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番外編 令嬢と王子の結婚生活2

番外編です。

よろしくお願いします!

「じゃあ、行ってくるよ。ニナ」

「うん。気をつけてね」


 アスランが第一騎士隊を連れて、国境ざかいの砦へ視察に向かったのは、ちょうど十日前の事だ。


「寂しいなあ……」


 城の別棟、中庭を散歩しながら、ニナはつぶやいた。青い空が目にしみる。アスランたちが戻ってくるのは二十日後の予定だ。

 結婚して半年、忙しいアスランと会えない日はあったが、これほど長く離れるのは初めてだ。


(ダメだわ。アスランは仕事をしているんだから)


 早く戻ってきて欲しいと思った自分を戒めた。


(こんな時こそ――そうだ、掃除をしよう!)


 第二王子の妃となったものの、生来の貧乏性は抜けない。掃除や洗濯をしていると心が落ち着くのである。

 いそいそと、衣裳部屋から白いフリフリのエプロンを取り出した。ドランだった時から着ているものだ。

 ほうきと、雑巾の入ったバケツを両手に持ったら、できあがりだ。


「いざ!」


 執務室のドアを開けた。


「……へ?」


 思わず、間の抜けた声が出た。誰もいないはずの、普段アスランが座っている椅子には先客がいたからだ。しかも――。


「ドラゴン? どうして……?」


 姿勢よく椅子に座り、じっともの言いたげにニナを見つめてきたのは小型のドラゴンだった。

 大きさはニナの背丈の半分もないが、銀色のきれいな毛並みと青い目をしている。まるでアスランのような――。


 なぜか、じわりと嫌な予感がした。


 そこへ副隊長のマーセルがやって来た。アスランが別棟の護衛にと残していったのだ。


「あ、ここにいた――ニナ様、どうかしましたか?」

「あの、ドラゴンがアスランの椅子に座っていて……それがアスランと同じ目と毛の色で……」


 浮かんだ不穏な考えを振り払うように、慌てて首を左右に振った。


「……まさか。そんなはずない」


 確かに以前、ニナはドラゴンと中身が入れ替わった。そういう事は起こりうるのだと身を持って知っている。でも――まさかだ。

 ニナは否定すべく、マーセルに笑いかけた。


「どこから迷いこんできたんでしょう?」


 最近は小型のおとなしい草食ドラゴンをペットにして飼うのが、貴族の間で流行していると聞く。


 アスランがドランを手なづけたと人々の間で広まり、この国のドラゴンに対する規制もゆるくなった。

 ドラゴンの保護施設や、そこで働く人々も増え、今ではドラゴンを見つけたらすぐに北方の地へ追いやるのではなく、その種類や状態を見て国内での保護も考えられるようになった。嬉しい事だ。


 だからこのドラゴンも、どこかの屋敷で飼われていたのが、ここに迷い込んだのだろう。


 けれどニナの様子をじっと見ていたマーセルが、無言で首を横に振った。こちらの不安を誘う、苦渋に満ちた表情だ。


「……残念ながら、ニナ様の考えている通りです」

「え?」

「実はアスラン殿下についていったハンネス隊長から、連絡があったんです。アスラン殿下とこのドラゴンがぶつかり、中身が入れ替わってしまったようだと。自分たちは殿下になったドラゴンをかくまいつつ、元に戻る方法を探す。だからドラゴンになった殿下を、この別棟で秘密裏にかくまっておいて欲しいと」

「ええ!?」

「しかもドラゴンと頭がぶつかった事により、殿下は記憶が少々混乱しているようです」

「ええ――!?」


(やっぱり、このドラゴンがアスランなの!?)


 以前の自分と、全く同じ状況である。

 ニナは信じられない気持ちで、おとなしく椅子に座るドラゴン、もといアスランを見つめた。



「お茶をどうぞ」


 ニナは恐る恐る、カップを机に置いた。ドラゴンになったアスラン――アスドラがじっとカップを見つめ、そして静かに上体を倒して直接口をつけた。


(手で持って飲むわけじゃないんだ。そうよね、私もドランだった時、手でつかみにくかったもの)


「ねえ、アスラン」と話しかけると、ニナを見上げてくる。その表情からは、ニナの事がわかっているのかいないのか見当がつかない。


(記憶が混乱してるんだ……。こんな時こそ、私が頑張らなくちゃ)


 何といっても、ニナはドラゴンになった経験者だ。それに――。


(私がドランだった時、アスランは私の正体も知らないのに優しくしてくれた)


 本当に嬉しかった。救われた。

 今こそ、あの時の恩を返す時だ。


 ニナはそっと近づき、ゆっくりとアスドラを抱きしめた。アスドラがビクッと体を震わせる。

 ニナは自分よりも小さいアスドラをぎゅうっと抱きしめながら、銀色のやわらかい毛をなでた。


「大丈夫。きっとハンネス隊長やルークやトウマたちが、元に戻る方法を見つけてくれるわ。それに、私はずっとそばにいるから」


 だから不安にならなくても大丈夫だよ。そんな思いを込めて、アスドラの背中を優しくなでた。


 こわばっていたモフモフの肩が、少しゆるんだような気がした。



「アスラン、ご飯にしよう」


 普段はメイドたちが用意してくれる。だが今はアスドラのため、ニナは張り切って料理した。

 アスランの好物を、ところ狭しとテーブルに並べた。アスドラがフンフンと匂いをかぎ、直接口をつけて食べ始めた。


 ドラゴン初心者なのに食べ方がうまい。さすがアスランだ、何でもできる。ニナは感心した。

 そして北方の地にいるドランを思い出し、ちょっと寂しくもなった。


 気を取り直して、


「アスラン、お風呂に入ろう」


 湯気のたちのぼる風呂に一緒に入り、アスドラの全身を石けんで洗う。

 本物のアスランと一緒にお風呂に入った事は、もちろん一度もない。恥ずかしくて、ニナが拒否するからだ。

 今は姿がドラゴンなだけで、中身はアスランだとわかっているが、不思議と恥ずかしさを感じない。


 元々きれいな毛並みを洗い、乾かしていく。アスドラはされるがままだ。

 普段のアスランなら、こんな事はあり得ない。あの色気あふれる表情で微笑みながら迫られると、ニナの心臓の鼓動は最高潮になる。いまだ慣れる事はない。自分を見失わないように、真っ赤に染まる顔をごまかす事で精一杯だ。


(でも、このアスドラは何だかかわいい)


 気持ちよさそうに目をとじ、じっとしているアスドラの目元に、ニナはキスを落とした。


 ――「あの、ニナ様」


 中庭をアスドラと散歩していると、マーセルに話しかけられた。何か言いたそうに、けれど言いにくい事のようで渋い顔をしている。


「何ですか?」

「それが、その……」


 めずらしく歯切れが悪い。もしかして中身がドラゴンの、アスランの体に何かあったのか。顔色が変わるニナに、


「いえ、そういう事ではなく。……あのですね」

「はい?」

「……いえ、何でもありません」


 とマーセルが言葉をにごし、立ち去った。


「どうしたんだろうね?」


 アスドラを抱きかかえ、モフモフの頭に顔をうずめる。フカフカで気持ちがいい。顔を押し付けると、アスドラがくすぐったそうに体を左右に振った。


 もちろん寝る時も一緒だ。しっぽを丸めて眠るアスドラを、腕の中に大事に抱きしめて眠った。普段と逆だなと思いながら。

 いつもはニナがアスランの腕の中で眠る。とても心地よくて幸せな一時だ。だからせめて今だけでも、その幸せを返せたらいい。そう思った。


「ねえ、アスラン」と話しかけると、アスドラが薄目を開けた。

「もしも、の話。もし、このまま元の体に戻れなくても、私はずっと一緒にいるよ。ずっと大好きだから」


 応えるかのように、アスドラの目元がゆっくりとゆるんだ。



 * * *


「ニナさん、ただいま!」


 ルークの元気な声がした。アスランについていった騎士隊員たちが戻ってきたのだ。


「おかえりなさい! 元に戻る方法は見つかったの!?」


 ルークがトウマと顔を見合わせて、首をひねった。


「「何の話?」」

「え? だってアスランと、このドラゴンが――!」

「ただいま、ニナ」


 驚いて振り返ると、そこには笑顔のアスランがいた。


「え? アスラン、私がわかるの? え、どうして言葉を話して……!?」


 訳がわからないニナの前で、アスランやルークたちも同様に訳がわからないというように、眉根を寄せる。

 そこへアスドラが二本足で、ゆっくりと歩いてきた。


「だって、この子と――!」


 ニナはアスドラを抱き抱えた。トウマが驚いたように言った。


「あれ? このドラゴン、確かマーセル副隊長の実家で飼い始めたドラゴンですよね?」


 はい!? 目を見張るニナの前で、ルークとハンネス隊長が答える。


「そうそう。グラネルト公爵家の。副隊長のお姉さんたちが選んできたんでしたっけ?」

「そうだな。ドラゴンの目と毛の色が、アスラン様とまるで同じだと、マーセルが爆笑していたな」


 ニナは唖然(あぜん)となった。


(……待って。もしかして)


 じわじわと浸透するように、真相がわかってきた。理解したくなかった真相が。


「――マーセル、ちょっと来い」


 これだけのやり取りで事情を把握したらしいアスランが、優雅な笑みを浮かべて、戸口にいたマーセルを呼んだ。逃げようとしていたマーセルが渋々近づいてくる。


「お前、ニナをからかっただろう?」

「――実家からこのドラゴンが逃げ出したと聞き、探していたら執務室にいたんですよ。殿下の椅子に座っていて、ニナ様が驚いた顔をしていて、つい……。すぐに気づくだろうと思ったんですが、ニナ様のあまりの献身ぶりに嘘だと言いだせなくて」


 申し訳ありませんと、マーセルが頭を下げた。


 ニナはその場にへたり込んだ。とりあえずは良かった。入れ替わっていなかったのだ。本当に良かった。

 けれど――。思わず床に突っ伏してしまった。これじゃあ、自分があまりに恥ずかし過ぎる。


 ルークがフォローするように言った。


「でもでも! ニナさんの気持ちもわかるよ。以前のドランの件もあるし! それにこのドラゴン、目と毛の色だけじゃなく、どことなく雰囲気がアスラン様に似てません? ドラゴンですけど」


 トウマと隊長がうなずく。


「まあ確かに。どことなく気品を感じますよね。――ドラゴンだけど」

「これだけ人間がいても、ちっとも動じていないしな。さらに座る姿勢もいい。――ドラゴンだがな」


 うんうんとうなずき合い、しかし申し合わせたように三人同時に顔を見合わせた。

 ニナには彼らの考えている事がわかった。すなわち「でも、ねえ。さすがに……」である。


「言いたい事はわかったから!」


 恥ずかしくて、いたたまれない。ニナは真っ赤になった顔を両手でおおい、うめいた。



 夜になり、マーセルがドラゴンを実家へ連れて帰り、ルークたちも騎士隊の宿舎へと戻って行った。

 ニナは寝室で、アスランと一緒にいた。


「ごめんね。私、勘違いして……」

「いいよ」


 アスランが笑う。


「マーセルから聞いた。俺だと思ったドラゴンを、一生懸命世話してくれたんだろう?」

「……うん」

「もし元に戻れなくてもずっと一緒にいる、ずっと大好きだと言ってくれたんだろう?」

「……うん」

「それだけで充分だよ」


 青い目が優しく微笑む。「うん」と笑い返すニナを、アスランが抱きしめる。

 ああ、アスランだ。アスランの匂いだ。心の底から嬉しさがわいてきて、ニナは幸福感で酔いしれながら、アスランの胸に体を預けた。


 不意にアスランが体を離し、寝台に腰かけた。もちろんニナも一緒に抱き上げられる。アスランが優雅な笑みを浮かべた。


「で? 続きを待ってるんだけど」

「続き?」

「俺だと思ったドラゴンには、ニナの方から色々してやったんだろう? 抱きしめたり、キスしたり、一緒に風呂に入ったり。俺はそういう事を、ニナの方からしてもらった事はないなあ」


 優雅な笑みが深くなった。

 しまったと気付いた時には遅かった。逃げられないように、すでに両腕できつくホールドされていた。アスランが目の前で微笑んでいる。見とれれば見とれるほど悪い笑みなのに、どんどん色気が増すのは、どうしてなのか。

 それでも――。


「……アスドラと同じでいいの?」

「ああ、いいよ」


 一瞬ためらい、ニナはアスランに向かって両手を伸ばした。銀色の髪をやさしくなでる。何度も何度も、いたわるように。

 そして大切なものを包み込むように、胸の中にぎゅうっと強く抱きしめた。


 アスランはさすがに驚いたようだ。目を見張り、身じろぎした。


「入れ替わってなくて良かった」


 小さくつぶやくと、アスランが顔を上げた。


「でもちょっと残念。ドランだった時の恩を返そうと思ったのに」


 ドランだった時に、アスランからたくさんの優しさをもらった。大き過ぎてニナには返しようがないけれど、感謝している。心の底から――。


「もう返してもらったよ」


 アスランの深く青い目が、ニナをとらえてゆっくりと微笑んだ。


「ドランだったニナに、たくさんのものをもらった。目には見えないけど、俺はそれに救われた。今もそうだ。ニナがそばにいてくれて、俺はこれ以上ないほど幸せだよ」


 きれいな笑顔だ。ずっと変わらない。ニナが嬉しくて笑うと、もう一度強く抱きしめられた。


 髪に優しくキスをされて顔を上げた。間近にアスランの顔がある。

 その顔には先程の優雅な笑みが戻っていた。すなわちニナを落ち着かなくさせる、色気のだだもれる反則的な笑みだ。


「でもやっぱり、アスドラと同じじゃない方がいいかな」


 口調も、ニナの両頬に添えられた手つきも、どこまでも優しい。が、向けられた微笑みの内側にあるものは、ニナの顔を赤くし、落ち着かなくさせるのに充分だ。


 とっさに身を引こうとするより早く、後頭部を引き寄せられた。

 深く口づけられながら、やっぱりアスドラとは違うと、そう思った。


8月10日にKADOKAWA様より発売します。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても面白かったです! ニナがとても可愛いしアスランも誠実で2人の関係にニコニコからニヤニヤと大変楽しめました。 番外編の銀色の竜の子は大人しく帰ったのでしょうか?間違えたとはいえあんなに…
[一言] 押し絵も観ました。可愛いですね。イメージぴったりです。
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