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「結論から言うね」とキミは言った。  作者: 陸無ふき
第一章 色のない世界
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第一話 祝福

結論から言うね。


ボクは⬜️⬜️を信じられない。

この世界では、神が神託により全てを決める。


だから人は迷わなくていい。

悩まなくていい。

間違えなくていい。


神託に従って生きること。


それが、この世界の人間に許された、一番正しい生き方なのだと。


あの日を迎えるまでは、僕もそう信じ切っていた。 


指先で、古い本のページを静かに閉じる。


そこに挟んでいたのは、すっかり色褪せた花の栞だった。


薄い紙の中に閉じ込められた、きいろの花。


この栞を見るたびに、僕は思い出す。


真っ白なこの世界で、ひときわ色鮮やかに笑う彼女の姿を。


そして、その笑顔の奥で、彼女が神を恐れていたことを。


四年前——


僕は、街外れにある小高い丘の頂上で、彼女を待っていた。


足もとでは、瑞々しい緑の草に紛れて、小さなきいろの花が風に揺れている。


夕刻にはまだ少し早い空の下、街の白い屋根と教会の尖塔が、遠く霞んで見えた。


「アイルー!」


後ろから、僕の名前を呼ぶ声が響いた。


振り返ると、金色の髪をなびかせながら、息を切らして丘を駆け上がってくる彼女の姿があった。


名前はルミア、僕と同い年の女の子。


「遅いよ、ルミア。君が呼び出したんでしょ?」


「ごめんごめん! ちょっと学校に忘れ物しちゃって」


ルミアは少しも悪びれずに笑った。


けれど、その笑顔を見ると、不思議と文句を言う気がなくなる。


「今日は演舞の練習をするんでしょ」


僕がそう声をかけると、ルミアの肩が小さく跳ねた。


「えっ?」


一瞬だけ、言葉を忘れたみたいに固まる。


それから、なぜか少し頬を赤くして、慌てて笑った。


「う、うん! そうだったね!」


「……ルミア?」


「も、もちろん演舞の練習だよ! じ、じゃあ見ててね!」


ルミアは早口でそう言うと、まるで逃げるように腰に下げた剣へ手をかけた。


「ちゃんと見ててね」


「見てるよ」


ルミアは楽しそうに笑うと、剣を片手に一歩踏み込んだ。


丘の光を反射して、緑に煌めく剣先が風を切る。


その剣先が、丘に咲いていた小さな花のすぐそばを通った。


「あっ」


ルミアは慌てて手を止めた。


きいろの花は斬られず、ただ風に揺れていた。


ルミアはほっとしたように息を吐くと、花の前にぺたんとしゃがみ込んだ。


「よかった。危なかったね」


「ただの花でしょ」


僕が呆れたように言うと、ルミアは振り返り、不満げに頬を膨らませた。


「ただの花じゃないよ。こんなに綺麗に咲いてるんだから!」


「ルミアは本当に花が好きだね」


「うん。いつか、アイルにもわかるよ!」


ルミアはそう言って、くすくすと笑うと膝の上に置いた剣を見つめた。


「ねえ、アイル」


「なに?」


「演舞って、どうして剣を使うんだろう?」


ルミアは剣を見つめたまま、そう呟いた。


「教典に書いてあるでしょ。剣は神様が残された最も尊い神具だって」


「そうだけどさぁ」


ルミアは足もとに咲く、きいろの花に視線を移した。


そよ風が、小さな花を優しく揺らしている。


「お花とかじゃ、だめだったのかな?」


「それは、ルミアが好きなだけでしょ」


そっけない僕の言葉に、ルミアは少し口を閉ざした。

けれど、すぐに顔を上げる。


「もし私が神様だったら、剣よりお花の方がいいかな」


「ルミアが神様だったら?」


「うん。みんなに剣を振らせるより、お花を配る」


ルミアは少し恥ずかしそうに笑った。


「それ、演舞じゃなくなるよ」


「いいじゃん。そっちのが綺麗だし」


そう言って、ルミアは足もとのきいろの花を、指先でそっと揺らした。


それから、自分で言った言葉を噛み締めるように、少しだけ空を見上げる。


「ねぇ、アイル。神様って、どこにいるのかな?」


「神様? 知らないけど……聖都じゃないの?」


「聖都って、ずうっと北にある、あの聖都?」


「うん。だって世界の中心なんでしょ」


「そっかー」


ルミアは、何かを思いついたみたいに顔を上げた。


「じゃあアイル。いつか一緒に行こ!」


「何しに行くの?」


「神様に、質問するの!」


「質問?」


「なんで、お花じゃだめなのかって!」


「そんなこと聞くために、神様に会いに行くの?」


ルミアは上目遣いで、僕の顔色を伺った。


「アイルは、いや?」


「……いやじゃ、ないけど」


「じゃあ、約束ね」


ルミアはそう言って、また笑った。


僕たちは、この街の外へ勝手に出られない。


神託で、そう決められているから。


だから、叶わない約束だと分かっていた。


けれど、ルミアがあんまり嬉しそうに笑うから。


「……うん」


僕は、小さく頷いてしまった。


それからしばらく、二人で剣を振った。


けれど、先に音を上げたのは僕だった。


「ちょ、ちょっと休憩しよ」


情けない声を上げて、僕は丘に腰を下ろした。


ルミアはまだまだ元気そうだったけど、僕に合わせて隣にちょこんと座った。


肩が触れそうで、触れない。


そんな心地よい距離だった。


僕は鞄の中から、今朝配られたばかりの四角い焼き菓子を取り出した。


味も香りも薄く、少しぱさついている。


教会から配られる、いつもの配給食だ。


僕はその焼き菓子を半分に割った。


「ルミア。これ半分あげる」


「えっ! ほんとにいいの?」


ルミアは、ぱっと顔を輝かせた。


「ありがとう、アイル!」


「そんなに喜ぶものじゃないでしょ。いつも食べてるでしょ?」


「ううん。アイルがくれたから嬉しいの」


そう言って微笑むルミアを横目に、僕も半分の焼き菓子を口にする。


噛むたびに、口の中に広がる焼き菓子の味は、やっぱり薄い。


「……不思議だね」


ルミアが、ぽつりと言った。


「なにが?」


「ひとりで食べるより、アイルと食べた方が、おいしい」


「それは、ルミアの気のせいじゃない?」


「そうかなぁ」


ルミアは少しだけ唇を尖らせた。


「でもさ、そういうのって、大事だと思うんだ」


「そういうの?」


「誰と一緒にいると楽しいとか、誰と食べるとおいしいとか」


ルミアは足もとの花を見たまま、少しだけ声を小さくした。


「……誰と、一緒に生きたいとか」


僕は返事に困った。


それを、僕たちが勝手に決めていいはずはないから。


「そういうのは、神様がちゃんと決めてくださるよ」


僕がそんな当たり前のことを口にすると、ルミアは小さく息を吐いた。


「……アイルは、そう言うと思った」


それからルミアは、少しだけこちらを見た。


「じゃあさ」


「なに?」


「もし、神託で決められたアイルの結婚相手が、すっごく変な子だったらどうするの?」


「変な子?」


「うん。例えば……」


そこまで言って、ルミアは口をつぐんだ。


足もとの花に視線を逃がして、焼き菓子の欠片を指先で小さく崩す。


「例えば?」


僕が聞き返すと、ルミアは頬を赤らめた。


「……すぐ人を丘に呼び出して」


「うん」


「待たせても、平気で笑って」


「うん」


「剣よりお花がいいとか言って」


そこまで言ってから、ルミアは慌てて顔を上げた。


「い、今のは例えばだからね! あ、あとは——」


「それ、ほとんどルミアじゃない?」


「まだ全部言ってないのに!」


ルミアは赤くなった頬をぷっくりと膨らませた。


「じゃ、じゃあ」


「じゃあ?」


ルミアは何か言いたそうだった。


でも、すぐに口を閉じる。


「……やっぱり、なんでもない」


そう言って笑う横顔は、少しだけぎこちなくみえた。


けれど次の瞬間には、いつものように立ち上がっていた。


「さっ。もう一回だけ練習しよ」


「ま、まだやるの?」


「うん。アイルに、ちゃんと見ててほしいから」


ルミアは剣を抜いて、こちらを振り返る。


風の中で、金色の髪がふわりと揺れた。


それから、どれくらい時間が経っただろう。


いつのまにか西の空は、赤く染まっていた。


鐘の音が、規則正しく丘の上に鳴り響く。


「そろそろ帰らないと」


ルミアはそう言って剣を納めた。


それから僕たちは、夕陽で赤く染まった街を二人で歩いた。


石畳の道を、家に向かって歩いていると広場に人だかりが見えた。


広場の掲示板には、白い紙が貼られている。


その前で、大人たちが嬉しそうに話しをしていた。


「今年は誰が選ばれるのかしら」


「一度でいいから、あんな祝福を受けてみたいわ」


「選ばれた家は、きっと誇らしいだろうな」


僕は少し背伸びして、大人たちの隙間から掲示板を覗き込む。


『まもなく 調律の儀』


白い紙には、そう短く記されていた。


調律の儀。


神様に深く愛された者が選ばれる、特別な儀式。


どんな儀式なのか、僕は見たことはない。


神様から与えられる、この世で最も神聖な祝福。


神学校では、そう教えられていた。


僕の隣で、ルミアが少しだけ足を止めていた。


「ルミア?」


「……ううん。なんでもない」


ルミアはすぐに笑った。


掲示板の前を通り過ぎたあと、ルミアはぽつりと呟いた。


「……もうすぐ、調律の儀だね」


「そうだね。今年はどんな人が祝福されるのかな」


「私にはわからないけど、何日か前に神様の使者が直接伝えにくるって、先生が言ってたよ」


「そうなんだ。ルミアは物知りだね」


僕がそう言うと、ルミアは得意げな顔をした。


「しかもその日は、アイルの誕生日だよね?」

そうだった。


調律の儀が行われる日は、僕の十二歳の誕生日だ。


「そんな日に生まれたなんて、何か特別な祝福があるかもね!」


ルミアは弾むような声でそう言った。


けれど僕は、すぐに首を横に振る。


「誕生日は、祝福をもらう日じゃないよ。神様に感謝する日だって、教わったでしょ」


ルミアの顔が、一瞬だけ曇った。


「あっ……うん。そうだったね」


けれど、すぐにいつも顔に戻った。


「アイルは真面目だなぁ」


「普通だよ」


「うん、アイルは普通だね」


その声は、いつもより低く、僕の耳に冷たく残った。


「じゃあね、アイル。また明日!」


「うん。また明日!」


そう言って手を振るルミアは、なぜか彼女を照らす夕陽よりも明るく見えた。


翌日——。

ルミアは学校に来なかった。


朝の祈りの時間になっても、神学の授業が始まっても、演舞の時間になっても。


ルミアの席だけが、ぽつんと空いていた。


今日の演舞の時間をルミアは楽しみにしていたはずなのに。


「先生」


僕は、思わず手を上げた。


「ルミアは、今日、来ていないんですか?」


先生を務める神官は、少しだけ僕を見ると、いつも通りの穏やかな声で言った。


「ああ、ルミアさんは今、神託に従っています」


「神託に?」


「ええ。だから心配はいりません」


それ以上、先生は何も言わなかった。


周りの生徒たちも、誰も振り返らない。


誰も驚かない。


誰も、ルミアの空いた席を見ようともしなかった。

ただ一日が、神託通りに進んでいく。


そして、演舞の時間がやってきた。


今日の課題は、昨日ルミアと練習した型だ。


「アイルくん」


先生の声が飛んだ。


「剣の振りが遅れてます。それに、角度も右にずれてますよ」


「……はい」


僕は剣を構え直した。


「心を乱してはいけません。定められた型に従うのです」


「……すみません」


「アイルくん。演舞は神に捧げる神聖な舞です。少しの揺らぎも許されませんよ」


結局、僕は何度も型を間違えた。


その度に、先生の声が飛んだ。


「……いつもなら、神託通りにできるのに」


授業が終わると、僕は荷物をまとめた。


いつもなら、そのまま丘へ向かう。


でも今日は、足が止まった。


ルミアはいない。


一人では、あの丘に用事はなかった。


神様は、無駄な遠回りをお嫌いになる。


そう教わっていたから、僕は久しぶりに真っ直ぐ家へ帰ることにした。


校門を出ると、広場の方がいつもより少し騒がしかった。


大人たちが、掲示板の前で声をひそめている。


「親衛隊の騎士様が来られたそうよ」


「教皇親衛隊が? この街に?」


隣にいた男の人も、嬉しそうに頷いた。


「わざわざ、聖都からお越しになるなんて。きっと大きな祝福があるぞ」


大きな祝福。


その言葉を聞いて、僕は掲示板に貼られた白い紙を見上げた。


『まもなく 調律の儀』


何が違うのかは分からない。


けれど、今年の調律の儀は、いつもより少し特別らしい。


そんなことを考えながら、僕はまっすぐ家に向かった。


家に帰ると、玄関の先に母が立っていた。


「おかえりなさい、アイル」


「ただいま」


靴を脱ごうとした時、母が思い出したように言った。


「そういえば、さっきルミアちゃんがきたわよ」


「ルミアが?」


僕は顔を上げた。


足は、靴を脱ぎかけたまま固まる。


母は穏やかに微笑んだ。


「ええ、渡したいものがあるって言ってたわ」


その言葉を聞いた瞬間、僕は家を飛び出していた。


ルミアはどこにいるかわからない。


神様は、無駄な遠回りをお嫌いになる。


でも。


「この遠回りは、無駄じゃない」


まだ人通りの多い街中を、僕はあの丘に向かって走り続けた。


丘の頂上に着くと、一面に広がる緑と少しのきいろの中に、やっぱりルミアは立っていた。


金色の髪を風になびかせながら、丘の下に広がる街を見つめている。


「ルミアー!」

僕が後ろから名前を呼ぶと、ルミアはゆっくりと振り返った。


「アイル。来てくれたんだね」


あれ。

いつものルミアじゃない。


「今日、学校に来なかったから、体調を崩したのかと思ってた」


「ううん。大丈夫」


ルミアはそう言って口もとを崩す。


でも、うまく笑えていないように見えた。


「今日はね、アイルに渡したいものがあって待ってたんだ」


ルミアは、肩に下げた鞄の中に手を入れる。


「渡したいもの?」


「はいこれ。私から誕生日の贈り物」


そう言って、丁寧に折り込まれた白い包みを僕に手渡した。


口は、蝋で封がされている。


「えっ? 誕生日はまだだし、何で贈り物?」


「いいからっ。これは私からの祝福だよ」


ルミアはそう言って、僕にむりやり白い包みを押し付けた。


「誕生日まで、ぜったいに、ぜーたいに開けちゃダメだよ!」


「う、うん。わかった」


勢いに押されて返事をすると、ルミアの表情が少しだけ和む。


けれど、すぐに丘の下へ視線を戻した。


「それと、もう一つ」


「もう一つ?」


「嬉しいお知らせ? なのかな?」


「嬉しい、お知らせ?」


僕の問いに、ルミアは黙り込んだ。


風が吹いて、足もとのきいろの花が大きく揺れる。


その音が、妙にはっきり聞こえた気がした。


「……あのね」


ルミアは静かに息を吸い込むと、一拍置いてから、ゆっくりと吐き出した。


「今年の調律の儀、私が選ばれちゃった」


そう言って笑うルミアの笑顔は、いつもの笑顔とは少し違って見えた。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

本作が、初めての小説投稿になります。

拙い部分も多々あるかと思いますが、アイルたちの物語を見守っていただけると嬉しいです。

次話もよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
読ましてもらいましたがとっても良い作品だと思います。 ストーリー的に進撃の巨人を想像させるような内容で次のストーリーが気になりました。
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