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Reincarnation -Record of memories-  作者: 斗真
第三章 戦乙女たちの招待状

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第四十一話 小さな戦乙女たちの目

テリア女王の勝利が告げられてからも、闘技場の熱はしばらく冷めなかった。


ベイル女王とテリア女王。


二人の戦いは、ただの一試合ではなかった。


巨大な盾と光の剣。

星のように重なる魔力膜。

力で押し切る者と、力を読み解く者。


それらがぶつかり合った余韻は、闘技場の床にも、観客席の空気にも、まだ深く残っていた。


トーマは治療席から、ぼんやりと闘技場を見つめていた。


「……あれと、戦うのか」


次の第三カード群。


テリア王国対シェイン王国。


そこには、トーマ対テリア女王の試合がある。


先ほどベイル女王をぎりぎりで破った相手。


正直、勝てるとは思えない。


だが、その感覚にはもう慣れてきた。


ベイル女王と戦った時もそうだった。


勝てない。


届かない。


圧倒的に遠い。


それでも、戦う意味はあった。


「トーマ」


ノアが隣から声をかける。


「顔、すごく真面目」


「そうか?」


「うん。考えすぎてる顔」


トーマは苦笑した。


「テリア女王と戦うことを考えてた」


「怖い?」


「怖い」


トーマは素直に答える。


「でも、怖いって言えるうちは大丈夫だと思う」


ノアは少しだけ安心したように頷いた。


「うん。さっきロイドさんもそうだった」


ロイドは眼鏡を押し上げる。


「恐怖を認識できることは、状態確認として非常に重要です」


レナが包帯姿のまま元気よく言う。


「怖くても走ればなんとかなるぞ!」


ユナが即座に首を振る。


「ならない」


ミアも腕を上げる。


「走って殴ればなんとかなるかも!」


「ならない」


「ユナ、全部否定するなよ!」


「事実」


いつものシェイン側のやり取り。


しかし、その会話を見ていたのはシェインの面々だけではなかった。


少し離れた観覧席。


ベイル王国のリトルヴァルキリーたちが、身を乗り出していた。


一人は、短く結んだ黒髪を揺らしながら、鋭い目で闘技場を睨んでいる少女キリカ。


もう一人は、その隣でふわふわとした雰囲気をまとい、両手で菓子の包みを持っている少女メルだった。


眠そうにも見えるが、その目は時折、戦闘時のヴァルキリーたちを鋭く追っていた。


キリカは舌打ちした。


「くっそ、女王様負けたじゃん」


メルは菓子を口に入れながら、ふわっと言う。


「でも、すごかったねぇ」


「すごかったから悔しいんでしょーが!」


「そっかぁ」


「そっかぁじゃない!」


キリカはメルの方を振り向く。


「メル、あんた見てた? 最後のやつ。テリア女王、盾と剣の流れを変な糸みたいなので繋いでた」


メルは首を傾げる。


「見てたよぉ。あれ、たぶん力の向きを喧嘩させてた」


キリカの眉が動く。


「は?」


「盾が前に行きたい。剣も前に行きたい。でも向きがちょっと違うから、二つを無理やり繋ぐと、力がぶつかって止まるの」


ふわふわした声。


だが、内容は妙に鋭い。


キリカは少しだけ黙った。


「……あんた、戦闘になると急に賢くなるのやめなさいよ」


「えぇ。やめたらキリカちゃん困るよ?」


「困らないし!」


「罠の位置、いつも私が直してるよ?」


「うるさい!」


二人は言い合う。


仲が良いようには見えない。


むしろ、今にも喧嘩が始まりそうだった。


だが、その会話の中で、互いの役割は妙に噛み合っていた。


キリカが攻撃の形を見る。


メルが支援と力の流れを見る。


言葉では噛み合っていないのに、見ている戦場は同じだった。


そのさらに別の席。


テリア王国のリトルヴァルキリー姉妹も、女王の試合を見終えて息を吐いていた。


姉のルチアは、背筋を伸ばして座っている。


年齢より少し大人びた表情を作り、胸を張っているが、興奮を隠しきれていない。


妹のフィナは、その隣でにこにこと笑っていた。


見た目だけなら、可愛らしい姉妹。


けれど、フィナの目は時折、闘技場の破壊跡を見て細くなる。


ルチアは小さく拳を握った。


「さすが女王陛下。最後まで計算されてたわ」


フィナがにこにこしながら言う。


「でも、けっこう危なかったよねぇ」


ルチアの肩がぴくりと動く。


「危なくなかったわよ。女王陛下は、ああなることも見越していたのよ」


「そうかなぁ? 最後、ちょっと足ぷるぷるしてたよ?」


「フィナ」


ルチアが妹を見る。


「女王陛下に対して、その言い方は失礼よ」


「はぁい」


フィナは素直に返事をした。


しかし、次に言った言葉は可愛らしい顔に似合わなかった。


「でも、私だったら最後の星膜縛鎖のあと、相手の足場も一緒に崩すかなぁ。片膝じゃなくて、両膝つかせたいし」


ルチアは一瞬黙った。


「……発想が容赦ないわね」


「だって、その方が安全だよ?」


「安全ではあるけど、これは試合よ」


「殺さなければいいんだよね?」


「そういう問題では……」


ルチアは言いかけて、ため息をついた。


妹は人懐っこい。


よく笑う。


だが、戦いの話になると、姉よりよほど容赦がない。


ルチアはそれをよく知っている。


だからこそ、自分が前に立つのだ。


フィナが好き勝手に広範囲魔法を撃ち込む前に、敵と味方の境界線を作るために。


「フィナ」


「なぁに、お姉ちゃん」


「私が前に出るまで、勝手に広域魔法を撃たないようにね」


フィナはにこにこしたまま答えた。


「うん。お姉ちゃんが前に出たら撃つね」


「私ごと撃ってはいけませんわ!」


「大丈夫。お姉ちゃんは避けるの上手いもん」


「信頼の方向が雑ですわ!」


そのやり取りを、少し離れた席からキリカが聞いていた。


「あの姉妹。見た目ふわふわしてるのに、言ってること物騒じゃない?」


メルがふわっと笑う。


「キリカちゃんも人のこと言えないよぉ」


「あたしはもっと正面から物騒だからいいの!」


「よくないと思うなぁ」


「うるさい、メル!」


シェイン側のミアが、その声に気づいて手を振った。


「あ! キリカ! メル!」


キリカはぎょっとしたように顔をしかめる。


「げっ、シェインの突撃女」


ミアは全く気にせず、さらに大きく手を振った。


「突撃女じゃないぞ! ミアだ!」


ユナが横から言う。


「でも突撃女ではある」


「ユナまで!?」


メルはのんびり手を振り返した。


「こんにちはぁ。ミアちゃん、ユナちゃん、ノアちゃん」


ノアも小さく手を振る。


「こんにちは」


ルチアとフィナもこちらへ気づいた。


ルチアはすっと立ち上がり、礼儀正しく会釈する。


「ごきげんよう、シェイン王国の皆さま」


フィナはその隣から、にぱっと笑った。


「こんにちはー。さっきの試合、すごかったねぇ」


レナは治療席から元気よく叫ぶ。


「すごかったな! 私もあれくらいになりたい!」


キリカは鼻で笑った。


「あんた、女王級になる前に場外負けしない練習したら?」


レナは目を丸くする。


「なにー! キリカ、言うな!」


「事実でしょ」


「次は勝つ!」


「こっちこそ。あんたみたいなの、罠にかけたら一発だから」


ミアが身を乗り出す。


「じゃあ私が罠ごと突っ込む!」


キリカは眉を吊り上げた。


「罠ってのは突っ込むものじゃないの!」


メルがふわっと補足する。


「でもミアちゃんが突っ込むなら、落とし穴より横から引っ張る罠の方がいいかもねぇ」


ミアは目を輝かせた。


「おお! 面白そう!」


ユナがミアの袖を掴む。


「面白がらない」


ルチアはその様子を見て、少し得意げに胸を張った。


「やはり、リトルヴァルキリーであっても品格は大切ですわ。戦士たるもの、もっと優雅に」


フィナが横から言う。


「お姉ちゃん、この前訓練で転んで怒ってたよね」


ルチアの顔が赤くなる。


「フィナ!」


「優雅に転んでたよ?」


「転んでいません。少し足場が乱れただけです」


「私が魔法で崩したからね」


「なぜ誇らしげなのです!」


キリカがぷっと吹き出す。


「なにそれ、姉妹喧嘩しながら訓練してんの?」


ルチアはきっとキリカを見る。


「喧嘩じゃありません。戦術確認です」


キリカは腕を組む。


「あたしたちだって喧嘩じゃないし。連携確認だし」


メルが菓子を食べながら言った。


「キリカちゃん、昨日わたしの補助魔法に『遅い!』って怒ったよ」


「あれは本当に遅かった!」


「でもそのあと助かったよねぇ」


「結果論!」


「照れてる?」


「照れてない!」


フィナが楽しそうに笑う。


「ベイルの二人、面白いね」


ルチアは小さく咳払いした。


「フィナ、あまり気を抜いてはいけません。彼女たちもいずれ対戦相手になるかもしれないのですから」


フィナはにこにこしたまま頷く。


「うん。だからちゃんと見てるよ」


その一言で、空気が少しだけ変わった。


フィナの目が、シェインの三人を順に見る。


ミア。


ユナ。


ノア。


人懐っこい笑顔のまま、戦う相手として見ている。


ノアは少し背筋を伸ばした。


ユナも静かに視線を返す。


ミアはよく分かっていないが、なぜか拳を握った。


「よし! 負けないぞ!」


キリカもにやりと笑った。


「あたしも負けないし」


ルチアは誇らしげに言う。


「当然です。テリア王国のリトルヴァルキリーとして、無様な戦いはいたしません」


メルはふわっと言った。


「みんな強くなりそうだねぇ」


フィナも笑う。


「うん。楽しそう」


その小さな火花を、トーマは少し離れた場所から見ていた。


三国のリトルヴァルキリーたち。


シェインのノア、ミア、ユナ。

ベイルのキリカ、メル。

テリアのルチア、フィナ。


今は観客席で言い合いをしている子どもたち。


けれど、彼女たちもまたヴァルキリーだ。


この大会を見て、学んで、いつか自分たちの戦場に立つ。


トーマは小さく呟いた。


「みんな、見てるんだな」


ロイドが頷く。


「はい。大会は出場者だけのものではありません。見ている者たちにも影響を与えます」


ソルも静かに言う。


「次の世代は、目がいい」


レナは笑った。


「リトル組も熱くなってきたな!」


ユナが言う。


「レナさんもけっこうリトルっぽい」


「私は大人だぞ!」


ロイドが無言で目を逸らした。


「ロイド、なぜ目を逸らす!」


トーマは笑った。


大会の空気が少しだけ和らぐ。


女王対決の余韻。


リトルたちの火花。


そして次に待つ第三カード群。


その全てが、闘技場をさらに大きな舞台へ変えていく。


やがて、魔法掲示板が再び光った。


第三カード群


テリア王国 対 シェイン王国


第一試合。

アリス 対 ロイド


第二試合。

レナ 対 イリス


第三試合。

ソル 対 ロイ


第四試合。

トーマ 対 テリア女王


表示された瞬間、観客席が大きくざわめいた。


テリアとシェイン。


今大会、最後のカード群。


その中には、いくつもの因縁がある。


アリスとロイド。


知性派同士の戦い。


レナとイリス。


真正面から走る者と、真正面をずらす者。


ソルとロイ。


最高戦力同士、長年のライバル。


そして、トーマとテリア女王。


挑戦者と招待者。


ルチアが掲示板を見て、真剣な顔になった。


「アリス様の試合ですわ」


フィナが笑う。


「ロイドさん、頭よさそうだよねぇ」


「アリス様が負けるはずありません」


「でもリンさんに勝ったあとだから、疲れてないかなぁ」


ルチアは少しだけ不安そうに眉を寄せた。


「……そこは、心配ですわ」


一方、キリカは腕を組んでロイドを見た。


「あの眼鏡、リンに勝ったやつでしょ」


メルが頷く。


「怖いって言って勝った人」


「怖いって言って勝つって、変なの」


「でも、強かったねぇ」


キリカは少しだけ悔しそうに言う。


「次やったらリンが勝つし」


「キリカちゃん、リンさん好きだよね」


「別に!」


「照れてる?」


「照れてない!」


シェイン側では、ロイドが静かに立ち上がった。


アリスもテリア側から立ち上がる。


互いに、派手な挑発はない。


ただ、目が合った。


ロイドは眼鏡を押し上げる。


アリスは腕を組む。


そして、アリスが先に口を開いた。


「あなたがロイドね」


「はい。シェイン王国代表、ロイドです」


「リンに勝ったのは見てたわ」


「アリス様がリンに勝利した試合も、拝見していました」


アリスは少しだけ眉を動かす。


「様はいらないわ」


「では、アリスさん」


「それでいい」


ロイドは静かに頷く。


二人の間に、張り詰めた空気が生まれる。


剣を構えるわけでもない。

魔法を放つわけでもない。


だが、すでに試合は始まっているようだった。


知性と知性。


分析と魔法。


罠と多彩な術式。


トーマは息を呑む。


「ロイド……」


ノアが小さく言う。


「がんばって」


ミアは拳を振る。


「ロイド、勝てー!」


ユナは静かに言う。


「落ち着いて」


レナも叫ぶ。


「眼鏡の力を見せろー!」


ロイドは一瞬だけ振り返り、少し困ったように言った。


「その応援は少し意味が分かりません」


だが、口元はわずかに緩んでいた。


アリスはその様子を見て、ふっと笑う。


「あなた、意外と愛されてるのね」


「騒がれているだけです」


「それを愛されてるって言うのよ」


ロイドは少しだけ黙った。


その横顔を、テリア女王が遠くから見ていた。


一瞬だけ、何かを懐かしむような目になる。


しかし、それはすぐに消えた。


審判が中央へ立つ。


「第三カード群、第一試合。テリア王国代表、アリス。シェイン王国代表、ロイド」


ロイドは道具を確認する。


反射板。

魔力糸。

小型術式札。

記録板。


アリスは魔法陣を展開する。


炎。

氷。

雷。

風。

そして、光。


リン戦で見せた魔法花とは違う。


今回は最初から、より細かく、より慎重な構成。


互いに、相手を軽視していない。


審判の手が上がる。


観客席のリトルヴァルキリーたちも、自然と静かになった。


キリカが呟く。


「始まる」


メルがふわっと言う。


「頭いい人たちの試合だねぇ」


ルチアが背筋を伸ばす。


「アリス様、どうかご武運を」


フィナはにこにこしながら言った。


「どっちが先に相手の嫌なところを突くかな」


鐘が鳴った。


第三カード群、第一試合。


アリス対ロイド。


最後のカード群が、静かに幕を開けた。

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