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Reincarnation -Record of memories-  作者: 斗真
プロローグ

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1/48

第一話 空から落ちた名前

空は、戦場に似ていた。


雲の切れ間から差す光は、剣の刃のように白く鋭く、草原の上を走る少女たちの影を細く伸ばしていた。


そこはシェイン王国、ベイル王国、テリア王国の三国が共同で管理する広大な演習場。


森がある。

丘がある。

崩れかけた石造りの砦がある。

乾いた川底と、身を隠すには十分な岩場がある。


その中央に置かれた赤い旗を奪うこと。

あるいは敵陣の簡易拠点を制圧すること。


それが、リトルヴァルキリートーナメントの勝利条件だった。


「ミア!右の岩場、敵影二つ!」


澄んだ声が飛ぶ。


声の主はユナ。

シェイン王国所属のリトルヴァルキリーである。


薄い銀色の髪を後ろで結び、細剣を片手に構える少女だった。その瞳は、戦場のあらゆる動きを拾おうとするように静かに揺れている。


【ミア】

「了解っ!」


返事をしたミアは、考えるより先に足を動かす少女だった。


小さな体を低く沈め、短槍を構え、草を蹴る。

その動きは獣に近い。

まっすぐで、速くて、危うい。


【ミア】

「ノア!後ろお願い!」


【ノア】

「う、うん……!」


二人の少し後ろで、ノアが小さな杖を握りしめた。


彼女はまだ、この戦場の空気に慣れていなかった。


敵を見つける。

狙う。

倒す。

戦闘不能にする。


それがこの大会の決まりだと聞いている。


殺してはいけない。

必要以上に傷つけてもいけない。

これは国同士が滅ぼし合わないための、誇りある競技なのだと説明された。


けれど、ノアにはまだ分からなかった。


誰かに杖を向けること。

魔力を練ること。

その先に、倒れる誰かがいること。


それがどうしても、胸の奥に小さな棘を残す。


【ミア】

「ノア、怖かったら防御だけでいい!」


ミアが叫ぶ。


【ノア】

「うん……!」


ノアは頷き、両手を前に出した。


瞬間、淡い光の膜が三人の周囲に広がる。


それは子どもの魔法とは思えないほど分厚く、澄んでいた。

戦場の空気が一瞬だけ静まり、遠くで見ていた審判役のヴァルキリーが目を細める。


「……やはり、ノアの魔力量は異常です」


演習場の外周。

高台に設けられた観覧席で、一人の女性が呟いた。


眼鏡をかけ、背筋を伸ばした硬質な雰囲気の女。

シェイン王国のヴァルキリー、ロイドである。


彼女の隣では、赤毛のヴァルキリーが身を乗り出していた。


「おおっ! ノア、すごいぞ! 今の防御、めちゃくちゃ綺麗だった!」


【ロイド】

「レナ。声が大きいです」


【レナ】

「だってすごいだろ!褒めて伸ばすの大事だぞ、ロイド!」


【ロイド】

「試合中に外から応援を飛ばすなと言っています」


【レナ】

「うっ……分かった……」


レナは大型犬が叱られた時のように、しゅんと肩を落とした。


そのさらに奥。


青みがかった長い髪を風に揺らしながら、一人の女性が静かに演習場を見下ろしていた。


ソル。


シェイン王国最高戦力と呼ばれるヴァルキリー。


彼女は何も言わない。


ただ、ノアの光を見つめていた。


まるでその輝きの奥に、別の誰かの影を見ているように。


【ソル】

「……似ているな」


小さな声だった。


【ロイド】

「何がですか?」


ロイドが聞き返す。


ソルは少しだけ目を伏せた。


【ソル】

「いや。なんでもない」


その時だった。


空が鳴った。


最初は雷かと思った。


だが、雲はなかった。

風もない。

それなのに、空の一点が白く裂けた。


リトルヴァルキリーたちは全員、同時に上を見た。


【ノア】

「なに、あれ……?」


ノアが呟く。


空の裂け目から、光る何かが落ちてくる。


星ではない。

炎でもない。

それは尾を引きながら、真っ直ぐに演習場の中央へ落下していた。


【ロイド】

「全員、退避!」


ロイドの声が響いた。


同時に、審判役のヴァルキリーたちも動く。


【ロイド】

「試合中断! 全リトルヴァルキリーは即座にフィールド外へ!」


けれど、その声よりも早く、少女たちは動いていた。


ミアがノアの手を引く。

ユナが周囲を確認しながら、三人の退路を作る。


【ミア】

「ノア、走って!」


【ノア】

「う、うん!」


光はどんどん大きくなる。


空気が震える。

草が倒れる。

石が跳ねる。


次の瞬間。


演習場の中央に、白い光が落ちた。


轟音。


地面が波打ち、土と石が空へ弾ける。


リトルヴァルキリーたちは伏せ、ヴァルキリーたちは防御魔法を展開した。

舞い上がった土煙が、演習場を丸ごと飲み込む。


数秒。


誰も動かなかった。


やがて、煙の向こうから風が吹いた。


中央の地面には、大きな穴が空いていた。


【ミア】

「……隕石?」


ミアが恐る恐る顔を上げる。


【ユナ】

「隕石にしては、熱が少なすぎる」


ノアは何も言わず、穴の方を見ていた。


胸の奥がざわざわしていた。


怖い。

でも、それだけではない。


呼ばれているような気がした。


【ユナ】

「ノア?」


【ノア】

「……あそこに、誰かいる」


三人は顔を見合わせた。


【ミア】

「誰かって……人?」


ミアの声が少し震える。


ノアは頷いた。


その直後、穴の中で何かが動いた。


リトルヴァルキリーたちは、武器を構えながらゆっくりと近づいた。


本来なら大人のヴァルキリーを待つべきだった。


だが、最初に見たのは彼女たちだった。

そして、そこに倒れていたものが敵意を持っているようには見えなかった。


穴の底。


砕けた土と石の中に、一人の男が横たわっていた。


年は若い。

少年と青年の間くらい。

黒い髪は土にまみれ、服は見たことのない材質でできている。


そして、その右手のそばには一本の剣があった。


鞘に収まっているにもかかわらず、妙な存在感を放つ剣だった。


古びているわけではない。

美しいわけでもない。

だが、そこにあるだけで空気が重くなる。


まるで世界そのものが、その剣を見て息を止めているようだった。


【ミア】

「……生きてる?」


ミアが小声で言った。


ユナが男の口元に手を近づける。


【ユナ】

「息はある」


【ミア】

「でも、空から落ちてきたんだぞ? 普通、ぺしゃんこだろ……」


【ユナ】

「ミア。言い方」


【ミア】

「ご、ごめん」


ノアは男の顔を見つめていた。


知らない顔。

見たことがない。

それなのに、不思議と胸が落ち着かなかった。


男の指が、ぴくりと動く。


三人が身構える。


ゆっくりと、男のまぶたが開いた。


黒い瞳。


何も映していないようで、何かを探しているような目だった。


男はしばらく空を見上げていた。


それから、掠れた声で言った。


「……ここは、どこだ?」


誰も答えられなかった。


男はゆっくりと上体を起こそうとして、痛みに顔をしかめる。


ノアが思わず手を伸ばした。


【ノア】

「だ、大丈夫……?」


男はノアを見る。


その目に、困惑が浮かんだ。


「君は……誰だ?」


【ノア】

「ノア。シェイン王国の、リトルヴァルキリー……です」


「シェイン……?」


男はその言葉を繰り返す。


まるで初めて聞いた言葉を、舌の上で確かめているようだった。


ユナが警戒を解かずに問う。


【ユナ】

「あなたの名前は?」


男は口を開きかけた。


だが、言葉が出てこない。


自分の胸元に手を当てる。

眉を寄せる。

何かを思い出そうとする。


けれど、何も掴めない。


空白。


真っ白な霧の中に、たった一つだけ残っているものがあった。


「……トーマ」


男は呟いた。


【トーマ】

「俺の名前は……トーマ」


【ユナ】

「他には?」

「どこの国の人? なぜ空から落ちてきたの? その剣は?」


トーマは足元の剣を見た。


初めて見るはずなのに、手に馴染む気がした。


彼は自然にそれを掴んだ。


瞬間、周囲の空気が微かに震える。


ユナが一歩下がる。

ミアが短槍を構える。

ノアの魔力が反射的に膨らむ。


だが、トーマ自身が一番驚いていた。


【トーマ】

「……分からない」


彼は小さく首を振った。


【トーマ】

「何も、分からない」


そこへ、ヴァルキリーたちが駆けつけた。


先頭にいたレナが、トーマの前でぴたりと止まる。

命令がなければ動かない大型犬のように、しかし目だけはきらきらと警戒している。


【レナ】

「ロイド!男がいるぞ!空から男が落ちてきた!」


【ロイド】

「見れば分かります」


ロイドは眼鏡の位置を直し、トーマを見下ろした。


【ロイド】

「あなたを保護します。抵抗するなら拘束します」


【トーマ】

「保護……?」


【ロイド】

「ここは三国管轄の演習場です。身元不明者を放置するわけにはいきません」


【トーマ】

「俺は……」


トーマは何かを言おうとした。


だが、言葉は続かなかった。


本当に何も分からなかった。


どこから来たのか。

なぜ落ちてきたのか。

この剣は何なのか。

なぜ、自分は生きているのか。


分かるのは、名前だけ。


トーマ。


ただ、それだけだった。


ソルが静かに歩み寄る。


彼女はトーマではなく、トーマの手にある剣を見た。


ほんの一瞬、彼女の表情が揺れる。


【ソル】

「……その剣を抜くな」


【トーマ】

「え?」


【ソル】

「今は、抜くな」


その声には、命令ではない何かがあった。


警告。

あるいは、願い。


トーマは黙って頷いた。


ロイドは周囲を見渡し、すぐに判断を下した。


【ロイド】

「試合は中止。彼を王城へ運びます。ノア、ミア、ユナ。あなたたちも同行しなさい。最初に接触した者として、事情確認が必要です」


【ミア】

「えっ、私たちも?」


ミアが目を丸くする。


【ロイド】

「当然です」


【ミア】

「やった! 空から落ちてきた人の事情聴取だ!」


【ユナ】

「喜ぶとこじゃないよ…」


ユナが冷静に突っ込む。


ノアだけは、トーマをじっと見ていた。


トーマもまた、ノアを見返していた。


なぜか、その少女の瞳が気になった。


自分の空白の記憶の奥で、ほんの小さな光が揺れた気がした。


けれど、それもすぐに消える。


【トーマ】

「……シェイン王国」


トーマは、ロイドの言葉を思い出すように呟いた。


【トーマ】

「そこに行けば、俺が何者か分かるのか?」


ロイドは少しだけ沈黙した。


そして、淡々と答える。


【ロイド】

「分かるとは限りません」


トーマの表情が曇る。


だが、ロイドは続けた。


【ロイド】

「ですが、分からないままでいるよりは前に進めます」


それは冷たい言い方だった。


けれど、嘘ではなかった。


トーマは頷いた。


【トーマ】

「なら、行く」


こうして、リトルヴァルキリートーナメントは中止となった。


勝者はなし。


ただ一人

空から落ちてきた記憶なき男だけが

三国の運命の中心に置かれた──────




シェイン王国の王城は、白い石で造られていた。


高くそびえる城壁。

風に揺れる青と銀の旗。

復興中の世界にありながら、そこにはまだ人々の活気があった。


馬車の窓から外を見て、トーマは呟いた。


【トーマ】

「……大きいな」


隣に座っていたミアが胸を張る。


【ミア】

「シェイン王国だからな!」


【トーマ】

「すごい国なのか?」


【ミア】

「うん!たぶん!」


【トーマ】

「たぶん?」


ユナがため息をついた。


【ユナ】

「ミアに説明させると、国が三つくらい増えるから私が話す」


【ミア】

「なんでだよ!」


【ユナ】

「前にベイル王国のことを『たぶん砂漠の奥にある筋肉の国』って説明してた」


【ミア】

「あながち間違いじゃないだろ!」


【ユナ】

「かなり間違い」


トーマは二人のやり取りを見て、少しだけ表情を緩めた。


ノアは向かい側で、膝の上に手を置いて座っている。


彼女は時々、ちらちらとトーマを見た。


だが、目が合うとすぐに逸らした。


【ノア】

「えっと……トーマさん」


【トーマ】

「トーマでいい」


【ノア】

「じゃあ、トーマ……本当に何も覚えてないの?」


【トーマ】

「ああ。自分の名前以外は何も」


【ノア】

「怖くないの?」


その問いに、トーマはすぐには答えなかった。


怖い。


そう言えば、きっと怖いのだと思う。


自分が誰か分からない。

ここがどこか分からない。

持っている剣の意味も分からない。


なのに、不思議と足は震えていなかった。


【トーマ】

「怖いより先に、知りたい」


トーマは言った。


【トーマ】

「俺が何者なのか。どうしてここに来たのか。あの剣は何なのか」


ノアはその言葉を聞いて、小さく頷いた。


【ノア】

「……私も、分からないことが多い」


【トーマ】

「ノアも?」


【ノア】

「うん。私はシェインに来る前のことは覚えてるけど……自分の力のことは、よく分からない」


【トーマ】

「力?」


【ノア】

「魔力が多いって、みんな言う。でも、私はまだ上手く使えない。戦うのも、少し怖い」


ミアが勢いよく身を乗り出す。


【ミア】

「でもノアはすごいぞ! さっきの防御なんて、ロイドも目を丸くしてた!」


【ユナ】

「ロイドさん、目は丸くしてなかったと思う」


【ミア】

「心の中では丸くしてた!」


【ユナ】

「心の中は見えない」


馬車の中に、小さな笑いが生まれた。


トーマはそれを聞きながら、窓の外を見る。


街の人々がいた。


商人。

子ども。

復興作業をする兵士たち。

崩れた建物の跡に、新しい柱を立てる大工。


世界は、傷ついていた。


だが、終わってはいなかった。


【トーマ】

「この世界は……一度、壊れたのか?」


トーマが呟く。


その瞬間、馬車の中の空気が少し変わった。


ミアの顔から笑みが消える。

ユナも目を伏せる。

ノアは黙った。


代わりに、向かいに座っていたロイドが口を開いた。


【ロイド】

「ええ。かつて、この世界は神によって崩壊寸前まで追い込まれました」


【トーマ】

「神……?」


【ロイド】

「正確には、世界を壊そうとした存在です。そして、その神と、神に連なる者を倒した英雄がいます」


トーマはロイドを見る。


【トーマ】

「英雄?」


ロイドは静かに頷いた。


【ロイド】

「ゼロ。今の世界で、その名を知らない者はいません」


ゼロ。


その名前を聞いた瞬間。


トーマの胸の奥が、わずかに痛んだ。


ほんの一瞬だけ、誰かの背中が見えた気がした。


黒く、遠く、決して追いつけない背中。


だが、次の瞬間には消えていた。


【トーマ】

「……ゼロ」


トーマはその名を繰り返す。


ロイドは続ける。


【ロイド】

「ゼロとその仲間たちは、世界を救いました。今は世界各地を回り、復興に力を貸しています。シェイン、ベイル、テリアの三国も、彼らに強い影響を受けています」


【トーマ】

「影響?」


【ロイド】

「強くなりたい者が増えた、ということです」


レナが馬車の外から声をかけた。


【レナ】

「ゼロみたいに強く! 誰かを守れるように! そう思ったやつが、いっぱいいるんだ!」


どうやら馬車の横を走っているらしい。


【ロイド】

「レナ。普通に乗ってください」


【レナ】

「外の警戒を命じられた!」


【ロイド】

「命じてません」


【レナ】

「じゃあ今から命じてくれ!」


【ロイド】

「嫌です」


トーマは少しだけ笑った。


その笑みに、ノアが気づく。


【ノア】

「トーマ、笑った」


【トーマ】

「ああ……なんか、変な人だなと思って」


【ノア】

「レナさんは変だけど、いい人だよ」


【レナ】

「聞こえてるぞ! ノア!」


馬車は王城の門をくぐる。


その先には、広い訓練場が見えた。


槍を振るう兵。

魔法を練るヴァルキリー。

戦術盤を囲む指揮官たち。


そして、その全員がトーマを見た。


空から落ちてきた謎の男。

記憶を持たず、謎の剣を持つ者。


好奇心。

警戒。

恐怖。

期待。


いくつもの視線が、トーマに突き刺さる。


だが、トーマは逃げなかった。


馬車を降り、剣を手に、白い王城を見上げた。


ロイドが彼の隣に立つ。


【ロイド】

「ここがシェイン王国です」


トーマは深く息を吸った。


【トーマ】

「ここから始まるのか」


【ロイド】

「あなたがそう望むなら」


ロイドの言葉に、トーマは頷いた。


【トーマ】

「なら、始める」


空白だらけの自分。

知らない世界。

知らない国。

知らない英雄。


けれど、一つだけ分かることがある。


立ち止まっていても、何も戻らない。


トーマは王城の門をくぐった。


その背後で、ノアが小さく呟く。


【ノア】

「……トーマ」


彼の名を呼んだ時、ノアの胸の奥でもまた、説明のつかない光が揺れていた。

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