【物語の外側Ⅰ─Ⅱ】─ページを閉じないでください──読み込まれたあなたと、被造物の騎士─
(※短編として公開していた作品を長編として統合しました※)
本作は、現実の出来事をきっかけに生まれた物語──フィクションです。
ただ、現実の警告と、物語の中で起こる不思議な出来事。その境界が、もし少しずつ曖昧になっていったら――。
どうぞ、ページを開く前にひと呼吸。
そして、物語の内側へお進みください。
※不審な表示が出ても、慌ててボタンを押したり、案内されたアプリをインストールしたり、個人情報を入力したりしないこと。公式のお知らせを確認し、必要に応じてブラウザやページを閉じるなど、落ち着いて対処することが大切です。※m(_ _)m
【物語の外側Ⅰ】
─ページを閉じないでください─
◇◇◇
その日、私はいつものように、小説を読んでいた。
──見知らぬ世界を旅する騎士。
魔物に襲われる村。
最後の一文を読み終えたところで、画面が切り替わった。
『お使いの端末で盗聴を検出しました』
――は?
思わず指が止まる。
『デバイスのファイルチェックを実行してください』
画面には、赤い警告と、やけに親切そうなボタンが並んでいた。
盗聴?
誰が?
何を?
心臓が嫌な音を立て始める。
私はボタンに触れかけて、指を止めた。
──そのとき、ふと思い出した。
少し前にも、似たような画面が出たことがある。
あのときは、ウイルスに感染したのかと思って慌てて閉じた。
結局、何事もなかったので忘れていた。
──今回も、そうなのだろうか?
私は画面を閉じた。
そして、何事もなかったように小説へ戻った。
──物語は、先ほどの続きから始まった。
騎士は、誰もいない部屋で足を止めていた。
『誰かいるのか』
私は思わず、画面を見つめた。
もちろん、偶然だ。
私じゃない。
作者が書いた物語だ。
私とは何の関係もない。
そう思いながら続きを読む。
『そこにいるのは、わかっている』
騎士が、ゆっくりと振り返る。
『ずっと、こちらを見ていただろう』
指先が冷たくなった。
馬鹿馬鹿しい。
たかが、小説で不安にさせられるなんて──。
そう思って、私は小説を閉じた。
スマートフォンの画面が暗くなる。
そこに映った自分の顔を見て、ようやく息を吐いた。
──ただの広告だ。
──ただの、悪質な広告。
そう自分に言い聞かせた、その瞬間。
画面が、ひとりでに明るくなった。
通知はなかった。
アプリも開いていない。
私の指はここにある。
黒い画面の中央に、白い文字が浮かんでいた。
『ページを閉じないでください』
私は、スマートフォンを放り投げた。
床に落ちた端末は、何事もなかったように沈黙している。
しばらくしてから恐る恐る拾い上げ、電源を入れた。
──それから私は、公式のお知らせを読んだ。
『そこには、突然別のサイトへ移動させられたり、盗聴を検出したという偽の警告が表示されたりする現象について書かれていた。』
原因は、広告の可能性があるという。
『ボタンを押さないこと。』
『アプリをインストールしないこと。』
『個人情報を入力しないこと。』
『ページを閉じること。』
私は、何度もその文章を読み返した。
──そうだ。
何もしていない。
何も押していない。
──だから、大丈夫。
その夜、私は小説を読まなかった。
翌朝、いつものようにサイトを開くと、運営からのお知らせが更新されていた。
『広告への対策を進めていること。』
『原因と思われる広告をブロックしていること。』
『それでも、同じ現象が再び発生する可能性があること。』
私は、ひとつ息を吐いた。
誰かが調べてくれている。
対策も進んでいる。
──それなら、もう大丈夫だろう。
そう思ったとき、更新されたお知らせの末尾に、見覚えのない一文があることに気づいた。
『ご利用の皆様には、ご不便とご迷惑をおかけしておりますこと、心よりお詫び申し上げます』
その下。
投稿者名のさらに下。
ページのいちばん最後に。
小さな文字が、一行だけ。
『次の記事 >』
私は、そこから目を離せなかった。
昨日まで、そこにはなかったはずなのに。
その文字の下で、画面がゆっくりと切り替わった。
『あなたの物語を、読み込みました』
――今度は、私の番だった。
【物語の外側Ⅱ】
─読み込まれたあなたと、被造物の騎士─
◇◇◇
──彼女から、感想が届かなくなった。
私が書いた騎士の物語を、彼女は毎回のように読んでくれていた。
ときには感想を。
ときにはメッセージを。
早ければ投稿から一時間以内に、彼女からの便りが来た。
彼女は、私自身が見落としていたものまで、読み取ってくれる人だった。
登場人物の何気ない仕草から、その胸の内を想像してくれた。
私が何気なく置いた一文に、思いがけない意味を見つけてくれた。
物語の展開について語り合い、登場人物の選択に悩み、私が書いた一文の意味を、共に想ってくれる、もうひとりの作者。
彼女とのやり取りは、いつしか執筆の一部になっていた。
だから、連絡が途絶えたことが気になった。
──忙しいのだろうか。
──体調を崩したのだろうか。
──何か、嫌な思いをさせてしまったのだろうか。
考えても、答えは出なかった。
そんな折、私のもとに一通のメッセージが届いた。
『アカウントの状態に問題があります』
──運営からの連絡を思わせる文面と、外部サイトへ誘導するURL。
私は、すぐに閉じた。
先日、公式から注意喚起が出ていたばかりだ。
『不審なURLにはアクセスしない。』
『返信もしない。』
『個人情報も入力しない。』
わかっている。
──わかっているのに。
彼女も、何かに巻き込まれたのではないか。
そんな考えが、胸の奥に小さな棘のように残っていた。
◇◇◇
──最後に彼女と交わしたメッセージは、執筆がうまくいかない夜のことだった。
『すみません。少し更新が空きそうです』
私は、そんな短い言葉を送っていた。
頭の中には物語がある。
登場人物も、結末も、そこへ至る道筋も見えている。
──それなのに、文章にならない。
一文を書いては消し、段落を直しては戻し、気づけば何時間も同じ場面を睨んでいた。
──書きたいのに、書けない。
書けない自分が嫌になり、嫌になるほど、ますます書けなくなる。
そんな夜だった。
──彼女から返信が届いた。
『謝らなくていいんですよ』
──続けて、もう一通。
『物語の中の騎士だって、いつも剣を振るっているわけではないでしょう? 立ち止まる時間も、迷う時間も、きっと必要なんだと思います』
私は、画面を見つめた。
『それに、私は続きを待っていますけど、更新を待つことと、更新を急かすことは違いますから』
その言葉に、胸の奥が緩んだ。
私は、書けないことを謝りたかったのではない。
待ってくれている人を、失望させるのが怖かったのだ。
『……ありがとうございます』
そう潤む画面に返すと、彼女からすぐに返信が来た。
『いつか続きを読ませてください。そのときは、また一緒に悩ませてくださいね』
私は、その夜、久しぶりにノートパソコンを閉じて眠った。
──翌朝、少しだけ文章が書けた。
◇◇◇
──彼女もまた、ときどき自分の苦しさを話してくれた。
『仕事で疲れたこと。』
『誰かの言葉に傷ついたこと。』
『自分の気持ちを説明しようとするほど、うまく伝えられなくなること。』
彼女は、自分のことを語るのが得意ではなかった。
だから私は、彼女の言葉を急いで結論にしないようにした。
『うまく言えないのですが、なんだか、ずっと息が詰まっているんです』
そんなメッセージが届いた夜。
私は、しばらく考えてから返信した。
『息が詰まるときに、無理に答えを出さなくてもいいと思います』
『ただ、苦しいと感じていることまで、なかったことにしないでください』
──少し間が空いて、彼女から返事が届いた。
『……その言葉、今の私には、すごくありがたいです』
それ以上、彼女は何も書かなかった。
私は、追及しなかった。
──言葉にできないことを、言葉にするまで待つ。
それもまた、誰かの言葉を受け取るということなのだろう。
──それから私たちは、少しずつ互いのことを話すようになった。
『好きな本。』
『苦手なもの。』
『物語を書くときに考えていること。』
──そして、いつか。
『もし、ご迷惑でなければ、いつかオフ会なんてどうでしょう?』
私がそう送ると、彼女から、しばらく返信がなかった。
やがて届いたのは、短い言葉だった。
『……会ってみたいです』
その下に、もう一文。
『画面の向こう側にいるあなたが、どんな顔であの騎士を書いているのか、ちょっと気になります』
私は笑った。
『たぶん、締め切り前の騎士より情けない顔をしていますよ』
『では、騎士のほうが格好いいかもしれませんね』
『作者の立場がありません』
そんなやり取りを、私は何度も読み返した。
その少しあと、彼女はこんなことも言っていた。
『いつか、この騎士が本屋さんの棚に並んでいたら、私、きっと真っ先に探しに行きます』
『そのときは、感想欄じゃなくて、作者さんに直接「おめでとうございます」って言いたいです』
私は、笑いながら返信した。
『その前に、まずは完結させないといけませんね』
『では、完結したら、次は書籍化ですね』
『ずいぶん気が早いですね』
『夢を見るのは自由ですから』
彼女は、そう言って笑った。
──いつか会える。
いつか、彼女が本屋で私の本を見つける日が来るかもしれない。
その未来を想像することが、嬉しかった。
だからこそ。
彼女からの連絡が途絶えたことが、どうしても気になった。
◇◇◇
──その夜、ノートパソコンで執筆していると、突然、部屋の固定電話が鳴った。
滅多に鳴らない電話だった。
ディスプレイには、見覚えのない番号が表示されていた。
私は受話器を取らなかった。
呼び出し音が止まる。
直後、ノートパソコンの画面に通知が現れた。
『彼女を探していますか?』
──息が止まった。
メッセージの送信者名は空白だった。
『彼女は、あなたの物語を読んでいました』
私は、画面を閉じようとした。
けれど、その下に、もう一文が浮かんだ。
『あなたも、彼女の言葉を読んでいました』
──だから、何だ。
彼女とのやり取りは、私にとって大切なものだった。
けれど、それは私たちが互いに選び、交わしてきた言葉だ。
知らない誰かに、勝手に利用されていいものではない。
私は、通知を閉じた。
『不審なURLには触れない。』
『返信もしない。』
『公式のお知らせを確認する。』
──現実に対して、できることをする。
それが、今の私にできることだった。
──そのはずだった。
ノートパソコンの画面が、ひとりでに切り替わった。
執筆中の小説が表示されている。
騎士が、暗い部屋の中で立ち止まっていた。
『誰かいるのか』
私が書いた台詞だった。
けれど、次の一文は、書いた覚えがなかった。
『──彼女を、返してもらおう』
私は、椅子から立ち上がった。
画面の中で、騎士が顔を上げる。
『黒い鎧。』
『傷だらけの剣。』
『何度倒れても、誰かを守るために立ち上がる男。』
──私が生み出した、物語の主人公。
『お前は、彼女の言葉を読んだ』
騎士が言った。
『彼女は、お前の物語を読んだ』
『それが、なぜ悪い』
画面の奥で、何かが蠢いた。
──文字のようなもの。
──無数の断片。
誰かの言葉を切り取り、並べ替え、別の意味を与える、顔のない影。
影は、私たちのメッセージを読み上げた。
『いつか、会ってみたいです』
『続きを待っています』
『無理に答えを出さなくてもいいと思います』
ひとつひとつは、何の変哲もない言葉だった。
けれど、影はそれらをつなぎ合わせ、私たちが交わした信頼を、まるで自分の所有物であるかのように扱っていた。
『お前たちの言葉は、すべてここにある』
影が笑った。
『お前たちが書いたものは、すべて読める』
騎士は剣を抜いた。
『読めることと、奪えることは違う』
その言葉と同時に、画面が白く弾けた。
私は、思わず目を閉じた。
◇◇◇
──気づくと、私は見知らぬ場所に立っていた。
壁も、床も、天井もない。
ただ、無数の文字が浮かんでいた。
『私が書いた小説。』
『彼女が送ってくれた感想。』
『何気ないメッセージ。』
『書けずに苦しんだ夜に、彼女がくれた言葉。』
──すべてが、宙に浮かんでいた。
そして、その中央に。
──彼女がいた。
「……見つけた」
私が呟くと、彼女が顔を上げた。
「どうして、ここに……?」
「わかりません……」
彼女は、困ったように笑った。
「気づいたら、知らない画面に閉じ込められていて。何をしても、同じ文章に戻ってしまうんです」
彼女の周囲には、文字でできた檻があった。
私たちが交わした言葉が、一本一本の格子になっている。
大切にしていたはずの言葉が、彼女を閉じ込めていた。
「ごめんなさい」
彼女が俯いた。
「私、あなたの言葉をたくさん読んだから……」
「違う」
私は、すぐに首を振った。
「あなたが読んでくれたから、私は書き続けられたんです」
彼女が顔を上げた。
「書けない夜も、もうやめようと思った日も、あなたの言葉があったから、もう一度書こうと思えた」
私は、檻に手を伸ばした。
「あなたが悪いんじゃない」
指先が格子に触れた瞬間、鋭い痛みが走った。
文字が、私の手に絡みつく。
『お前も、ここに残れ』
影の声が響いた。
『お前が書いた物語だろう?』
──そうだ。
ここにあるものは、私が書いたものだ。
私が生み出した言葉だ。
──けれど。
「……だからって、何でもしていいわけじゃない」
私は、歯を食いしばった。
「物語は、誰かを閉じ込めるために書いたんじゃない」
そのとき、背後から声がした。
『そのとおりだ』
振り返ると、騎士が立っていた。
黒い鎧に身を包み、剣を携えた、あの騎士。
──私が何度も書き直し、悩み、ようやく命を吹き込んだ男だった。
『作者よ』
騎士は私を見た。
『お前は、私に何を託した?』
「誰かを──守ることを」
『ならば、見届けろ』
騎士は剣を構えた。
『お前の物語が、誰かを救うところを』
『被造物ごときに、何ができる』
影が襲いかかってきた。
無数の文字が渦を巻き、私たちを飲み込もうとする。
騎士は剣を振るった。
文字が散り、檻の一部が崩れた。
──けれど、影はすぐに形を取り戻した。
『無駄だ』
『お前たちの言葉がある限り、私は何度でも蘇る』
影の嘲笑が、文字の檻に反響した。
黒い騎士は、剣を下ろした。
その姿を見て、私は息を呑んだ。
──まさか、諦めたのか?
隣で、彼女も不安そうに騎士を見つめていた。
このままでは、彼女を連れて帰れない。
それどころか、私までここに囚われるかもしれない。
『彼女との約束も。』
『書きかけの物語も。』
『彼女の言葉に支えられて、もう一度書こうと思えた日々も。』
──すべてが、ここで奪われてしまう。
騎士は、俯いていた。
やがて、剣の柄を握る手が、わずかに震えた。
そして──。
にやり、と笑った。
それは、敗北を受け入れた者の顔ではなかった。
追い詰められた狩人が、ようやく獲物の弱点を見つけたときの笑みだった。
『……なるほど。お前は、言葉の数だけ蘇るのか』
騎士は、ゆっくりと顔を上げた。
『ならば、何度でも聞かせてやろう』
その目が、私を射抜いた。
『作者よ。お前は、彼女に何を伝えたい?』
私は、彼女に向き直った。
「あなたが送ってくれた言葉を、私は覚えています」
彼女は、黙って聞いていた。
「書けないとき、あなたは急かさなかった。苦しいとき、無理に答えを求めなかった」
──ひとつ、格子が消えた。
「あなたは、私の物語を読んでくれた。でも、私の書いた物語だけが、あなたのすべてではない」
──もうひとつ、格子が消えた。
「あなたには、あなたの人生がある。私には、私の人生がある」
──文字の檻が、軋んだ。
「それでも、いつか会おうって約束したことを、私は忘れていません」
──彼女の目に、涙が浮かんだ。
「……私もです」
──彼女は、震える声で言った。
「あなたの物語が好きです。でも、それだけじゃないんです」
──彼女は、檻の隙間から手を伸ばした。
「あなたが書けなくて苦しんでいたことも、私の言葉を受け止めてくれたことも……私は、忘れたくない」
──影が、彼女の声を真似た。
『続きを待っています』
『いつか、会ってみたいです』
『あなたの物語が好きです』
──文字の格子が、再び彼女の腕に絡みついた。
『ほら、見ろ! お前たちの言葉は、私のものだ!』
──彼女は、目を閉じた。
それから、ゆっくりと顔を上げた。
「違います」
小さな声だった。
けれど、その声は、不思議なほどはっきりと響いた。
「私は、続きを待っていました。でも、それはあなたを縛りたかったからじゃありません」
彼女は、絡みつく文字を見つめた。
「読みたいと思ったから。あなたが書きたいと思う限り、その続きを読めたら嬉しいと思ったからです」
一本の格子が、砕けた。
「会いたいと思ったのも、あなたを自分の思いどおりにしたかったからじゃありません」
もう一本。
「画面の向こうにいるあなたと、いつか同じ場所でお話ししてみたかった。それだけです」
彼女は、私に向かって手を伸ばした。
「私の言葉の意味は、私が決めます」
最後の格子が、音もなく砕けた。
影が悲鳴を上げた。
『やめろ!』
『お前たちの言葉は、私のものだ!』
騎士は、剣を掲げた。
『違う』
その刃に、淡い光が宿る。
『言葉は、誰かの心に届くためにある』
『奪うためではない』
剣が振り下ろされた。
影は、無数の文字となって崩れ落ちた。
その文字は、風に溶けるように消えていった。
最後まで何かを叫んでいたように見えた。
けれど、その声は、もう私たちには届かなかった。
◇◇◇
──静寂が戻った。
私は、彼女の手を取った。
「帰りましょう」
彼女は頷いた。
騎士が、私たちの前に立つ。
『さて、作者よ』
「……何でしょう?」
『彼女を迎えに来たのは、お前だけではない』
騎士は、彼女に手を差し伸べた。
『私の世界へ来ないか。お前が望むなら、私はいつでも、お前を守ろう』
「ちょ、ちょっと待ってください!」
思わず声が出た。
「彼女は現実の人間です! あなたの世界に連れていくわけにはいきません!」
『ならば、お前が彼女を守れるのか?』
「そ、それは……」
『彼女が苦しんでいるとき、いつでもそばにいられたのか?』
「……いません」
『ならば、私のほうが適任ではないか?』
「いやいやいや! そもそも、あなたは私が書いた登場人物でしょう!?」
『だから何だ?』
彼女が、とうとう吹き出した。
「……ふふっ。おふたりとも、私の意思を聞いてくださいます?」
私と騎士は、同時に黙った。
「私は、いつか作者さんに会いたいです。それに、騎士様のことも、もう少し知ってみたいです」
『聞いたか、作者よ』
「聞きましたよ!」
『つまり、私にも可能性があるということだ』
「そういう意味ではないでしょう!?」
彼女は、また笑った。
──その笑顔を見て、私はようやく思い出した。
私が物語を書き始めた理由。
誰かに称賛されたかったからでも、特別な存在になりたかったからでもない。
──自分の言葉を、誰かに届けたかったからだ。
そして、今。
私の言葉が生んだ騎士と、私の言葉を読んでくれた彼女が、目の前にいる。
「……帰りましょう。三人で」
『異論はない』
騎士が答えた。
◇◇◇
──目を開けると、私は自室のノートパソコンの前にいた。
画面には、執筆中の小説が表示されていた。
──夢だったのだろうか。
そう思ったとき、メッセージの通知が届いた。
彼女からだった。
『お久しぶりです。ご心配をおかけしていたら、ごめんなさい』
私は、すぐに返信した。
『無事でよかったです。いつかの約束、覚えていますか?』
『もちろんです』
──少し間を置いて、彼女から続けてメッセージが届いた。
『いつか、あなたの本が本屋さんに並ぶ日が来たら、真っ先に探しに行きますね』
私は、画面を見つめた。
その下に、見覚えのない一文が浮かんだ。
『作者よ。約束を忘れるな』
……まったく。
どうやら、騎士もまだ諦めていないらしい。
私は、苦笑しながら新しい原稿を開いた。
書籍化なんて、今の私には遠い夢だ。
それでも、書き続けることならできる。
いつか、彼女が本屋の棚で私の本を見つける日を思い描きながら。
私は、次の一文を書き始めた。
◇◇◇
──それから、しばらくして。
とある街の、とある書店。
新刊の並ぶ棚に、一冊の文庫本が置かれていた。
表紙には、黒い鎧をまとった騎士。
傷だらけの剣を構え、魔王のような影と対峙している。
その背後には、光るペンを掲げた二人の女性の姿があった。
二人の顔は見えない。
──けれど、それぞれの手から伸びる光は、騎士の背中を照らしていた。
表紙に記されたタイトル。
『物語の外側』
ひとりの女性が、棚の前で足を止めた。
彼女は、そっと手を伸ばし、一冊の本を手に取った。
表紙を見つめる。
それから、指先でタイトルをなぞった。
ページを開く。
最初の一文を読んだ彼女の口元が、ゆっくりとほころんだ。
──そのとき。
表紙の騎士が、ほんのわずかに笑った。
黒い兜の下、口元に浮かぶ不敵な笑み。
まるで、ずっと待っていた人に、ようやく出会えたかのように。
彼女は、本を胸元に抱いた。
「……見つけました」
誰に聞かせるでもなく、そう呟いて。
彼女は、もう一度、表紙を見つめた。
──物語の外側で、誰かが新しい物語に出会った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。m(_ _)m
この物語は、Webサイトでの不審な広告表示や、運営を装ったメッセージなど、現実に起こり得る出来事をきっかけに生まれました。
物語を書くうえで、現実の不安や恐怖を題材にすることには、少し迷いもありました。
けれど、インターネットの向こう側には、誰かの言葉を楽しみにしている人がいて、その言葉を届けようとする人がいます。
──感想を送り、続きを待ち、書けない夜には励まし合う。
そんな何気ないやり取りが、誰かにとって大切なものになることもあるのだと思います。
だからこそ、その信頼を利用し、言葉を切り取り、別の意味に変えてしまうものがあるとしたら――それは、怖いことです。
言葉を読むことと、言葉を奪うことは違う。
今回のお話には、そんな思いも込めました。
なお、現実のインターネット上で不審な警告やメッセージを見かけた際は、表示された案内を安易に信用せず、公式サイトや公式のお知らせから確認することをおすすめします。
物語は、怖がるためだけにあるのではなく、誰かの心に何かを届けるためにもある。
この作品も、そんな物語のひとつになれたら嬉しく思います。
最後までお付き合いいただたら幸いです。(*人´ω`*)




