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登場人物:
林 蒼葉 (はやし あおば)
・普通の中学生
風間 露乃 (かざま つゆの)
・蒼葉が駅前で出会った少女
枝端 つぐみ (えばた つぐみ)
・蒼葉の幼馴染。
自転車を押しつつ、県道の歩道をのんびり家へと歩く。雨上がりの路面にはまだ水溜まりが残っている。湿ったアスファルトと森のにおいは、雲の隙間からのぞく太陽の光とどうもアンバランスだった。やがて、去年廃線になった最寄りの駅が見えてくる。不便になったな、と思いそちらをみたら、その駅から中学生っぽい女子が走り出してきた。そして俺の前で止まり、
「ねえ、次の電車っていつ?」
と訊いてきた。顔を真っ赤にして息を切らしていたが、薄茶の瞳はまっすぐこちらをみていた。
「えっと、この路線はもう廃線になったよ?」
え、嘘、ほんと? と心底驚いたように言うので、うん、とうなずいた。知らないということの方がこっちには驚きなのだが。
「まあいいや、ありがと、教えてくれて。せっかくだし、君の名前教えてよ。」
どこの誰かも知らない中学生に初対面で名前を訊かれている。でも、夕陽に照らされた彼女の笑顔はどこまでも純粋に見えた。まあ、少なくとも個人情報辺りで悪いことを企んでいるわけではないのだろう、と信じることにした。
「林 蒼葉だ。あなたは?」
なぜか固くなってしまった。彼女は顔をさらにほころばせて答えた。
「風間 露乃。よろしくね!」
じゃあ、あたしいくところがあるから、と言ってそのまま俺の来た方へ駆け出していった。しばらく行って、「じゃあね~」とまた笑顔で手を振ってくる彼女に手を振り返した。方まで伸ばした黒い髪が、その手に合わせて揺れていた。
彼女を見送り、また歩き出した。駅の前を通り、団地の坂をのぼる。西の空に沈んでいく太陽は、少し赤くなっている。なんとなく狐につままれたような、もしかしたら全て夢なんじゃないか、という感じの妙な心持ちのまま、家に帰った。
******
「へぇ、不思議なこともあるもんだね。」
昨日のことを話すと、つぐみは本当に不思議そうにそう言った。と思ったら急ににやにやして、
「で、キミはその子にぞっこん、デレデレ~ってことね?」
と言い出す。
「なわけねぇだろ! 大体知ったの昨日だぞ?」
幼馴染みだから、つぐみがこの手のからかいが好きなのは知っているし、彼女とて本気にしているわけではないことはわかりきっているので、軽く否定する。
「一目惚れって言葉知ってるよねぇ蒼葉だって~?」
だから違うって、と笑った。負けじと俺もからかう。
「なんだ、嫉妬か?」
違うよ蒼葉、とつぐみは笑いながら俺の肩を押したあと、でもさ、と今度は真顔になった。猫の目のよう、とはこういうことだな、とふと思った。
「その子、大丈夫かなぁ。本気で電車に乗るつもりだったんでしょ? 廃線になったの知らなかったってことは結構遠くの人だろうし。」
さっきあれだけふざけていた人の台詞とは思えない。
「確かに、見たこともないセーラー服着てたし遠くの人かもね。でも、まあ、たぶん大丈夫だよ。」
あんなに笑ってたし、と言いながらその笑顔を思い返す。まるでずっと前から仲のいい――俺にとってのつぐみのような――友達と話しているかのような親しげな感じ。
「本当、不思議だな。」
うん、不思議だ、とつぐみが言ったところで、チャイムが鳴った。二人とも慌てて机からノートと教科書を引っ張り出した。
******
じゃあね、と何事もなかったかのように――彼女はあのあと、一度も風間さんのことを話題に出さなかった――校門でつぐみと別れて、家に向かって自転車をこぎ出した。昨日の曇り空が嘘だったかのような、雲ひとつない青空。やがて、例の駅が見えてくる。昨日のは夢だったのかな、と思った矢先、駅舎のベンチに彼女が座っているのが見えた。寝ているっぽい。廃線って言ったのに。まさか一日中待ってたんじゃ……
「あのー、大丈夫?」
肩を叩くと、風間さんはふひぇ? と言って跳ね起きた。
「あーぅん、大丈夫だよ、えと、林だっけ?」
寝起きだと言うのを差し引いてもものすごい慌てっぷりだ。
「そうだけど、風間さん、ここ廃線だから、待っても電車来ないよ?」
彼女は深くうなずいた。
「それは分かってる。ここにもう少しいられることになったからさ、君に会いに来たんだよ。いい奴そうだし友達はいた方がいいだろうし。」
唐突すぎて戸惑ったが、すこしうれしかった。こちらが戸惑っているのを察したのか、「悪いか?」と訊いてきたので、全然、と答えた。
「じゃあ、行く? もう遅いし。」
行くってどこに、と聞いたら、当然のように風間さんは答えた。
「そりゃぁ、蒼葉の家にだよ。あ、大丈夫、上がり込まないからそこは安心して。」
いや、気にするところそこじゃねぇだろ、と思いつつ俺は聞いた。
「それは分かったよ。でも、大丈夫なのか? 多分風間さんの家と逆方向だし、まだ割と距離あるけど。」
一瞬真顔になって、彼女は大きくうなずいた。
「あたしは気にしないで大丈夫。多少遅くなっても関係ないから。あとさ、」
しばらくうつむいたあと、顔を上げていたずらっぽく笑いながら、風間さんは言った。
「露乃でいいよ? あ、もし、いやだったら別にいいけど、あたしはキミのこと呼び捨てするし。」
なんなんだこの人懐っこさは、と思いつつふと気になったことを聞いてみた。
「なあ、かざ、露乃さんっていま何年?」
少し間が空いた。彼女の表情が一瞬固まったように見え、俺の背筋に気のせいか冷たいものが下りた気がしたけれど、次の瞬間には彼女は普通に(特に過剰というわけでもなくひきつっているわけでもなく)笑って答えた。
「中二だよ? ちなみに蒼葉は?」
俺も中二だ、と答えたら
「あ、同級生なんだ! よかった~先輩だったらとんでもない態度とっちゃってたよ~」
行こ? 露乃は歩き出し、俺はそれについていく形で自転車を押しつつのんびり歩いて行ったが、しばらくして曲がらないといけない交差点をそのまま彼女が直進していったので、「こっちこっち」と訂正した。それを数回繰り返した。その間は、道の訂正以外特に話さなかったが、不思議と気まずさはなかった。適度に赤の他人だったからかもしれない。ここが俺の家だ、というと
「なんだ意外と近いじゃん~ じゃあ、またね」
と言って、手を振ってきたので振り返した。後ろの夕日と同じぐらい、輝くような笑顔だった。




