第三話 幽玄の断絶(中編)
1. メディアの盾
「井森さん、あなたの言っていることは、もはやただの妄想だ。この神聖な場所を、これ以上汚さないでいただきたい」
輝明は、自らの武器である「発信力」を盾に、冷徹に言い放った。彼は即座にスマートフォンを操作し、ネットの世界に毒を撒いた。警察の不当捜査を嘆く彼の投稿は、数分後には数万の共鳴を生み、井森を糾弾する叫びへと変わっていく。
しかし、井森は動じなかった。相変わらず、隅々まで分析しているようにじっくり見ている。
「いやぁ、現代の『面』というのは、スマートフォンの画面のことなんですな。顔を隠さずとも、自分を偽ることができる……」
2. 完璧なアリバイと「歩法」
輝明には、鉄壁のアリバイがあった。事件推定時刻、彼はテレビ局の煌々と輝くスタジオで、特番の打ち合わせを行っていた。複数の証人が、彼の存在を断言している。
井森は、タブレットに映し出された防犯カメラの映像を輝明の前に突きつけた。そこには、スタジオの廊下を歩く輝明の姿があった。
「テレビ局の皆さんは、あなたがいたと言っています。……でも、不思議なんです。この映像のあなた、あまりにも足音が『死んでいる』。スリッパを履いているのに、床から足が離れない。……能楽師が舞台を滑る時の『摺り足』。その癖が、あまりにも完璧すぎる」
井森は、映像を拡大し、輝明の喉元を指差した。
「この人物、実はあなたではない。体型が似た弟子の一人に、あなたの面を被らせた『影法師』だ。そして、受付のモニターに映った本物のあなたの喉元には、微かな『赤い斑点』が見えた。……舞台下の塗料が跳ねた、消えない血のような斑点がね」
3. 法医学の盲点
「馬鹿馬鹿しい。そんな変装、プロが見れば一目でわかる」
「ええ、普通ならね。しかし、能楽師のあなたなら、人にあらざるものを演じる術を知っている。……だが、人間の肉体は、死してもなお真実を語り続ける。お父様の胃に残っていたのは、最後に出されたお粥でした。消化の進行状況が示す死亡時刻は、あなたが局に到着する前の、あの静寂の時間と一致するんですよ」
輝明の表情が、能面の「泥眼」のように、冷たく、白く固定された。井森の言葉は、まるで逃れられぬ呪文のように、輝明の周囲に結界を張り巡らせていく。




