↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Reincarnation -Record of memories-  作者: 斗真
第三章 戦乙女たちの招待状

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
43/48

第四十三話 失われなかった記録

「全記録解放」


ロイドがそう呟いた瞬間、闘技場の空気が変わった。


派手な魔力ではない。


爆発でも、光でも、衝撃でもない。


だが、確かに何かが開いた。


ロイドの周囲に、無数の薄い板が浮かび上がる。


透明な記録板。


そこには、細かな文字、線、図形、魔法陣の断片が流れていた。


アリスの炎。

氷。

風。

雷。

光。


それらの軌道。

魔力密度。

発動速度。

魔法陣の癖。

リン戦での消耗。

さきほどの会話で見えた性格。

怒りから制御へ切り替わる時の呼吸。


すべてが、ロイドの周囲で記録として展開されていく。


観客席がざわめく。


「何だ、あれは……?」


「防御魔法か?」


「いや、分析術式?」


アリスの五属性魔法花が迫る。


炎の花弁が舞い、氷の茎が伸び、雷の蕊が細く走り、風の葉が逃げ道を塞ぎ、光が目を奪う。


普通なら、逃げ場はない。


だが、ロイドは動いた。


最初の一歩は、炎の隙間。


二歩目は、氷の成長が遅れる一点。


三歩目は、雷が走る直前の死角。


四歩目で、風の押し返しをあえて利用する。


五歩目で、光の目くらましを反射板に受け、視界ではなく記録板の座標で位置を取る。


ロイドは魔法花の中を歩いていた。


避けているのではない。


解いている。


アリスの目が見開かれる。


「嘘でしょ……!」


ロイドの肩を炎がかすめる。


髪の先が焦げる。


氷片が足元を裂く。


雷が頬をかすめる。


完全に無傷ではない。


だが、致命的な一撃だけを、全て外している。


ロイドは言った。


「アリスさん。あなたの魔法は美しい」


「こんな時に褒めないで!」


「ですが、美しいということは、構造が整っているということです」


アリスの眉が跳ねる。


「それ、嫌な予感しかしないわね」


「はい」


ロイドは記録板の一枚を指で弾いた。


「整った構造は、読めます」


その瞬間、ロイドが術式札を投げた。


炎の花弁の根元へ。


札が燃える。


しかし、完全に燃え尽きる前に、札の中の術式が発動した。


炎の魔力循環が一瞬だけ乱れる。


そこへロイドが二枚目の札。


氷の茎へ。


三枚目。


風の葉へ。


アリスはすぐに魔法陣を組み替える。


「読ませない!」


炎が形を変える。


花弁ではなく、竜のようにうねる。


氷は茎ではなく、槍になる。


雷は細くではなく、面で走る。


ロイドの記録が一瞬、役に立たなくなる。


観客席のキリカが思わず叫んだ。


「変えた!」


メルが菓子を握ったまま言う。


「アリスさん、すごいねぇ。読まれた瞬間に形を変えた」


ルチアは誇らしげに頷く。


「当然です。アリス様は同じ手を読ませ続ける方ではありませんわ」


フィナはにこにこしながら言う。


「でも、眼鏡さんもまだ止まってないよ」


その言葉通り、ロイドは止まっていなかった。


変化した魔法を見て、一度だけ目を細める。


そして、記録板が新たに書き換わる。


「変化速度、想定以上」


ロイドは小さく呟く。


「ですが、魔力の根は同じです」


アリスが歯を食いしばる。


「本当に嫌な相手ね!」


「よく言われます」


「でしょうね!」


アリスは両手を広げた。


魔法花がさらに広がる。


今度は美しさを捨てた。


炎と氷がぶつかり、蒸気を生む。


雷が蒸気を走り、視界を白く染める。


風がその白煙を渦に変え、光が屈折して、ロイドの周囲を眩ませる。


「構造が読めるなら」


アリスの声が白煙の中で響く。


「構造ごとぐちゃぐちゃにしてあげる!」


それは、アリスらしくない乱暴な魔法だった。


だが、効果は絶大だった。


ロイドの記録板が乱れる。


炎。

氷。

水蒸気。

雷。

風。

光。


それぞれが互いに干渉し、予測を難しくしている。


トーマは息を呑んだ。


「ロイド、大丈夫か?」


ソルが静かに答える。


「厳しい」


ノアは両手を握る。


「ロイドさん……」


ミアが身を乗り出す。


「頑張れ、ロイド!」


ユナはじっと闘技場を見ていた。


「ロイドさんなら、たぶん」


レナが聞く。


「たぶん?」


「乱れた中にも、癖を探す」


ロイドは白煙の中で膝をつきかけた。


雷が左腕をかすめる。


痺れる。


氷片が足を裂く。


浅い。


だが重なる。


視界は悪い。


呼吸もしづらい。


記録板の文字が乱れる。


その瞬間、ロイドの脳裏に、地下闘技場の記憶がよぎった。


黒い影。


崩れる記録。


自分が書いたはずの文字が、黒く塗り潰されていく恐怖。


何を記録したのか分からなくなる感覚。


自分が何を怖がっていたのかすら、消えそうになったあの瞬間。


ロイドの指が震える。


記録板の一枚に、黒い染みのようなものが浮かんだ。


「……っ」


呼吸が浅くなる。


怖い。


また消えるのではないか。


自分の記録が。


仲間の名前が。


あの場所で感じた恐怖が、喉を締める。


アリスの魔法が迫る。


ロイドの足が止まる。


観客席のノアが叫んだ。


「ロイドさん!」


その声が、白煙の中へ届いた。


続けて、ミアの声。


「ロイドー!」


レナの声。


「眼鏡ー! 止まるなー!」


ユナが静かに、しかしはっきりと言った。


「ロイドさん、記録して」


トーマも立ち上がりかけ、治療師に止められながら叫んだ。


「ロイド! 怖いって、書け!」


ロイドの目が見開かれた。


怖いって、書け。


それは、リンと相対した時、自分が口にしたこと。


怖いと認めたから、リンの毒は深く刺さらなかった。


では、今も同じだ。


怖い。


記録が消えることが怖い。


また自分の中から何かを失うことが怖い。


だから。


ロイドは震える指で、記録板に文字を書いた。


怖い。


その一語が、透明な記録板に刻まれる。


黒い染みが、そこで止まった。


消えない。


怖いという記録は、消えなかった。


ロイドは息を吸った。


「……はい」


声が戻る。


「私は、怖い」


記録板に次の文字が刻まれる。


それでも、記録する。


ロイドは立ち上がった。


白煙の中で、彼女の眼鏡が光る。


アリスがわずかに息を呑む。


「まだ立つの?」


「はい」


ロイドは記録板を一枚、白煙の中へ放った。


「構造が乱れているなら、乱れを記録すればいい」


アリスの目が鋭くなる。


「そんな無茶な」


「無茶ではありません。面倒なだけです」


「あなた、結構根性あるわね!」


「ベイル女王ほどではありません」


「比べる相手が極端!」


ロイドの周囲の記録板が一斉に回転する。


炎の乱れ。


氷の崩れ。


蒸気の流れ。


雷の走る湿度。


風の渦。


光の屈折。


一つ一つを完璧に読むのではない。


全体として流れを見る。


乱れた魔法花は、混沌ではある。


だが、アリスが制御している以上、必ず中心がある。


その中心を見つける。


ロイドは目を閉じた。


視界を捨てる。


記録に頼る。


音。

温度。

肌に当たる風。

雷の匂い。

氷が砕ける間隔。


全てを書き込む。


そして。


「見つけました」


ロイドが目を開けた。


術式札を一枚、投げる。


白煙の奥。


アリスの本体ではない。


魔法花の制御核。


炎でも氷でも雷でも風でも光でもない。


五属性をまとめる、アリス自身の魔力の結び目。


術式札がそこへ触れた。


「しまっ……!」


アリスが叫ぶ。


瞬間、魔法花の制御が一瞬だけ乱れた。


大爆発ではない。


だが、複数の魔法が互いにぶつかり、白煙が一気に晴れる。


ロイドが走っていた。


まっすぐアリスへ。


アリスは即座に魔法陣を立て直そうとする。


だが、リンから続く消耗。


そして今の大規模展開。


一瞬、発動が遅れる。


ロイドは魔力糸を伸ばした。


アリスの右腕へ。


アリスは炎で焼き切ろうとする。


しかし、ロイドはもう一本。


左足へ。


さらに反射板。


光魔法をわざと反射し、アリスの目を一瞬だけ眩ませる。


「くっ……!」


アリスは後退する。


足元に、ロイドが最初に仕掛けていた術式札。


忘れられていた罠。


いや、忘れさせられていた罠。


アリスの足が、その上に乗る。


術式が発動。


拘束。


足首に魔力の輪が巻きつく。


アリスは舌打ちした。


「最初の罠……!」


「はい」


ロイドは息を切らしながら言う。


「記録は、後で効くこともあります」


アリスは腕を振る。


最後の魔法。


炎と雷を混ぜた短距離魔法弾。


ロイドは避けない。


避ければ拘束を維持できない。


だから、反射板を前へ出す。


魔法弾が反射板に当たる。


板が割れる。


衝撃でロイドの体が後ろへ弾かれる。


だが、魔力糸は離さない。


ロイドは倒れかけながら、糸を引いた。


アリスの体勢が崩れる。


そこへ、ロイドが最後の術式札を投げる。


アリスの喉元へ。


攻撃札ではない。


寸止め判定用の麻痺術式。


札がアリスの首元の直前で止まり、淡く光った。


審判が目を見開く。


アリスも動きを止めた。


ロイドは膝をついた。


肩で息をしながら、それでも糸を離さない。


静寂。


そして審判の手が上がった。


「勝者、シェイン王国代表、ロイド!」


歓声が爆発した。


シェイン側が大きく沸く。


ミアが飛び跳ねる。


「ロイド勝ったー!」


レナも叫ぶ。


「眼鏡すごいぞー!」


ユナが小さく拍手する。


「怖いって書いた」


ノアはほっとしたように胸を押さえた。


「よかった……」


トーマは息を吐いた。


「すごかった」


ロイドはしばらく膝をついたままだった。


アリスは拘束を解かれ、ゆっくりと息を吐く。


「負けた……」


ロイドは顔を上げる。


「ぎりぎりでした」


「知ってるわよ。こっちもぎりぎりだったもの」


アリスは悔しそうに眉を寄せる。


だが、その表情には怒りだけではなく、どこか清々しさもあった。


「あなた、嫌な相手ね」


「本日二度目です」


「褒めてるのよ」


「ありがとうございます」


アリスは少しだけ笑った。


「怖いって書いたの、見えたわ」


ロイドの表情がわずかに固まる。


「……見えていましたか」


「ええ」


アリスは腕を組む。


「でも、それで立ち直った。だから負けたのは少し悔しいけど、納得はしてる」


ロイドは静かに目を伏せた。


「私も、まだ怖いです」


「でしょうね」


アリスは意外なほど優しく言った。


「消えそうになるのって、怖いもの」


ロイドはアリスを見る。


その言葉は、ただの慰めではなかった。


テリアの魔法使いとして、記録や術式、存在の固定に関わる者として。


あるいは、テリア女王の近くで何かを見てきた者として。


アリスはその恐怖を少し理解しているようだった。


ロイドは小さく頷く。


「はい」


アリスはふいっと顔を逸らす。


「次は負けないわよ」


「私も次に備えます」


「本当に嫌な返しね」


「よく言われます」


アリスは呆れたように笑った。


二人は治療班に支えられながら、それぞれの控え席へ戻る。


⸻


テリア側のルチアは悔しそうに拳を握っていた。


「アリス様が……」


フィナはにこにこしていたが、目は真剣だった。


「でも、すごかったねぇ。あの人、怖いのを隠さずに使った」


ルチアは少し黙る。


「怖さを、使う……」


「お姉ちゃんは怖い時、強がるもんね」


ルチアの顔が赤くなる。


「つ、強がってなどいません!」


「うん。じゃあ、今度から怖い時は私に言ってね」


「フィナに言う必要はありませんわ」


「言ってくれたら、後ろから全部吹き飛ばしてあげる」


「だから私ごと吹き飛ばすなと言っているでしょう!」


その横で、キリカが腕を組んで唸った。


「あの眼鏡、嫌な強さしてる」


メルはふわふわ頷く。


「うん。罠を忘れさせてから使うの、上手だったねぇ」


「忘れてたわけじゃないし。あたしなら踏まないし」


「キリカちゃん、たぶん怒りながら踏むよ」


「踏まない!」


「じゃあ踏む前に私が止めるねぇ」


「最初から信用しなさいよ!」


メルはにこにこ笑った。


「信用してるから止めるんだよぉ」


キリカは言い返そうとして、少し詰まった。


「……うるさい」


けれど、その声にいつもの鋭さは少なかった。


シェイン側では、ロイドが戻ってきた。


ミアがすぐに駆け寄る。


「ロイド! すごかったぞ!」


「ありがとうございます」


レナも親指を立てる。


「眼鏡の勝利だ!」


「その表現はやめてください」


ユナは静かに言った。


「怖いって書けた」


ロイドは少しだけ目を伏せた。


「はい。書けました」


ノアが小さく笑う。


「消えなかった?」


「消えませんでした」


トーマはロイドを見る。


「戻ってきたな」


ロイドはほんの少しだけ、表情を柔らかくした。


「はい。戻ってきました」


その言葉に、トーマは強く頷いた。


戻ってくる。


この大会で、何度も聞いている言葉。


負けても戻る。

怖くても戻る。

壊れそうになっても戻る。


ロイドの勝利は、ただの一勝ではなかった。


地下闘技場で刻まれた恐怖に、彼女自身が記録で勝った一戦だった。


魔法掲示板が光る。


第三カード群、第一試合。


勝者、シェイン王国代表ロイド。


現在の結果。


テリア王国 0勝

シェイン王国 1勝


次の試合。


レナ 対 イリス。


表示された瞬間、レナが勢いよく立ち上がった。


「よし! 次は私だな!」


治療師が慌てて止める。


「まだ包帯を外してはいけません!」


「大丈夫だ! 走れる!」


「走るから問題なんです!」


ロイドは戻ってきたばかりなのに、すぐ眼鏡を押さえた。


「レナ、落ち着いてください。相手はイリスです」


「分かってるぞ!」


「本当に分かっていますか?」


「見えにくい人だ!」


「雑ですが、合っています」


イリスはテリア側で静かに立ち上がった。


穏やかな微笑み。


柔らかな足取り。


しかし、その輪郭は相変わらず半歩ずれて見える。


レナは拳を握った。


「真正面にいないなら、真正面を探して走る!」


ユナが呟く。


「不安」


ミアは笑った。


「レナなら何とかするかも!」


トーマはレナを見る。


ベイル戦で、レナは負けた。


だが、その負けは次へ繋がるものだった。


止まること。


待つこと。


見ること。


今度の相手は、まさにそれを試してくる。


真正面をずらすイリス。


真正面へ走りたいレナ。


トーマは静かに言った。


「レナ、戻ってきてくれよ」


レナは振り返る。


そして、いつものように明るく笑った。


「もちろんだ!」


イリスも闘技場へ向かう。


第二試合。


レナ対イリス。


速さと幻惑の戦いが、まもなく始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。