秘密忍者シークレット
エイスの家。
「――それで、旅行の計画なんだが」
作業工房に戻った嵐とエイスが会話を再開する。
「――嫁を楽しませる遊び心に満ちた満足感と充実感のある旅行の計画と、ひと家族が寝起きできるスペースのついた移動手段がほしい」
「わかりましたー。とりあえずウチにある外界調査用の装甲バスを持ってって下さい。ソーラーカーなので燃料もかなり保ちます」
エイスがタブレットで手配する。
「計画の方は――」
「高宮さん」
にこっとエイスが笑う。美少年なのですごい破壊力だ。
「心配しなくても、ドームの外の世界は刺激に満ちています。普通に進んでいくだけ、野営するだけで大冒険間違いなしですよ」
「そうか――?」
「高宮さんの『わかる能力』ってこういう時は不発するんですか?」
「嫁がどう感じるかなんて――わかるものか」
「敗北宣言なのかのろけなのかどっちなんです?」
コンコン、とノックの音のインターホンがなる。エイスがドアを開けた。
「ゴシュジンサマ~。お茶のおかわりでございますよォ~」
メイド服のウィンター・フラウがワゴンで茶道具を運んできた。
「野点セットでございます~」
抹茶。茶碗が複数。茶筅。茶杓。涼炉と熱いお湯。敷物。野点傘。
「――よし、茶会といこう」
雰囲気が変わる。
嵐が野点傘を設置し、敷物を広げて正座する。
エイスも正座した。
ウィンター・フラウも正座した。
「――ところで」
嵐が手際よくお茶の用意をしながら聞いてきた。
「エイス、お前の家は正門の前に警備員がいないのか? ――おかしい連中が門の前にたむろしているんだが」
「こいつ、なんで、この部屋にいたまま、外も見ずに、めっちゃ離れてる正門の様子がわかるんでございますか? どれだけ離れていると?」
ウィンター・フラウの怒涛のツッコミ。
「普段は警備員がいますよー。今日はショウコさんが『お客様を連れてくるから、その間は誰も近寄らないように』と連絡があったのでー」
「――お袋が? 人払いを?」
嵐が眉根を寄せる。
「まさか――リスティを連れてくるつもりか」
エイスが青ざめる。
「前に、リスティさんが下手に外出したら世界が滅びるってー」
「お袋がついていれば、そうそう下手な事にはならないが――」
嵐が遠く離れた正門を気にしだす。
「正門前の連中は共産主義者と路上生活者だ。念の為にお茶の準備を中断して掃除しておくべきか――」
「高宮さんが、心の安らぐひとときである、お茶の準備を中断するって、それこそ本当の緊急事態なんですね」
エイスが正座したまま、事態の重大さを認識する。
「警備員に連絡を……でもショウコさんが人払いするということは誰も入れてはいけないということなので……困りましたね」
「メイド長は女神様だから、何があっても大丈夫でございますよ~」
ウィンター・フラウは嵐がお茶の準備を中断することの重大さを理解できず、危機感が無くのんびりしている。
「――む」
嵐が動きを止めた。
次の瞬間、お茶の準備を再開した。
「どうしましたか高宮さん」
「――大丈夫になった。私の窮状を察して、助けてくれた者がいた」
「それは……よかったですねー」
エイスはニコニコしている。
「はあ……? こちらは勝手に焦って勝手に落ち着いたように見えムググ」
エイスはウィンター・フラウの口を塞いだ。
「これはゴシュジンサマのゴホウビですかムググ」
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エイスの家の正門前。
金持ちの広い敷地を囲む長大な壁。
広い門。
とても立派で豪邸の正門にふさわしい扉である。
その扉のインターホンに向かって、いやインターホンに張り付いている、みすぼらしい姿の老人がいた。
「電気会社くれよ電線くれよ電線の土地くれよ送電方法の秘密くれよ電気会社くれよ電気会社くれよ電線くれよ電線の土地くれよ電気会社くれよ電線くれよ電線の土地くれよ電気会社くれよ電線くれよ電線の土地くれよ電気会社くれよ電線くれよ電線の土地くれよ電気会社くれよ電気会社くれよ電気会社くれよ電気会社くれよ電気会社くれよ」
奇怪な姿の老人はインターホンのある柱に蜘蛛のように張り付き、呼び鈴のボタンを連打しながらインターホンのマイクに向かって延々と呪文めいた言葉を呟いていた。
「おい、どけク●ジイイ!!」
ざざっっと。
正門前に麻袋を両手で持った筋肉質の怪人たちが並んだ。
「我々は悪の組織! マッスル共産党!」
バーン! と効果音が響く。
マッスル共産党といえば、嵐に召喚されたミュージシャンをスカウトしようとした悪の組織のひとつ。犀の頭をした重装甲怪人ガインギルの所属していた組織である。
「マッスル共産党! 国是とは!?」
マッスル共産党のリーダー格がダブルバイセップスのポーズをつけて問いかける。
「「「「誘拐して強要!」」」」
筋肉質の怪人たちが答える。
「そのとーり!!」
マッスル共産党のリーダー格がポーズをサイドチェストに変更して肯定する。
「古来より誘拐して強要は人類の代表的な交渉手段だ。一人を誘拐すればその影響力は本人だけに留まらず家族、友人、職場、学校、SNSを含めた人間関係全てに及ぶ!」
「マジマックス!」
怪人の一人が特徴的なセリフで合いの手を入れる。
「かの悪名高いローマの開祖も誘拐して強要することで国家を繁栄させる基礎を作った」
モストマスキュラーのポーズ。
「マジマックス!」
「我々はそれをより発展させ、一人を誘拐することで次のターゲットを聞き出して狙い、どんどんと誘拐の輪を広げることができる。それがすなわちマッスル共産党の発展につながる!」
「「「イエス! マッスル共産党!」」」
「マジマックス!」
「早く誘拐!誘拐!」
「アー誘拐やらせろ誘拐やらせろ」
筋肉質の怪人たちが麻袋を持って騒ぐ。
「誘拐に最適なのがこの麻袋だ!」
一斉に麻袋を掲げる。
「上から被せることで頭、すなわち目と耳をふさぎ、胴体まですっぽり覆って両腕を封じる。相手はこれで無抵抗! 足は動かせるから連れ回すも自由! ズボンを下ろして楽しむのも自由だ!」
「マジマックス!」
「ガキが生まれれば人質が増える! 鉄砲玉が増えて共産党が栄える! いいことづくめだ」
「ガ●とやらせろ!」
「それが……マッスル共産党!」
「「「「イエス! マッスル共産党!」」」」
怪人たちがポーズを決める。
「よし。今回の目的はこの金持ちの家で誰でもいいから誘拐することだ。一人でも誘拐すれば金が手に入り、金を持ってきた奴を誘拐することで誘拐の輪を広げてマッスル共産党が栄える事ができる」
「マジマックス!」
「何人か誘拐すれば、もう電力会社はマッスル共産党のものだ」
「マジマックス!」
「そのために……」「社くれよ電気会社くれよ電気会社くれよ電気会社くれよ電気会社くれよ」
ついに我慢できなくなり、怪人の一人が叫んだ。
「うるせえぞク●ジジイ!」
ピクっとインターホンに張り付いていた老人が悶えた。
「返事したなハイと言ったなそれじゃあ電力会社は俺のもんだ俺のもんだ俺のもんを勝手に使うな金払え五千兆円払え金はらえ金はらえ五千兆円払え五千兆」
「なんだこのジジイ!」
マッスル共産党の一人が足を振り上げて蹴ろうとする。
「待て!」
マッスル共産党のリーダーがアブドミナルアンドサイのポーズをしながら止めた。
「そのジジイ、ジジイということは三十歳を超えているつまり何処かの悪の組織の怪人ということだ」
「マジマックス!」
「別組織の怪人をむやみに攻撃して、今回の金持ち誘拐作戦を前に他の悪の組織と私闘というトラブルが発生することは避けたい」
「じゃあ放置か」
「放置放置」
「むむっ、車が近づいて来ますよォ~」
マッスル共産党の一人が遥か遠くを見る。
すると、遥か遠くにリムジンが見えた。
「よし、あの車に乗っている奴を誘拐するぞ」
「マジマックス!」
マッスル共産党たちが麻袋を持って車を待ち構える。
「それは許さん」
ヒュっと、手裏剣が飛ぶ。
飛来したいくつかの十字手裏剣が、マッスル共産党たちの麻袋を切り裂いた。
「何だあっ!?」
マッスル共産党の怪人が麻袋を覗き込む。
底の抜けた麻袋を見てまばたきする。
麻袋をトンネルのようにして、別のマッスル共産党の怪人と目が合った。
「誰だっ」
「麻袋もタダじゃねえんだぞ!」
マッスル共産党の一人が貧乏くさい発言をした。
シュタっと。
一人の忍者が路上に出現した。
「アトランティス忍軍所属、秘密忍者シークレット。参上」
一本角の鬼の鉢金を額に装着し、白の忍装束に身を包んだ忍者だ。
白い頭巾に忍者服、純金の鉢金、黒色の鎖帷子、手甲、脚絆、足袋、藁の草鞋、白いマフラーと完璧な忍び装束である。武器は持っていない。
全身が薄っすらと光り輝き、普通の生き物ではないというオーラがある。
まるで伝説の英雄が目の前に出現した、かのような圧倒的な存在感があった。
「なんだこいつは!」
「瞬間移動か透明化、そしてこのオーラ! 上級を超えた最上級の怪人か!?」
「馬鹿な、最上級怪人は全員、名前と外見が知れ渡っている。こんな奴は最上級のリストにいない!」
マッスル共産党たちが騒ぐ。
だが攻撃しようとするものは一人もいない。
なぜならマッスル共産党は全員が見掛け倒しのハリボテ筋肉で、自分たちが戦ったら負けることがわかっているからである。
「弁償しろ弁償! 弁償弁償!」
「おお、そうだ弁償だ!」
マッスル共産党の攻撃手段は誘拐か、誘拐が通じない場合は言葉である。
暴力は絶対に勝てる相手にしか使わない。それがマッスル共産党のやり方である。
「我が名はシークレット。この大地を作りし者」
白い忍者は言葉を続ける。
「友の窮地を救うため。また、妹姫様をかどわかさんとする大罪人よ。地獄に落ちるがいい」
ぴっと、白い忍者こと秘密忍者シークレットは指を動かす。
それだけで、ぐばっという音とともに大地が開いた。
道路の数ミリ上にある次元そのものが切り裂かれて開き、麻袋を持って誘拐を実行しようとしていたマッスル共産党たちを全員、別次元に飲み込んだ。
「忍法、地獄落とし」
ぴたっと。
開いた次元の入口が閉じる。
マッスル共産党たちの姿は消え失せた。
そこには誰かが落とした財布だけが残っていた。
「なにっ!」
インターホンに張り付いていた老人が財布に注目する。
「わかっているこれは罠だ。ここは頭を下げてやり過ごすのができた怪人というもの」
老人が独り言を呟く。
「あの財布は無視だ。ここは見にまわる。それが正しいリスク管理だ」
老人がインターホンから離れる。
「うおおお俺の金ええええ!!!」
老人型の怪人が財布に向かってダッシュする。
「忍法、畳返し」
財布を掴んだ老人型の怪人の足元に畳が出現し、勢いよく跳ね上がった。
投石機で投げつけられたように、老人型の怪人は遠く遠くに飛び去った。
「これでよし」
秘密忍者シークレットの周囲には誰もいなくなった。
「アトランティス忍軍所属、秘密忍者シークレット。退場」
ぴっと指を動かし、次の忍術を発動させる。
「変化の術・風」
秘密忍者シークレットの体が吹き抜ける風に変化し、その場からふわりと消え去った。
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嵐の妻のリスティは、エイスの家の正門に向かうリムジンの中から一部始終を見ていた。
「過保護ね」
「でもありがとうシークレット。変わらぬ忠誠に感謝をするわ」
一万年以上前の古代アトランティス王国の国王の妹。
妹姫リスティス。
それが嵐の妻、リスティである。
そしてアトランティス国王に仕えた十人の近臣の一人、シークレット。
彼はこの大地を作り、そして今も、とある時間犯罪者がアトランティスで流行らせた忍者ブームを続けていた。




