、上手く避けたじゃないか! それなら次はどうだ!?」
水無瀬が高笑いをかまして駆け寄り、天井近くまで伸長した柱を戦斧槍で叩く。
斧刃との接触地点を中心に、再び生じた謎の歪み。それは、おそらく柱の構成情報を書き換え――枝分かれを生んだ。
「マジかよっ!?」
今度は躱せない。勢いよく真横に伸びた柱が、自機の脇腹を強かに打ち据える。
俺は押し出された形でたたらを踏みながら、慌てて被害を確認した。
細々としたパーツが衝撃で歪んだものの、戦闘には支障無し。痛みも皆無だ。痛覚の偏りは設定通りに機能している。
……そうだ。支援武装こそ沈黙中だが、メイと平坂樹は今も繋がっている。
無様は晒せない。敗北など、もっての外だ。例え、多種多彩な重圧を背負っての慣れない死闘に、心が悲鳴を上げているとしても!
簡単に屈してたまるか!!




