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Reincarnation -Record of memories-  作者: 斗真
第二章 忘却の彼方

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第十五話 来訪前夜

テリア女王がシェイン王国を訪れる。


その知らせは、城の中に静かな緊張を生んだ。


三国会議で顔を合わせたばかりとはいえ、今回は正式な会議ではない。

目的は、忘却の剣の調査協力。

そして、ノアの魔力制御への助言。


その二つは、シェインにとっても重要だった。


だが同時に、危うい。


忘却の剣はトーマの過去に繋がる可能性がある。

ノアの魔力は、本人ですら扱いきれていないほど大きい。


そして、その二つに興味を示しているのがテリア女王であるという事実が、トーマの胸に小さな棘を刺していた。


セイレン。


テリア女王の娘。

母に利用されたと感じ、紅い旗を掲げて離反した少女。


彼女の憎しみを知ってしまった以上、トーマは簡単にテリア女王を信用することができなかった。


「顔が怖い」


訓練場の端で、ソルが言った。


トーマは木剣を握ったまま振り返る。


「そんなにか」


「かなり」


「最近そればかり言われる」


「実際に出ている」


トーマは軽く息を吐いた。


朝の訓練は終わったばかりだった。


昨日から始まった「受け取る訓練」は、今日も続いている。


レナが作った一瞬の隙を、トーマが拾う。

ロイドが組んだ簡易陣形に合わせて、トーマが動きを変える。

ソルの攻撃を一人で突破しようとせず、味方の動きの中で隙を探す。


簡単ではない。


トーマの体は、まだ一人で前へ出ようとする。


けれど、少しずつ変化もあった。


レナの突進に合わせる。

ロイドの指示を先読みする。

ソルがわざと作った隙と、本当の隙を見分けようとする。


何度も打たれた。


何度も転がった。


それでも、昨日よりは少しだけ動けた。


「訓練中までテリア女王のことを考えていただろう」


ソルが言う。


「……少し」


「少しではない」


「かなり?」


「かなり」


トーマは木剣を下ろした。


「ノアが心配なんだ」


ソルは黙って続きを促す。


「テリア女王は、ノアの魔力に興味を持っている。助言をしてくれるのはありがたい。でも、セイレンのことがある」


「同じことをするかもしれないと?」


「分からない」


トーマは正直に言った。


「でも、ノアを研究対象みたいに見るなら、止めたい」


ソルは静かにトーマを見た。


「止める力はあるか」


その問いに、トーマは言葉を詰まらせた。


テリア女王は規格外の魔力を持つ。


特殊なバリアを纏い、戦闘相手が見つからないほどの実力者。


今のトーマでは、止めるどころか近づくことすら難しいだろう。


「ない」


トーマは答えた。


「でも、言うことはできる」


ソルの目が少しだけ細くなる。


「いい答えだ」


「そうか?」


「力で止められないなら、言葉で止める。言葉で足りないなら、誰かに頼る。それも選択だ」


トーマは少し考える。


「誰かに頼る……」


「シェインには私がいる。ロイドがいる。レナもいる。ノアを守るのは、お前一人の役目ではない」


そこへ、少し離れた場所で水を飲んでいたレナが反応した。


「呼んだか!」


ロイドが即座に言う。


「呼んでいません」


「でも守るなら任せろ!」


「そこは任せます」


「任された!」


レナは嬉しそうに胸を張った。


トーマは思わず笑う。


「頼もしいな」


「そうだぞ! 私は頼もしい!」


ロイドがため息をついた。


「頼もしいのは事実ですが、調子に乗ると危険です」


「褒めてから刺すな!」


ソルはトーマへ視線を戻した。


「警戒はしろ。だが、最初から敵として見るな」


「分かってる」


「テリア女王も、過ちを繰り返したいわけではないはずだ」


「はず?」


「人は間違える」


ソルの声は静かだった。


「強い者ほど、自分の正しさを疑えなくなることがある。テリア女王もそうだったのだろう」


「ソルも?」


ソルは少しだけ黙った。


「昔はな」


それ以上は言わなかった。


だが、トーマは何となく分かった。


ソルもかつて、一人で強くあろうとしたのかもしれない。


誰にも頼らず、届かない場所へ行こうとしていたのかもしれない。


「なら、俺は見てる」


トーマは言った。


「テリア女王がノアをどう見るのか。ちゃんと見る」


ソルは頷いた。


「それでいい」


⸻


ノアは、自室で魔法灯を見つめていた。


机の上に置かれた小さな水晶灯。


その中に、淡い光が揺れている。


昨日より安定している。


十分。

二十分。


ノアは少しずつ、自分の魔力を細く流し続ける感覚を掴み始めていた。


強く出さない。

押し込まない。

怖がって止めない。


ただ、流す。


自分の中にある大きすぎる水を、小さな川にして外へ出すように。


「……できてる」


ノアは小さく呟いた。


その声には、少しだけ嬉しさが混ざっていた。


けれど、その嬉しさは長く続かなかった。


明日、テリア女王が来る。


ノアの魔力を見るために。


助言をしてくれると聞いている。


テリア女王はすごい魔法の研究者で、結界やバリアの技術に優れている。

ノアにとって、学べることはきっと多い。


でも。


セイレンの言葉が、胸に残っている。


力が大きすぎる子は、大人に都合よく名前をつけられる。


ノアは自分の手を見る。


もし、自分の魔力に誰かが名前をつけたら。


「これは危険な力だ」とか。

「これは国に必要な力だ」とか。

「これは誰かの血を継ぐ証だ」とか。


そう言われた時、自分はどうなるのだろう。


自分の力を、自分で決められるのだろうか。


扉が叩かれた。


「ノア、いるか?」


トーマの声だった。


ノアは少し驚きながらも、急いで立ち上がる。


「うん。いるよ」


扉を開けると、トーマが立っていた。


手には小さな包みを持っている。


「ミアが厨房から持ってきた」


「また?」


「今度はちゃんと許可を取ったらしい」


「本当に?」


「ユナが横にいたから、たぶん本当だ」


ノアは少し笑った。


「そっか」


トーマは包みを渡す。


中には、小さな焼き菓子が入っていた。


「疲れた時に食べろって」


「ミアらしいね」


ノアは包みを受け取る。


トーマは部屋の中の魔法灯を見る。


「練習してたのか」


「うん。今日は二十分までできた」


「すごいな」


その言葉に、ノアは少し頬を赤くする。


「まだ、小さい魔法灯だけだけど」


「それでもすごい」


トーマは真っ直ぐに言った。


ノアは視線を落としながら、嬉しそうに笑う。


「ありがとう」


少し沈黙が流れた。


ノアは焼き菓子の包みを机に置き、ぽつりと言った。


「明日、少し怖い」


「テリア女王のことか」


「うん」


トーマは頷いた。


「俺も怖い」


ノアが顔を上げる。


「トーマも?」


「ああ」


「トーマはテリア女王を警戒してる?」


「してる」


トーマは隠さなかった。


「でも、最初から敵だとは思わないようにしてる」


ノアは静かに聞いている。


「セイレンのことを考えると、簡単には信用できない。でも、テリア女王が本当にノアのために助言しようとしているなら、それもちゃんと見たい」


「ちゃんと見る……」


「ああ」


トーマはノアの目を見る。


「もし嫌なことを言われたら、嫌だと言っていい」


ノアは少し驚いた顔をした。


「言っていいの?」


「ノアの力だろ」


その言葉に、ノアの胸が小さく震えた。


ノアの力。


国の力でも、誰かの研究材料でもない。


ノア自身の力。


「でも、相手は女王様だよ」


「それでもだ」


トーマの声は穏やかだったが、はっきりしていた。


「言いにくかったら、俺が言う。俺で足りなければ、ソルもロイドもいる。レナもいる」


ノアは少し笑った。


「レナさんも?」


「たぶん一番大きい声で止める」


ノアは想像して、少しだけ笑った。


「一人で我慢しなくていい」


トーマは言った。


「ノアの力の名前は、ノアが決めればいい」


ノアは目を見開いた。


その言葉は、まるで自分が考えていたことを見透かされたようだった。


「どうして……」


「何となく」


トーマは少し困ったように笑った。


「俺も、自分が何者か分からない。剣が俺を何かにしようとしているのかもしれない。でも、俺が何になるかは、俺が決めたい」


ノアは胸の前で手を握る。


「うん」


小さく、けれど強く頷いた。


「私も、自分で決めたい」


「なら、明日一緒に見よう」


「うん」


ノアの魔法灯は、まだ淡く光っていた。


揺れは小さい。


その光は、ノアの心が少しだけ落ち着いたことを示しているようだった。


⸻


その夜。


シェイン王国の会議室では、ロイドが来訪準備の確認を行っていた。


机の上には地図、警備配置図、魔力測定用具の一覧、そしてテリア女王への対応手順が並んでいる。


「来訪時は正門で迎えます。同行者はアリスとロイの予定。護衛兵は最小限」


ロイドが説明する。


ソル、レナ、トーマが同席していた。


本来トーマは参加しなくてもいい立場だが、忘却の剣の件があるため、本人も話を聞く必要があった。


「ロイも来るのか」


トーマが言う。


ソルの目がわずかに動いた。


「来るだろうな」


レナがにやりとする。


「ソル、嬉しいのか?」


ソルはレナを見る。


「なぜそうなる」


「ライバルが来るから!」


「嬉しくはない」


「そうか?」


「そうだ」


ロイドが淡々と言う。


「レナ、話を逸らさないでください」


「はい!」


ロイドは警備図を指差す。


「テリア女王陛下の魔力は非常に大きいため、城内結界と干渉する可能性があります。事前に一部の結界強度を調整します」


トーマは眉を寄せる。


「そんなに強いのか」


「はい。普段は抑えているはずですが、それでも通常のヴァルキリーとは比較になりません」


ソルが続ける。


「テリア女王のバリアは特殊だ。攻撃を防ぐだけでなく、魔力の流れそのものを歪める」


「戦ったことがあるのか?」


「模擬戦なら」


「勝ったのか?」


ソルは少しだけ黙った。


「引き分けた」


ロイドが補足する。


「記録上は、双方継続不能による終了です」


レナが目を輝かせる。


「あの時すごかったな! 訓練場が半分消し飛んだ!」


「誇らしげに言うことではありません」


トーマは息を呑む。


ソルと引き分ける。


それだけで、テリア女王の異常さは十分だった。


「ノアに助言する時、何をするんだ?」


ロイドは資料をめくる。


「事前通達によれば、魔力流路の確認、簡易測定、制御訓練の提案。直接的な魔法干渉は、本人とシェイン側の許可なしには行わないとのことです」


「つまり、勝手に何かすることはない?」


「少なくとも、書面上は」


トーマは少し顔をしかめる。


ソルが言う。


「その場には私が立ち会う」


ロイドも頷く。


「私も同席します。トーマ、あなたも希望するなら見学を認めます。ただし、感情的な発言は控えてください」


「分かった」


「本当に?」


「……分かってる」


レナが手を上げる。


「私は?」


「あなたは外の警備です」


「中じゃないのか!」


「中にいると、何かあった時に叫びそうなので」


「叫ぶぞ!」


「だから外です」


レナはしょんぼりした。


トーマは少し笑いそうになったが、我慢した。


その時、窓の外に黒い影が一瞬映った。


トーマが反応する。


ソルも同時に視線を向けた。


「ロイか?」


しかし、窓の外には何もいない。


レナも身構える。


「誰かいたのか?」


ロイドが結界反応を確認する。


「侵入反応はありません」


ソルはしばらく窓を見つめていた。


「外ではない」


「どういうことだ」


トーマが問う。


ソルは短く答える。


「視線だ」


その言葉に、会議室の空気が冷える。


誰かが見ている。


この場にいない誰か。


トーマの腰の剣が、ほんの微かに震えた。


ロイドが顔を上げる。


「レッドフラッグス?」


「分からない」


ソルの声が低くなる。


「だが、明日は注意した方がいい」


テリア女王が来る。

忘却の剣がある。

ノアがいる。


そして、セイレンは母を見ている。


それはほとんど確定に近かった。


⸻


荒野。


セイレンは紅い旗の下で、古い魔法具を覗き込んでいた。


それはテリア王国の研究塔から持ち出したものだった。


遠隔視の魔法具。


王国の結界に直接触れず、魔力の揺らぎだけを拾う。


映るのは映像ではなく、気配の流れ。


シェイン王国の魔力配置。

忘却の剣の黒い穴のような反応。

ノアの大きすぎる白い光。

そして、明日近づいてくるテリア女王の青白い魔力。


「集まってきたわね」


セイレンは呟く。


ルークは横で大剣を磨いていた。


ただし、磨く布を逆に持っている。


「ルーク」


「ん」


「それ、柄を磨く布よ。刃に使うものじゃない」


ルークは布を見る。


「そっか」


「まあ、その剣なら布が負けるだけだけど」


「うん」


ルークは気にせず磨き続けた。


セイレンは魔法具へ視線を戻す。


「母上は、ノアを前にしてどうするのかしら」


「助ける?」


ルークが短く聞く。


「そう言っているわ」


「なら助ける?」


「言葉通りならね」


ルークは少し考える。


「セイレン、信じてない」


「当たり前よ」


「でも、見たい」


セイレンの指が止まる。


ルークは大剣を磨きながら、ぼんやりと言った。


「信じてないなら、見なくてもいい。でも見る」


セイレンはしばらく黙っていた。


「……あなた、たまに嫌なところを突くわね」


「突いた?」


「突いたわ」


「そっか」


ルークは少しだけ満足そうに頷いた。


セイレンは紅い旗を見上げる。


信じていない。


そう言い切れるはずだった。


テリア女王は変わらない。

人は簡単に変わらない。

母はまた、ノアを研究対象として見る。


そう思っている。


なのに、なぜ見たいのか。


母が失敗するところを見たいのか。

それとも、失敗しないところを見たいのか。


自分でも答えが出なかった。


「明日は近くまで行くわ」


セイレンが言った。


ルークが顔を上げる。


「戦う?」


「まだ分からない」


「殺す?」


「邪魔されたら」


ルークは短く頷いた。


「うん」


その返事には何の迷いもない。


セイレンはルークを見た。


この少女は、普段は抜けていて、考えていることも分かりにくい。

けれど戦いになれば、誰よりも速く答えを出す。


邪魔なら斬る。

敵なら潰す。

強い者なら戦う。


単純で、恐ろしく、時々羨ましい。


「ルーク」


「ん」


「あなたは、ベイル女王のことをどう思っているの?」


ルークは少しだけ首を傾げた。


「ベイル?」


「あなたの母親でしょう」


「うん」


ルークはしばらく考えた。


かなり長い沈黙。


セイレンは黙って待った。


やがて、ルークは一言。


「大きい」


セイレンは目を閉じた。


「……そう」


「声も」


「それは知っているわ」


「嫌いじゃない」


セイレンは少しだけ目を開ける。


ルークは大剣を見ながら続けた。


「でも、戻る理由もない」


「そう」


「セイレンがいるし」


その言葉は、あまりにも軽く、あまりにも自然だった。


セイレンは一瞬、言葉を失った。


ルークは続ける。


「なんとなく」


「最後で台無しよ」


「そっか」


セイレンは小さく笑った。


本当に、少しだけ。


「まあ、いいわ」


夜風が吹く。


紅い旗が揺れる。


「明日、母上が何を選ぶか見届ける」


ルークは大剣を肩に担いだ。


「うん」


遠く、シェイン王国の方角に雲が流れていた。


翌日。


テリア女王が白き城へ来る。


そしてその日、トーマとノアは、ただ助言を受けるだけでは済まないものを見ることになる。


母と娘。


研究と愛。


力を持つ子どもと、それを見る大人。


その境界線が、静かに試されようとしていた。

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