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新たな登場人物:
稲川 ほのか (いなかわ ほのか)
つぐみの親友。中学校で知り合った。
「……でさ、そいつそのまま走って行っちゃったんだよね」
蒼葉の話は、どことなくファンタジックで、まるで漫画の一場面に迷い込んだような雰囲気があった。
「へぇ、不思議なこともあるもんだね。」
しかし、問題はそこではない。もしかしたら、蒼葉が誰かに取られてしまう――告白していないから厳密には、いや全く取られるとは言えないが――かもしれない。彼は定期的にそういう話をするので、そういうときそれとなく鎌をかける。あくまで冗談っぽく。
「で、キミはその子にぞっこん、デレデレ~ってことね?」
案の定、なわけねぇだろ、といつも通り否定してきた。……いつも通り? いつも通りだろうか。なんか少し否定が強い気がする。こう見えても私は嘘とかには敏感なのだ(と思いたい)。もう少しひっかけてみようかとさらに煽った。すると、蒼葉はいたずらっぽく笑った。
「なんだ、嫉妬か?」
脳内にギクッという効果音が響き渡った。やばい。悟られてる。冗談っぽいけど、私とて冗談っぽくしてさりげなく鎌かけてるんだし、男はそんな技巧派少ない――しかも蒼葉はそういうことするイメージない――とはいえ、油断はならない。違うよ蒼葉~、と笑いながら肩を押した。表情がこわばっているかもしれない。みられるのが怖いのでいったん自然な応急処置。落ち着こう。理性的に行こう。少し落ち着いて、ふと疑問が浮かんできた。
「その子、大丈夫かなぁ。本気で電車に乗るつもりだったんでしょ? 廃線になったの知らなかったってことは結構遠くの人だろうし。」
彼曰く、見たこともない――彼はこの辺の公立の中学校のセーラー服すら満足に当てられないはずなのだが――セーラー服を着ていたが、「あんなに」笑っていたから大丈夫だろう、ということらしい。ふーん、では済まない。「あんなに」と言うときの彼の表情に、私の知らない恍惚、とまではいかないが静かな喜びのようなものを私は見逃さなかった。風間という子の笑顔を思い出しているのだとしたら……やめておこう。これ以上は考えたくない。「不思議だな」、と連呼する彼に何となく答えて、そのまま授業の準備をした。努めて窓の外の青空を見て心を落ち着けようとしたが、まぶしくてやめた。
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じゃあね、と蒼葉と校門の前で別れる。結局、嫉妬心があふれ出てくるのが嫌だったので風間という子の話題は避けた。蒼葉は気にしているだろうか。ずっと考え事をしていたせいでなんとなく頭が重くて、なんだか自転車に乗ったらそのままこけてしまいそうだったので押して歩いた。
「あ、つぐみじゃん!」
後ろから元気な声が聞こえてきた。二年連続同じクラスで、中学で知り合ったけれどもう親友の稲川さん。彼女は吹奏楽部でオーボエを吹いている。だから練習で忙しく、放課後一緒に帰ることはめったにない。よって、話すのは休憩時間か夕方のLINEくらいだった。でも、私たちは結構意気投合していた。
「やっほ~ほのか、どうした? 珍しいじゃんこんな早く帰るなんて」
うん、それがね、と彼女は重そうに切り出した。その声のトーンから、私はどんな話が始まるのかと思わず身構えた。
「今日顧問が休みだったのよ。」
……なぁんだ、という私の表情を察したのか、彼女は慌てたように続けた。
「あの先生、30年勤務して2回しか休んだことないっていうのを売りにしてるような自称熱血教師なのよ? 多少風邪気味でも来るような人なのに、休むなんて絶対何かあったのよ! もうそのことで吹奏楽部みんなが騒然としてたんだから。」
へぇ、そりゃすごいな、とぼんやり思いながら「まじか~」と適当に相槌を打っていたら、稲川さんが立ち止まって私の顔を覗き込んできた。
「ねえ、大丈夫? なんか元気ないみたいだけど……もしかしてあたしうるさかった?」
え、そう、全然そんなことないし、別にうるさくなんかないよ? と若干慌てて返した。私はつくづく繕うのが下手だと実感した。
「うるさくなかったならよかったけど……ほら、いつものつぐみだったらさ、『んなわけないじゃん!』とか元気満々で突っ込みいれてくるのにさ、今日は『まじか~』だけだったから気になって。」
あ、もしかして! と言って彼女は突然膝をたたいた。
「また恋の病を患ってらっしゃるのかな~? 大丈夫大丈夫、君の大好きな蒼葉クンはどこにもいかないって~! ああみえて絶対キミにぞっこんなんだからさぁ~」
ギクッ二回目。心臓に悪い。ほのかは知らない。蒼葉は小6の時、「つぐみみたいな親友がいてほんとよかったなぁ~」と独り言で言っていたのを、私はこっそり聞いている。そして、それはなんとなく重要というか、私にとっても大事なことのような気がして誰にも――ほのかにさえも――話していない。しかし、そうは言っても彼女の言葉はいつもなら多少は気休めになった。でも今回は……あの恍惚(言い過ぎかもしれないが)に近い表情。話し方。なんとなく胸騒ぎがした。だから、おそらく慰めようとしてくれているほのかには悪いけど、あまり効果はなかった。
「んなわけないじゃん! それよりさ、今度の中間テストの数学の範囲まだ出てなくない?」
さりげなく、できるだけそれとなく話題を変える。一旦風間さんのことは頭から追い出したかった。ともすればどす黒い感情が溢れ出しそうで、そんな自分を見たくなかった。
「そうだったね! やばいなぁ、でも私そもそもあんまり勉強しないから関係ないかも〜」
あはは、と二人して笑う。新たな、即席、苦しみ紛れの話題に意図してなのかどうなのかはわからないが、とにかく乗ってくれたほのかに感謝した。
「じゃあね〜」
信号で彼女と別れ、私は団地の方に折れて少し奥にある自宅に帰った。部屋に入って、机に問題集とノートを広げ、イヤホンをつけて某音楽サブスクを開いた。好きなボカロ曲を寄せ集めたプレイリストを流し、ノートに向かってシャーペンを握ったが、頭は全く働かなかった。頭の中は蒼葉のことでいっぱいだった。行かないで欲しい、とまず思った。そして、なぜあの時告白しなかったんだ、と無数にあったチャンスを思い返した。仲は良かったし、結構二人きりになることあったのに。なんでなんだ、と自問した。答えは分かりきっていた。とある恋愛小説の影響で、相手に尽くすことこそが愛であるという信条を固く持っているせいだった。蒼葉は多分私のことを親友としか思ってないし、それを無理に「恋人になってくれ」なんて不躾な気がする。だからダメなんだ、と頭の中で連呼する。今更言ったらそれこそ嫉妬してるみたい――いや、嫉妬しているんだがそれがバレるのが嫌――だし、どうしよう、と答えのない問いを何度も何度も周回していたら、母の
「夕飯できたわよ〜」
という声が聞こえた。はーい、と答えて少しホッとした。一旦、別のことに気を向けられる気がした。たとえ一時的にでも。




