リスティの想い
ドーム新宿。
エイスの家。作業工房の一室。
「お邪魔します。嵐の妻のリスティと申します」
ババーン。という効果音が響いた気がした。
嵐の妻、リスティがエイスの家に来た。
嵐とエイスとウィンター・フラウがお茶をしている真っ最中の作業工房に来た。
リスティは外出用のおしゃれ着に身を包み、貴婦人といった出で立ち、立ち居振る舞いをしている。
「い、いらっしゃいませー」
エイスが立ち上がり、両手を広げ、家主として歓待を表明する。
ウィンター・フラウはリスティの気配を察しただけで真っ青になり、無言で平伏した。
「――よく来たなリスティ。一杯飲むか?」
嵐は返事を聞かずに新しい茶碗に抹茶を入れてお茶をたてた。
「嵐ちゃん、ここにいたのね」
小柄なリスティの隣に背の高いメイドが立つ。
長いウェーブの黒髪、クラシカルなスカートの長いメイド服。
この人物こそ、エイスの家のメイド長であり、嵐のおふくろ。
女神のような風格のある、妙齢の女性。
「あ、ショウコさん。おかえりなさいー」
エイスが挨拶する。
ショウコと呼ばれた女性はスカートの裾をつまんで挨拶した。
「嵐とリスティの母、ショウコです」
ショウコはかしこまって挨拶をする。
「はいー」
エイスは軽く受け流す。
「今朝ぶりだなおふくろ。リスティを車で乗せてきたのか」
嵐は茶席に座ったままだ。
「メ、メイド長……そちらの方は地球の姫では……」
ウィンター・フラウが平伏したまま声を絞り出す。
「もう下がっていいわよ。あとは私がやるわ」
ショウコがウィンター・フラウに声をかける。
ウィンター・フラウは脱兎のごとくドアに向かい、一礼して部屋から逃げ出した。
「あなた」
「リスティ」
嵐とリスティが口を開く。
「喧嘩に行くのでしょう。行くなら早く行きましょう」
リスティが扇子を開いて口を覆い、嬉しそうに言った。
わくわくしているのが態度でわかる。
「天空城は動かさないのだろう? エイスから車を借りた」
嵐が茶碗をまわす。
「そう。準備がいいのね」
リスティが瀟洒に茶席に座り、抹茶を受け取る。
「でも、呼ばれているのはあなただけではないのでしょう?」
リスティお茶を回しつつ、嵐を見つめる。
「バトラ――スレイヤーはシフトがあってな。三日後くらいまでバイトで動けん」
嵐は腰から外していた聖剣を見る。
聖剣は、茶席から離れた場所に置かれていた。
「私はそれを待っていた」
「そうなの」
リスティの脳裏に浮かぶのは、今朝の風景。
十時のおやつにホットドックとコーヒーで休憩をしていた嵐の様子だった。
「ねえ」
リスティが目を閉じ、静かな声で聖剣に声をかける。
思念の波を飛ばしているようにも見える。
『なにかしら……? 嵐ではないわね。地球の姫?』
聖剣からスレイヤーの声が響いた。
スピーカー機能のあるスマホのように。
『いまバイトよ……で、ですわ。話は聞いている……ます。でも、三日後までバイトのシフトを入れてるから、喧嘩に行くのは、その後にして……くださいまし?』
慣れない敬語でスレイヤーがリスティに敬意を表す。
「わかったわ」
リスティが頷く。
「私たち、先に旅に出てるから、あとで嵐に召喚させるわ。予定を開けておいてね」
リスティが聖剣に話しかける。
『む……私もドームの外の風景を楽しみにしていたの……よ。通るのでしょう? 北の大陸を。私は北の方の出身なので』
「御免なさいね。でも、きっと間に合うわよ。遠いもの」
『それなら……いいですわ。後で呼んでくだされば』
聖剣から声が途切れ、通話が終了する。作業工房がシーンと静かになる。
「これですぐにでも出発できるわね」
リスティが嵐に言った。
「エイス、車は――」
「用意できてますよー。中庭のほうに待機させています」
エイスが笑顔で親指を立てる。
「あとは――そうね」
嵐の点てた抹茶を頂いたリスティが立ち上がる。
「あなた、ここの地下にいるロボットからお使いを頼まれたわね?」
リスティが嵐に尋ねた。
そしてリスティはエイスを見る。その後、地下の方向に視線を向ける。
「ああ――エイスの口を借りて喋ってた奴か。頼まれはしたが、引き受けるとは一言も返事していないぞ」
嵐が落ち着いて答える。
確かに嵐はソードパーツ、シールドパーツ、アーマーパーツの回収を頼まれたが、引き受けたり断るといった返事を一切していない。
「そう。保留しているのね?」
「それ以前に――人の体を借りて喋る奴は信用ならん」
嵐がきっぱり言い放った。
「エイス、貴方は大丈夫なの? 勝手に操られてない?」
リスティがエイスを気遣う。エイスの頬に手を伸ばそうとしたので、エイスは慌てて答えた。
「だ、大丈夫です! 地下のロボットが僕の口で喋ることはたまにあるんですよ! 僕が育って教育を受けた場所ですし! ごくたまに!」
そこにショウコがエイスをかばう。
「地下のヘクサゴンがエイスちゃんの体を勝手に使わないように、合意があるときだけにするよう、ちゃーんと言い聞かせてます」
「マザーが言うなら、大丈夫ね」
リスティは嵐がおふくろと呼ぶショウコをマザーと呼んだ。
誰もそれに突っ込まない。
リスティはエイスに触れようとしていた手を下げた。
エイスがホッとする。
「勝手にエイスの体を乗っ取っているなら、私がぐーで破壊してやるところだったわ」
「それはやめて下さいー。ドーム新宿が停電になってしまいますー」
エイスが冷や汗を流す。
「あら? 私が見た所、この街には、あとひとつか二つくらいは、あのロボットが無くなっても電力を供給する用意があるようだけど」
「ありますけどー。予備はあまり使いたくないのでー」
ドーム新宿の最高機密をあっさり看破されたエイスがガチビビリする。
「リスティ」
嵐が茶席から立ち上がる。
「私……とスレイヤーが売られて、私が買った喧嘩だ。スレイヤーのシフトが開けたら、二人でさっと行って、さっと帰ってくるつもりだったのだが――」
嵐の目算では、音速でダッシュすれば一日くらいで往復できる距離だった。
なので、スレイヤーのシフトが終わったらさっと行ってさっと帰ってくるつもりだった。
「相談してほしかったわ。だってドームの外、とても楽しそうだったから。行くなら私も行きたいもの」
リスティは可愛く口をとがらせた。
すごく可愛い仕草。
嵐はリスティの様子を見て、照れ隠しなのか、いつもの黒い帽子を被った。
「――わかった。ならば一緒に行くか」
嵐が作業工房の外に出ようとする。
リスティは無言で、嵐に付き従った。
「あのー」
エイスが言う。
「その夫婦の相談、ウチでやらないで、先にしておいてくれませんか?」
もっともである。
嵐は振り返らず、肩をすくませて背中で答えた。
「御免なさいね」
リスティがペコリと頭を下げて謝罪した。




